2話 邪神討伐の理由
「ユウム。お前はなぜ邪神を倒そうと考えたんだ?」
人混みの中で堂々と、男は邪神討伐のことを口にした。街をきょろきょろとしていた視線を、いったん人々の様子に注視してから男へと移す。
今の話を聞いた人も居るだろうが、特に大きなリアクションは見受けられなかった。単純に喧騒に紛れて聞こえなかった可能性を除外すると、邪神の存在は隠されているものでもないらしい。
「理由、ですか」
考え込むふりをしながら、もう一度街を見回す。この世界で街に来たのは初めてなので、俺にとっては何もかもが珍しい。
都市の様子は……俺の中途半端な知識で言うのであれば、『ライトノベルでよく見る中世ヨーロッパ』といった感じか。大通りを時々馬車が通り、露店で何らかの道具を売っている。
あの日本に居た俺から見て変に劣っているような品は見えないことから、風景から感じる時代よりも実際の技術は進んでいると見ていいだろう。魔法が栄えた世界だ。そんなこともある。
自分の観察眼が的外れである可能性も普通にあるため、その辺については全然断言出来ないが、どちらにせよこの光景がこれからの普通になっていくことには変わりない。
と、閑話休題。いくら何でも沈黙を続け過ぎたことに思い立ったので、兵士へと返事をした。
「理由、言わないと駄目ですか?」
「強制はしないが、出来れば言って欲しい。単に俺が気になっているだけだが」
実際の理由は俺の知る由もない。ただ、それらしい理由をでっち上げずに「自分が気になるから」と口にした彼は、自分の直感に従って動く人物なのだろうか。
少し考えて、隠す理由もないと判断する。どちらにせよ、王都の神と会った際に告げることにはなるのだから。
「頼まれたんですよ」
「誰に」
「神様に」
「どんな神だった?」
「見た目は、俺と同年代くらいの女神様で――ん?」
例えば。神様に頼まれたと答えると、「なぜ神様に」だとか「本当かどうか疑わしい」といった質問が飛んでくるものと思っていた。
しかし、実際はただ神様のことについて聞かれただけ――それも、一切驚いた様子のない彼に、俺が驚いてしまう。
「ええと」
「呼び方だな? ラックと呼べ。それが名前だ」
軽装の兵士改めラックさん。俺の困惑した様子からすぐさま呼び方の問題であると的中させた彼は、何でもない様子で「言ってみろ」と話を促してくれる。
「では、ラックさんと。この世か……ここでは、神様からの頼まれごとって珍しくは無いんですかね?」
「俺がお前の回答に驚かないのか、という意味か? 考えれば分かることだ」
またもや的中。もはやこの人とは会釈だけで会話が成立してしまいそうだ。
「まずお前の目的が『邪神の討伐』であること。この時点で、辺境の村人や森の民から頼まれたとは考えにくい。あいつらが望むのは世界を救う英雄ではなく、集団を守る英雄だからだ」
事前に聞いていた俺の望みを根拠に、普通の村出身であることを除外される。
「言い換えると、例えば開けた村ならば滅びの日まで村の警護を任せるだろうし、森や洞窟に住む民族ならばひっそりと暮らす。王都に助けを求めるといったアクションはあり得るが、一人の人間に「世界を救え」とは告げないはずだ」
次に示したのは除外した理由。普通に過ごす人たちは、世界を救う使命をただの人間一人に背負わせることは決してしないと。
「となると、答えは概ね三つ。お前が自発的に世界を救う旅に出たか、村が滅びたか、『人間以外の何か』に頼まれたか。頼まれた、という時点で前者二つの可能性は消えたから、残る可能性は人間以外から、つまり神からの依頼というものに絞られる」
「……滅びる直前に、村長とかに頼まれる可能性だってありますよね?」
「もちろんあり得るが、可能性は低いと思っている。そこで思い至るのはせいぜい『村を滅ぼした魔物ないし魔族への復讐』止まりだろう。その元凶まで絶てとは残さないと、勝手に思っている」
ただの仮説だ。とにかく、『神からの依頼と聞いて驚かない理由』は以上だ。
そう言った男は軽い様子で、こちらへと視線を寄越す。
彼の考察を一通り聞いた俺は、驚きを隠せないまま「その通りです」と呟いた。
もちろんただ一言でここまで絞り込んだことに驚いている部分もある。だがどちらかというと、目の前の軽いような、悪く言えば何も考えてなさそうな彼がここまで考えていることに驚いた。
まるで、筋骨隆々の男の特技が裁縫であることが明かされたような。そんなギャップに直面している気分になっている。
「……。神の生態までは理解しきっていない。よければ、今度その神にも会わせて欲しい」
「――――会う」
会わせてくれ。会話の流れで発されただけの言葉に、脳が揺さぶられる感覚を覚える。
出来はしない。
強い否定を胸中ですると同時に、俺の脳内に過去の記憶がフラッシュバックする。
『わっ!?え、えぇと、大丈夫ですか?』
この世界で初めて目を開けたとき、目の前に見えた戸惑ったような『彼女』の顔を。
『いい名前ですね。ありがとうございます。遊夢さん』
名前をあげたとき、とても嬉しそうにしてくれた『彼女』の笑顔を。
『私、は――――――――』
そして。自分自身の夢を言えずに、泣きながら、それでも笑って消えていった彼女の顔を。
思い出す? いいや、焼け付いているはずだ。
十八年近く生きていたはずの俺に残っている、たった一年間の思い出。その殆どを占めているのは、ほかでもない彼女と過ごした記憶。
「……い! どうした!」
「あ」
大声をかけられて、我に返る。
久しぶりに人と話したせいか、あの森で懐かしむなんてことをしなかったせいか。ただ昔を思い返すだけのその行為で、人の声が分からなくなるほど集中してしまうとは。
彼には悪いことをしてしまった。早く、答えないと。
ラックさんへ向き直り、先の問いの返事をする。
「すみません。それは、無理です」
全てを言わずに、ただそれが不可能であることだけを告げる。
期待に違わず、ラックさんはこの返答だけで全てを察してくれたらしい。
「そうか。すまない、悪いことを言ったな」
「いえ」
短く返して、早歩きで進み始める。俺の様子を察してくれたのか、ラックさんも早歩きで進み、これ以上は何も言ってはこなかった。嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。
改めて、認識し直す。
ここはファンタジー世界だ。けれど、ゲームの世界であることを意味しない。現実だから出来ること、ゲームだから出来たことは当然のようにあって。
一言で言ってしまうと。ここは現実らしく、死者は甦らない。厳密にいえば、人間の力では、死者を生き返らせる魔法を編み出し、使用することも、死者を生き返らせる薬を錬成することも出来ない。
でも、もしかしたら。
いや、これ以上は考えない。考えても、無駄だから。
「ユウム、着いたぞ」
声に反応して、顔を上げる。視界いっぱいに広がる、大きな神殿がそこにはあった。
完全にこの景観に馴染んでいるにも関わらず、外壁は不自然なほどに純白だ。
いかにも、ここには何かが居そうな気配を感じる。
ラックさんと頷き合って、俺たちは神殿の扉を押し開けた。
※2021/02/24 本文を大幅に変更。ストーリー的な変化はありません。