23話 退治
「……っハァ、ハァ………」
「あ、アグニさん!?大丈夫!?」
さっさと着替えて、警戒心を高めていると、アグニさんが息を切らして帰ってきた。僕は何かあったのかと思い、慌てて彼女に駆け寄った。エストレアさんはライドさんとトーラさんを一ヶ所に集めて回りを警戒している。
「どうしたの、敵襲!?」
「……うん、もしかしたら、ここに来るかも」
「で、セティはどうだったのかしら?」
僕はアグニさんの言葉に驚くが、エストレアさんはあくまで冷静にユウム君たちの目的についての質問をした。それに対して、アグニさんは少し表情を曇らして答える。
「正直、ギリギリかな?ユウ君が急いで向かったけど、間に合わないかも………」
「そう…なんだ」
「俺が、俺が悪いんだ!俺が嬢ちゃんをからかったからよぉ!」
「ライドさん、落ち着いて下さい。きっとユウム君が何とかしてくれますよ」
その言葉にライドさんが言葉を荒げ、トーラさんがライドさんを落ち着かせようと希望を語る。エストレアさんは、何も言わなかった。彼女もセティさんが無事に帰ってくると思っていないのだろうか?
ならば、僕が皆を励まさないといけない。そんな使命感をもって、僕は皆に問いかけた。
「大丈夫!セティさんはユウム君がなんとかしてくれるよ!僕たちがやるべきなのは、ここを守ること。そうだよね?アグニさん」
「……うん、ルー君の言う通りだよ。まだ騒ぎになっていない以上、盗賊団はまだセーちゃんに手を出そうとしただけ。騒ぎになるまでは、彼女を助けたユウ君が逃げ込めるここを守るべきだと思う」
アグニさんが僕に賛同してくれたお陰で、心なしか皆が少し、本当に少しだけど落ち着きを取り戻した気がした。そして、まるで自分の後ろめたさを打ち消すように、ライドさんが叫んだ。
「表はブラウンに任せときな!怪しい奴に気づいたらいななくように仕付けてある」
「……では、私は村長をここまで運んできますね!」
トーラさんもそれに影響されたのか、大きな声で宣言して、ファームさんが居る部屋に向かって歩いていった。僕はそれを見届けると、息を調えてるアグニさんに尋ねる。
「アグニさん。敵の数がどれぐらいか分かる?」
「少なくとも、二十人は超えてるよ」
「そうなんだ……。エストレアさんは入口で外を警戒しててくれるかな?怪しい人が来たら魔法で撃墜して欲しい」
「えぇ、任されたわ。ユートも、裏口があるかもしれないから、気を付けなさいよ」
「うん」
エストレアさんが宿屋から出ていきながら僕を心配してくれる。だから僕は返事をしたあと、敵が入りそうな場所を考始めた。エストレアさんを配置したから、きっと正面の玄関はない。裏口があるのかは知らないが、多分これも除外して良いだろう。分かりやすく表口が警戒されてるんだ。僕なら裏口も警戒されてると考える。そもそもここに盗賊団がくるのかも怪しいが、警戒するに越したことはない。
僕は考える。侵入に適した場所はどこなのかを。仮に僕が侵入する側だったら、人気がない場所を選ぼうとする。でも、どうやったらそこが人気のない場所だと分かる?察知系魔法や【スキル】、それとも密偵?いや、もっと他にあるはずだ。
僕が答えにたどり着いた時には、もう手遅れだった。
「皆!窓に注意し……」
「キャァァアアア!?」
僕が皆に知らせようとした途端に、ガラスの割れる音が宿屋に響く。それに驚く暇もなく、トーラさんの悲鳴が聞こえてきた。反応が遅れた二人を放置して、僕は音の出所に向かっていった。
ファームさんを運んだ部屋まで走ると、ロープのような物で縛られて口を何かで塞がれたトーラさんが居た。僕は彼女の傍に誰も居ないことを疑問に思いつつも彼女に駆け寄る。そして、必死で首を左右に降っているトーラさんのロープを剣で切り裂き、口を塞いでいた何かを取り外した。そして、先ずは安否を確認する。
「大丈夫!?トーラさん!」
「駄目です!ユート君!」
「え?」
何が駄目なのか、それを聞こうとした僕の頭に剣が突き付けられる。そして、若い男性らしき声が僕に向かってドス声で話しかけてきた。
「動くな。そして武器を棄てろ。抵抗すればお前、もしくは……この女を殺す」
その声を聞いた瞬間に、ベッドに潜んでいた三人の男たちがトーラさんの首筋にナイフを突きつける。それを見て、僕は迷いなく武器を棄てた。僕が襲われるのは別に構わないが、トーラさんまでこれ以上危険に晒す訳にもいかない。
「……武器は棄てたよ。だから、その人は解放してくれないかな?」
「さぁ?それはまだ判断出来んなぁ?」
まるでこちらを嘗めきったような声をそのまま無視して、トーラさんを見る。彼女の首筋には血が滲んでいて、彼女はうっすらと涙を浮かべている。下手に叫ぶことも出来ずに、歯を食い縛るが、それで状況が好転するわけでもない。
男は、少し苛立った様子で口を開いた。
「ちっ。もう少し感情を露にしてくれた方が面白いのにな。まぁいい。おい、このまま着いてこい」
「………」
僕はそのまま男に着いていった。その前にトーラさんを見るが、相も変わらず三人の男たちが彼女に付きっきりだった。そしてその目は、僅かにゲスな笑みを浮かべている。
(このままじゃ不味いよね……どうしようか?)
そう悩んでる内に、玄関まで来て、そのまま外に出てしまった。結局、僕を含む人質がいるせいで皆手を出せていない。このままでは、この男たちの思うつぼだ。その男たちと言えば、更にその数を増やして今度は僕の剣がどのくらいの価値を持っているかを話し合っている。
───何か、何か無いのか?
そう僕が思うと同時に、事態は動きだした。
「……っ!」
「おい!お前たち何してる!?」
トーラさんが危険を省みずに三人の男たちの手から逃げ出したのだ。それを見て、一瞬呆けた男たちを僕たちは見逃さない。
まず、僕は後ろの男を裏拳で顎を殴り着ける。それで男がよろめいたのを確認したあと、今度は僕の剣を持っていた男に飛び蹴り。剣を奪い返したあとに剣の腹で周囲の男たちを吹き飛ばした。その間に、アグニさんがファームさんを救出し、エストレアさんが魔法を発動して後方にいる男たちを吹き飛ばした。
敵が減ったので、僕はトーラさんを探す為に辺りを見回す。すると、こちらの危険が少なくなったことを察して走ってくるトーラさんと、彼女に向かって弓を構えた男の姿が見えて───。
「トーラさん、危ない!!」
「……え?」
僕はなけなしの魔力を使って《脚力強化》の魔法を発動し、彼女に向かって全力で駆け出した。そして、彼女と男の間に立ったあと、彼女を庇う為に彼女を抱き締める。その瞬間、
「うぐっ!?」
一発、二発三発と僕の背中に矢が刺さった。刺さった部位から血が溢れだしたと認識した途端に、視界が歪んでそのまま倒れ込む。もしかしたら、毒が塗ってあったのかもしれない。その拍子に彼女を押し倒す形になってしまったが、そんなことを意識している余裕は僕には無かった。
「ゆ、ユート君!?し……しっかりして!」
「くっ!?逃がさないわよ!《風の槍》!」
「ぐあぁ!?」
僕に呼びかけてくるトーラさんの声が聞こえたあと、エストレアさんらしき声が聞こえて、そのあと轟音が鳴り響いた。その瞬間から他の音が聞こえなくなって……………。
「ユー……君、し………、し………て……い!」
(ぼ、僕、は………)
そのまま、僕は意識を失った。
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セティが起きたあと、あの男たちを別の家に居た村人に引き渡し、俺はセティを背負って宿屋に向かって駆け出した。もうセティは大分落ち着いたようで、今では俺の獣耳を弄る余裕すらある。その行動に、俺は思わず笑いながら口を開いた。
「セ、セティ!止め……くすぐったいから!」
「·········じゃあ、またあとで」
そう言いながらも、セティは俺の耳に息を吹きかけてきた。思わずまた笑ってしまうが、気を取り直して更にスピードアップする。セティが俺にしがみつく力が強くなり、体と背中が密着して熱を帯びてきた。俺はそれに気付かないふりをして、そのまま走り続ける。
暫く走り続けて、宿屋に戻ってきた。宿屋の前ではたくさんの男が倒れており、その男たちをアグニとエストレア、ライドさんがロープで縛っていた。だが、ユートが見つからない。それを疑問に思って俺はアグニに話しかけた。すると、こちらに気づいたアグニがセティに急接近する。
「なぁ、アグニ……」
「セーちゃん!無事だったんだね!…って、それよりも、ルー君が大変なんだ!早く来て!」
そう言って、とてつもない素早さでセティを引っ張っていった。俺は少し茫然とするが、ある気配に気付いてその方向を振り向く。そこには、こちらに杖を向けている男がいた。
俺は《電光石火》を発動してそいつに接近し、剣の峰で殴り着けて男を吹き飛ばした。男は小さな悲鳴を上げて地面を転がる。そして男は立ち上がったあと、俺に背を向けて逃げ出した。当然俺はそいつを追うが、運悪く男の近くに若い女性が居て──────。
「キャア!?」
「う、動くな!この女がどうなっても良いのか!?」
当然のように男はその人を捕まえて首筋に杖を突き立てた。そのまま魔法が発動すれば、きっと女性の頭は吹き飛ぶだろう。どうするか迷っている俺を見て、人質を取れば動けないと思ったのか、男は余裕の表情で口を開いた。
「俺はな、頭を吹き飛ばされる直前の女の顔が大好きなんだよ。その信じられないものを見る目や、恐怖に歪んだ顔なんてもう最高さ」
「……………」
それを聞いて、女性の顔は恐怖に染まった。当然だ。これから自分が殺されるかもしれないのに無表情でいられる訳がない。だが、俺は表面上は全く表情を変えなかった。中身は焦っているが、それは顔に出さずに相手を静かに威圧する。
「……その人を殺したら、俺はお前を殺す。出来るだけ苦しむように、な」
「ひっ!?」
魔力を放出しながらの威圧は成功したようで、男は大きく怯んだ。
そして、それが彼にどういう心境の変化をもたらしたのか、男は無謀にも杖に魔力を込め始める。それも、人を殺せる量よりも遥かに大きい魔力を。俺は隙だらけになった男に接近し、迷うことなく男の左胸を貫いた。肉を切る感触が、剣を通じて手に伝わる。男を蹴り飛ばして剣を無理矢理引き抜くと、まるで滝のように血が流れ落ちる。そのまま男は地面に倒れこんで少しもがいたあとに、その動きを止めた。多分死んだのだろう。俺はそれに対して特に感情を抱く事もなく、剣を振って血を飛ばし、鞘に納める。すると、突然狂ったような笑い声が、頭の中に響いてきた。
『ッハハハハハハハハハ!』
「っ!?誰だ!」
俺は叫ぶが、その声が俺の叫びに応えることもなく、段々と笑い声が小さくなっていき、最後には聞こえなくなった。俺は笑い声が気になるが、そのことは頭の隅に置いておいて、このあとどうするかについて考えることにした。
まず足元を見る。そこには変わらずに男に死体が転がっている。その後に先程人質に取られていた女性を見る。彼女はその場に倒れこんでいた。どうやら気絶してしまったようだ。
「とりあえず、死体の処理くらいはしておくか」
そう言ったあとに、俺は男を土に埋めて、そのあと女性を背負って宿屋に向かった。




