27話 俺たちは家を得た。彼には常識が無かった。
「………」
「………」
あれから色々あり、俺たちはようやく『ラウンド村』から『王都グランド』へと帰ることになった。そして今、ライドさんとブラウンが操る馬車に乗っているのだが、馬車の中では俺とユート以外は全員眠っている。エストレアはずっと盗賊団を見張っていたから。アグニとセティは俺で遊び過ぎた疲れ。……正直俺も疲れているのだが、アグニとセティが俺に体を寄せているせいで落ち着かない。そして………トーラは、ユート、いや、ユーコ(因みにセティが命名した)を弄り過ぎたからだ。どうやら抑えが効かなかったらしい。ユートも俺と同じく疲れてはいるものの、トーラが寄りかかっているようで落ち着かない様子だ。
そんな訳で、さっきからずっと無言でいるということだ。因みに俺の【獣人化】はまだ続いていて、俺の狼のような尻尾をセティに握られている。俺も触ってみたが、確かにもふもふだった。色がアグニの髪色に似ているので、もしかしたらアグニの尻尾ももふもふなのかもしれない。流石にやる気はないが。
何となく、ユートを見る。気付けばユートも眠っていた。まぁ、俺よりもユートは弄られまくってたから、余程疲れていたのだろう。どちらにせよ、今、ここで起きているのは俺だけになる。
何かやることはないかと探してみたが、そんなものが見つかる様子がない。なので俺も無理矢理目を瞑り、眠ることにした。セティとアグニの小さな寝息が聞こえてくるので、耳を塞ぐ。また気になってあの闘技場の二の舞になるのは御免だ。
だんだんと、眠気が襲ってくる。当然だ。いくら落ち着かないとはいえ、俺だって疲れているのだ。目さえ瞑れば眠くなる。そして、意識が遠のこうとしたところで………。
ガタッ!っと馬車が跳ねた。
「!!?」
「済まねぇな!ちょっと石を轢いちまった!」
その衝撃で俺の意識が覚醒した後、直ぐにライドさんの叫び声が聞こえてきた。どうやら何か良くないことが起こった訳ではないらしい。それを知って警戒心を解くと、アグニとセティが更に俺に密着していることに気付く。そのせいで、余計に眠れなくなってしまった。
(あの時にもっと早く寝とけばよかった!?)
そう後悔するがもう遅い。俺は諦めて、ずっと起きていることにした。
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「はい。確認しました。こちらが報酬になります」
「はい、ありがとうございます」
『冒険者ギルド』にて、俺たちはナチュルさんから依頼の報酬を受け取っていた。そして、俺はお金の価値が全く分からないので、ユートにお金をパスした。
「ユート。俺、お金については全然知らないから、お前が持っててくれ」
「え!?僕こういうの苦手なんだけど!?……えーと、はい、エストレアさん」
「い、嫌よ!そんな責任重大なこと!?せ、セティ。やってくれるかしら?」
「·········無くしたら、困る。······トーラは、出来る?」
「はい!任せて下さい!」
まるでバケツリレーでもやっていたかのような手付きで、最終的にお金はトーラの下へ行った。というか、皆なんでそんなに嫌がってるのだろうか?
まぁ考えても仕方がない。俺たちは神殿へと向かう事にした。
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「初依頼ご苦労様、『アザーファル』。折角だから家でも借りてみたらどうかな?」
「………はぁ?」
神殿に入り、リエイトに依頼の報告をすると、そんなことを言われた。全く予想出来てなかった発言に対して、俺は間抜けな声を上げる。後ろを見ると、トーラは若干気分を悪そうにしていて、ユートたちは何かを悟ったような顔をしていた。俺はユートに、トーラを外へ連れていくように言ってからリエイトに質問する。
「……で、どうしてだ?リエイト。急に出ていけなんて」
「そんなにキツく言った覚えは無いんだけど……。まぁ理由はあるよ。一応、ここは神…マリーの家だからね。何時までも君たちを居候させる訳にもいかないし、ずっとここに居るとユートたちの親族だって様子を見に来れないしさ。現に新入りっぽい娘も気分を悪くしてたでしょ?その上、君たち人間が何日も居ると、ここの魔力が人間のものに染まりやすくなるんだ。そうなればここがマリーにとって住みにくい場所になるだろうし。だから、良いかな?君たちが出ていけば、そのお目付け役であるラックとウォールにも帰ってもらうつもりだし」
どうやら、俺たちがここに居ると、だんだんと神様が住みにくくなるらしい。チームとしての稼ぎが出来たから通告した、という形だろうか?
だが、急に家を借りろと言われてもどうすれば良いか分からない。ちょうど俺がそう迷っていたところで、いつの間にか隣にいたラックさんから声がかけられた。
「家を借りる方法だったら主に二つだな。一つは今のチームメンバーの誰かの家に転がり込むこと。もう一つは『冒険者ギルド』に家のレンタルを申し込むことだな」
「え、ラックさんいつの間に!?……あ、いえ、ありがとうございます」
「気にするな。あと、これもやる」
そう言って、ラックさんは茶色い袋を放り投げてきた。それを受けとると、ジャラジャラという音を発てながらずっしりとした感触が手に伝わってきた。俺はラックさんに断りを入れてから袋を開け、その中身が金のコイン、つまり金貨と呼ばれるものであることを確認した。それは今回の依頼で手に入ったものの十数倍はあり、全員が住める家程度なら借りられそうな量だった。
……まぁ、俺は相場を知らないのだが。
「え!?あの、ラックさん?いいんですか?」
「この程度なら直ぐに稼げるしな。そう納得したくないなら、チーム結成の祝い金とでも思っとけ」
「あ、ありがとうございます」
お礼をいってから深く頭を下げる。そして俺が頭を上げると、それを待っていたかのようにラックさんは神殿の外に出た。それを見ていると、ラックさんがこちらに手招きをしているのが見える。
それを確認したあと、俺はリエイトに向き直り、もう一度、頭を下げた。
「リエイト。色々ありがとう。マリア様にも「ありがとう」って伝えておいてくれ」
「うん。確かに聞いたよ」
「まぁ、世話になったわ」
「たまには来てよね。エストレア」
「······また、よろしく」
「うん、またね」
「今度、私と闘ってくれるかな?」
「うん。その時は全力で手加減してあげるよ」
その場にいた全員がリエイトに話しかけ、リエイトはそれらに対して返事をしていた。エストレアとセティには普通の挨拶を、アグニはリエイトから何かを感じ取ったのか、闘いの申し込みをしていた。それに対してリエイトは、僅かに笑いながらアグニの提案を受け入れた。
それを見てから、俺はリエイトに背を向けて神殿から出ていった。
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「……あ、皆。どうしたの?」
「いや、ただ単に家を借りてこいって言われただけだ」
「一体何があったのさ!?」
ユートに質問されたので、簡潔に返事をすると小声で驚かれた。なぜユートは小声なのか?その理由は単純だ。今、神殿前の広間にある噴水のベンチにユートとトーラが腰かけている。そして、さっきの神殿の魔力にあてられたのだろう。トーラは若干顔色を悪くした状態で眠っていた。
それを見た俺たちは、トーラを起こさないように小声でユート詳しい説明をして、その場に待機するように言ってから『冒険者ギルド』へ向かった。
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「……という訳なんだが、何か良い家はあるか?ナチュル」
「まぁ、家も宿もあるが、まだ新人なんだから取り敢えずは宿の方が良いのではないか?」
俺たちがギルドに入る頃には、何故かラックさんとナチュルさんが俺たちの家についての話をしていた。
当事者である俺たちが話に加わらない訳にも行かないので、俺はラックさんに話しかけた。
「ラックさん。何で俺たちの家について話してるんですか?」
「ん?あぁ。金だけ渡すのもあれだしな。せめてオススメ物件くらいは探しとこうと思った訳だ」
「それで、何か良い家は見つかったわけ?」
「いいや。途中で血気盛んな奴に絡まれたりしたからな。今着いたばっかりだ」
何故ラックさんも絡まれてるのか?それも気になったが今は家を優先することにして、俺は、顔をほんのり赤らめながらラックさんをジーっと見つめているナチュルさんに話しかける。
「それで、一人メンバーが増えたんですが、何かオススメはありますか?」
「……ひゃい!?………失礼しました。まず、家に住む予定の人物は何人ですか?」
「えーと、男二人、女四人ですね」
俺が声をかけるとナチュルさんが大きな反応を示したが、直ぐに気を取り直して質問してくる。
俺がそれに答えると、ナチュルさんは紙に何かを書き始めた。それと同時に周囲が騒がしくなった気がするが、気にしないことにする。大方、女性が多いことに対して何か感じたのだろう。
……最初は二人と二人だったのになぁ………。
「では、あなたたちは家と宿、どちらを希望されますか?」
「あ、どちらでもいいです」
「では、まずは宿を選ばれてはどうでしょうか?毎日お金はかかりますが、食事を用意してくれるものもありますし、いざとなれば簡単に引っ越し出来ますので」
「俺は家が良いと思うぞ?確かに引っ越しもしにくくなるが、宿に比べてプライベートが保障されるからな」
「うーん……」
(多分、依頼とかを除くとしたら基本は王都にいると思うからそういう意味では家が良いのだろうけど、そうなるとお金が問題になる訳で………あ!)
どちらにするか悩んでいると、俺は自分の左手に持っている袋が目に入った。これがあれば、きっと家で困ることもないだろう。強いて言えば家具が不安だが、それはあとでどうとでも出来る。
そう判断したが、流石に俺だけが決めていい訳ではないので、後ろの三人にも聞くことにする。
「なぁ、三人とも。何か希望はあるか?」
「······特にない」
「丁度男女共に偶数だから、部屋は三つ欲しいわね」
「私は何でもいいよ。最悪私の家も空いてるしさ。……三人が限度だけどね」
「………特に希望は無し、と。部屋を分けるのは前提だしな。…………そう言えば、お前たちは今までどこで過ごしてたんだ?」
三人に希望があまりないことを確認したあと、俺は湧いてきた疑問をぶつけた。俺はずっと『輪廻の森』で生活してきたが、皆にもどこか家があった筈だ。
「私のあの家は借りてるだけだから、引っ越しもできるよ」
「私は、今までは宿の部屋を借りてたわね。ラックに呼ばれてからは解約したけど」
「·········孤児院で、過ごしてた」
どうやら三人とも固定された住居は持っていないらしい。アグニは難しそうだが。ユートはどうか知らないが、トーラもここでは家を持っていない筈だし、よし。
俺はナチュルさんに向き直ると、俺の意思を伝えた。
「家でお願いします」
「はい。それでは、どの様な部屋をお望みで……」
「これとかどうだ?三人部屋が二つある家。二階建てだし、広い割りに安い」
ラックさんがそう言った瞬間、場が静まり返った。そして、直ぐに後ろの酒場でいた男たちがラックさんに向かって駆け出した。
「ラックお前なに提案してんだボケェ!」
「ふざけんな!普通二人部屋三つだろうが!」
「男と女を一部屋に置いたら色々起こるだろうが!」
「むしろ俺も混ぜてくれ!」
「お前は自重しろ!!」
「ん?なんだ?俺変なこと言ったか?」
男たちに襟首を掴まれてズルズルとギルドの外に引っ張り出されるラックさん。当の本人は何が何だか分からないといった様子で顔を歪めている。それを見届けた俺たちは、小さく溜め息を吐いた。さっきまでの騒がしさが嘘のようになったギルド内で、真っ先にナチュルさんが呟いた。
「何故あいつは頭が良いのに常識に欠けてるんだ…?だがそれも良い………な、何でもない、気にするな!」
そういうナチュルさんの顔はどこか赤らんでいて、それに動揺したせいか口調も地に戻っている。後ろからは三人分の苦笑が聞こえてきた。そして、俺にはよく聞こえない声で、話をし始めた。
「あぁいう男に惚れると、苦労するわね」
「でも何となく分かるよ。私もユウ君が戦ってる所も弄られてる所も好きだもん」
「·········ギャップ萌え?」
「多分、違うんじゃないかな?」
(気になるけど、聞こえない)
聞こえそうで聞こえないその加減に俺は耳を澄ましたくなるが、それはそれで不粋なので止めておく。
気を取り直して、俺は紙に書かれた一つの家を指で指してこう言った。
「ナチュルさん。これでお願いします」




