1話 『王都グランド』へ
目を覚ますと同時に欠伸をする。深呼吸してから背伸びをして、改めて辺りを見回した。
視界に入るのは草木のみ。体に大きな変化もない。寝ている間に襲われることもなかったし、今警戒心を持つ必要もないらしい。
座り込んだままの状態で、昨日見た夢へ思いを馳せる。
俺の中にある、一番古い記憶。少女のような見た目の神様に、転生させられた時の夢を見た。
「懐かしい夢だな」
ぼそりと呟いて、立ち上がる。俺が転生させられてから、そろそろ一年になるだろうか。
昨日まで歩いてきた道を振り返って、もう目視は出来ない森を――一年過ごした、この世界での故郷を見つめる。
あの森で、俺は色々なことを学んだ。
――――結論から言うと。ここは本当に、『ファンタジー世界』だったのだ。
魔法が実在していて、魔物や獣人などが居て。何より、神様が存在してる。
知ったように語るこの世界の物事は、その神様から学んだことだ。
「◆◆」
たまたま、強風が吹き抜ける。口に出した声はかき消されてしまったが、俺は確かに彼女の名を呟いた。
彼女は、俺にこの世界のことを教えてくれた。
俺を助けてくれた。
俺と過ごした仲間だった。
俺は――――――――。
そこまで考えかけたところで、ポケットの中から鈴を取り出す。
赤と青の二つの鈴が、一本の赤い糸に繋がっていた。
もとの世界から持ってきていた鈴に、『彼女』が手を加えたものだ。
しかし、『彼女』が手を加えたときには新品のように綺麗だった赤の鈴は、青の鈴とは違って何年も使い続けたかのようにボロボロになっている。形を保っているのが唯一の救いだ。
「俺は」
約束を、思い返す。あの時、彼女から告げられかけた最後の言葉。
伝えようとしていたことは二つあったようだが、俺が聞き届けられたのは一つだけ。
その一つ。神としての願いを、改めて口にする。
「俺は、邪神を倒す」
そのことを心に決めて、あの森を飛び出したのが三日前。道中に出会った旅人に話を聞いて、俺は都へと目的地を定めた。
『王都グランド』。人々が集う都市が、今すぐ近くに見えている。
まずは王都へ行って情報集めだ。都に居るらしい神様に話を聞いて、可能であれば仲間を集めて。そうして俺は、邪神を倒す旅に出る。
「……って、今から考えても仕方ないか。とりあえず、行ってみよう」
鈴を仕舞って、空を見上げる。雲一つ無い快晴だ。日差しが眩しくて、手で遮ってから正面を向く。
視線の先には、門番と思われる男が居た。鉄の鎧を全身に纏っているその姿は、堅牢さよりも「重そうだ」といった感想を抱いてしまう。
鉄の剣一つ握って振り回すだけでも重いのだ。全身を覆う鉄なんて、俺なら走り回れるかさえ分からない。
ある程度まで近付くと、鎧の男が話しかけてきた。戦闘態勢にこそ入られていないが、声には少なくない重さが乗せられている。
こちらを警戒してのものか、元々そのような声なのかは判断がつかないが、どちらにしても俺がやることは変わらない。
「初めて見る姿だな。お前、何者だ?」
「青原遊夢です。あー、ここではユウム・アオハラですかね? 名字が青原」
「どちらの名乗りでもさしたる影響は無いが……身分を証明するものは?」
「ありません」
一年間森で生活していた俺にとって、身分証明書といった道具は一切持ち合わせていない。
今手元に残っているのは、身に帯びている私服と例の鈴だけだ。
そんな俺を見る門番の視線は、みるみる怪しいものを見る様子へと変化していった。
……彼の視点で考えてみる『突然現れた見知らぬ男が、身分を証明できないと言っている』。
門番として、怪しまないとならない程度の怪しさではあるのだろう。しかし、それは困る。俺はこの都市へと入らねばならない。
俺に出来ることは多くない。せいぜい、どうにかならないか提案する程度のものだろう。
「あの、ここで個人情報を登録することって出来ますか?」
「もちろん不可能ではない。その前に、こちらの質問に答えて貰う必要がある」
「そういうことでしたら、お願いします」
そこまで言って、少し思考する。質問とは言うが、俺が答えられるのは一年程度の記憶だけだ。
それ以前の話となると、異世界転生だの転生させた少女などの話が絡んでくる。ここまで来ると、信じて貰えるかさえ分からない。
多少の懸念を感じ始めた俺をよそに、門番が一度咳ばらいをする。
「先ほども聞いたが、名前は?」
「青原遊夢です」
「どこから来た」
「『輪廻の森』です」
「……そうか、お前が」
二つ目の質問で、早くも神妙な声をあげられる。何か、まずいことでも言ってしまったのだろうか。
因みにこの『輪廻の森』という名前。度々善良な霊が目撃されることから、「転生待ちの霊が来る場所」という解釈がなされて、その結果付けられた名前らしい。神様である彼女曰く、間違いではないとのこと。
「ええと、何かまずいことでも……」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
そう言って、右手に装備していた腕輪へと話しかける。小声で聞き取りづらかったが、『例の者が来た』と。そう言っているように感じられた。
例の者? と首を傾げている俺へ、門番が話しかけてくる。
「今、案内を呼んだ。すぐにこちらを来るだろうが――せっかくだ。もう少し質問を続けても?」
「もちろん、答えられることであれば」
「感謝する。では、お前の目的は?」
おそらく、これから何度も聞かれるであろうこと。赤の他人に宣言するのは、これが初めてになる。
大きく息を吸って、深呼吸。特に緊張などはしていない。ここで区切りを付けるという心構えだ。
「俺は――――俺は、邪神を倒す。そのためにここに来た」
「……ああ、よくぞ言った。さて、そろそろ」
兜の奥で、門番が感心したように笑みを浮かべた気がした。彼は俺の宣言を聞き届けたあと、おもむろに上を向く。
倣って、光を直視しないように上を見上げる。先ほどのように、雲一つない青空が広がっていて――。
気配を感じて、視線を動かす。きっとそれは、壁の上から飛び出した影だったのだろう。
俺の目の前に着地したその男は、軽い様子で右手を上げた。挨拶だ。
「よう。……そいつが例の奴か?」
「ああ。案内を頼んだ」
軽装の男と門番は旧知の仲であるかのように言葉を交わす。一言だけで会話を完結させた後、門番は俺へと向き直った。
「そいつに着いていけ。お前が行くべき場所へ案内してくれるはずだ。それと」
言葉を区切って、咳払い。
最後に放たれたのは、俺を歓迎する言葉。彼からその一言を受けた俺は、お礼を告げると共に頭を下げた後、軽装の男を追って歩き出した。
「ユウム・アオハラ、『王都グランド』へようこそ」
※2021/02/23 本文を大幅に変更。ストーリー的な変化はありません。