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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
19/125

18話 答え

 拝啓、名も知らぬお父様、お母様。私、遊夢はどうやら予想外や恋愛事情にえらく弱いようです。きっと、名を忘れてしまったとはいえ、今まで私を育てて下さったお二人なら、こう思うでしょう。

 ──────遂に遊夢がぶっ壊れた、と。


 俺だって、好きで現実逃避してるんじゃねーよ!全然状況を飲み込めない。むしろ状況に飲まれそうだ。

 好きな人?俺が?それはないだろ。だって会ったのはさっき(俺視点)だぜ?

 あ、そうか、LOVEじゃなくてLIKEか。納得した。だが、こう言う言い回しが良くないとアグニに教えないとな。

 そう思った俺は、彼女が訂正してくれることを願って彼女に指摘した。が、


「なぁ、アグニ。その言い方は誤解を招かれ易いから、止めとけよ?」

「まさか、私の気持ちは本当だよ。ちょうどここはベッドもあるし、いっそのこと、今、すぐに……」


 はい完全にアウトでした。どうしてかは分からないが、どうやら彼女は本気らしい。

 アグニはベッドに飛び乗り、上半身だけ起きていた俺を押し倒す。そして彼女も俺に覆い被さると、その少し赤くしたままの顔を、俺の顔に近付けてきた。


(マズイマズイマズイマズイどうするどうする!?)

 今俺は完全にパニック状態だ。どうにかして退いて貰いたいが、どうすれば彼女が止まるのかを知らない。それも当然だ。

 ───この十八年間、女性に迫られたことなんて無いんだからな!

 それを抜きにしても、何をどう言うべきかが分からない。そりゃぁ俺にだって性欲の一つや二つある。だが、俺は好きでもない人と“そういうこと”をする気はない。

 アグニの目を見る。彼女の目からは冗談やからかいの類いは感じ取れず、ただ真っ直ぐに俺を見ていた。

 そのことに気恥ずかしさを感じた俺はアグニから目を逸らして、セティと目が合う。

 セティは何を思っているのか、アグニがベッドに飛び乗ったときから微動だにしていないようだ。俺は視線だけで彼女にSOSを送る。何故ちゃんと言わないのか、答えは単純だ。


 ───「助けてくれ」なんて言ったら、アグニを傷付けることになるかもしれないからだ!


 いや、確かにこの場から何事もなく切り抜けたいのは事実だが、何か他に言い方があるだろう。だが生憎、俺はそんな言葉を思い付かない。だから、直接言う訳にはいかずに、視線だけで助けを求める。

 その願いが届いたのか、セティは我に返った様子でビクッと体を一瞬揺らし、アグニを押し退けて俺とアグニの間に割って入る。そして、この場に居るのが恥ずかしいことであるかのように顔を赤らめて、言った。


「···だめ!···そ、そんなのは······不謹慎」

「………え?あっ、そうだ。セーちゃんが居たんだった。ってことは………うわぁ!!?」


 どうやらセティは忘れられていたらしい。アグニが驚いたような声を上げ、慌てて俺から飛び退く。そのときにアグニの膝が俺の腹に食い込み、思わず変な声が上がるが、二人とも気にした様子はない。

 アグニは飛び退いたあと、顔を真っ赤にした状態で俯いて座っている。

 暫く気まずい雰囲気が続き、何か話題は無いものかと探していると、ふと疑問が湧いてきた。


「そういえば、ここ何処だ?」

「あ、う………」

「···ここ、王都闘技場の医務室」

「アグニからの闘いからどれぐらい経ってる?」

「じゅ、十時間ぐらいだよ!」

「因みに、アグニはいつ目を覚ましたんだ?」

「さ、さっきかな!?」

「······違う。···五時間前には起きてた」


 どうやら、俺の思ったよりも時間が経っているらしい。…というか、十時間って長いな。

 アグニもある程度は持ち直してくれたようで、まだ顔は赤いものの俯いてはいない。

 俺は辺りを見回して窓がないか確認するが、窓は見当たらず、今がどのような時間か確認出来なかった。なので、今がどういった時間帯か、セティに聞くことにする。……何故アグニに聞かないのか?まだ気まずいからに決まっている。


「なぁ、空はどうなってる?」

「······もう、夜」

「そうか。ユートたちは?」

「帰ったよ。確か神殿だったっけ?」

「そうなのか……」


 どうやら、ユートたちは俺の看病をセティたちに任せて、先に神殿に帰ったようだ。まぁ、アグニは俺に気持ちを伝えたかったのだろうし、セティはヒーラーだから面倒見てくれたんだろう。

 さて、これで一応はやることが無くなり、本来なら神殿に帰るはずだったんだが、今からやらないといけない事がある。

 それを伝えるために、俺はセティに話しかける。


「あー、セティ。先に帰っててくれ」

「·········ん、分かった」


 そう返事をして、セティは静かに部屋から出ていった。

 そして、部屋には俺とアグニだけが残る。どちらも先に話さずに、互いの出方を待つ。暫くしてそれに耐えられなくなり、口を開く。


「「あのさ(あのね)………」」


 タイミングが被り、また沈黙が続いた。これでは駄目だと思い、今度こそ俺はアグニに話しかける。


「あのさ、アグニ。お前の家に言ってもいいか?ここだと人がいるかも知れないし」

「ぁ……うん、いいよ」



 アグニの家に案内され、中に入る。そしてリビングに案内されて、椅子に腰掛ける。この空間に馴染み始める頃に、俺は口を開いた。


「分ってると思うが、俺はさっきの返事をしに来た」

「……うん、分かってる」


 アグニが小さく頷く。その顔は、期待と不安が入り雑じっていて、あの獰猛な笑みを浮かべていた彼女とは別人のようだ。だが、当然そんなことは無く、彼女は間違いなく俺が闘ったビーストのアグニだし、俺は早く告白の返事をしなければならない。

 風が強いのか、一回窓が大きな音を発てる。


「アグニ、お前は俺を好きだと言ってくれた。それは嬉しく思う。ありがとう」

「うん、多分一目惚れってやつなんだろうね」

「そうか……」


 ちゃんとした理由があるわけじゃない。そう理解すると、若干、本当に若干気が軽くなる。このままの勢いで、早く答えてしまおう。

 雨が降ってきたらしく、僅かに雨音が聞こえる。


「悪いけど、それには応えられない。俺には、他に好きな奴がいるんだ」

「そう…なんだ。う、ううん、何でもないよ。わざわざちゃんと答えてくれて、ありがとね」


 俺は、まだ諦められていない。結局気持ちを伝えられないまま、鈴音は死んだ。もしかすると俺が願った理由には、それに対する未練が残っているからかもしれない。

 だから、アグニの気持ちには応えられない。仮に鈴音の復活をあのときに願わなかったとしても、まだ鈴音に未練が残ってる。当然、後悔も、だ。そんな状態で誠実にアグニと付き合える訳がない。

 そう返事をすると、アグニは僅かに顔を曇らせて、そのあと直ぐに笑顔を作ってお礼を言ってきた。彼女とはほんの少しの付き合いだが、それでもアグニが無理をして笑っていることが分かる。


「………ごめん」


 それに後ろめたさを感じて、早急に立ち去ろうとドアを開ける、が、外には激しい雨が降っていた。呆然としていると、一瞬空が光り、轟音が鳴り響く。


「うわっ!?凄いな……なぁ、アグニ」


 何か雨を凌ぐ物を貸してもらおうとして、ドアを閉め、アグニに話しかけながら振り返る。ところが、さっきまで座っていた椅子にはアグニの姿はなく、その少し下を見ると、アグニが床に丸まって震えていた。雷が苦手なのかも知れない。

 ───放っておけないな。

 丸まっているアグニの手を探し、握る。彼女は一瞬大きく震えると、さっきよりかは落ち着いた様子を見せる。


「アグニ、今日泊まってもいいか?」

「……うん、お願い…」


 それでもやはり恐いのか、震えた声で小さく返事をしてきた。俺はアグニを抱えて立ち上がり、寝室を探す。ここだとアグニが風邪を引くかもしれないからだ。暫く歩いて寝室を見つけると、ベッドにアグニを座らせ、俺は出ていこうとする。アグニも今は落ち着いていて、これなら一人で居ても大丈夫だろう。

 そのとき、さっきよりも大きい雷の音が部屋に響いた。

 振り返ると、またさっきのようにアグニが震えていた。しょうがないな、と心の中で呟きアグニに近づき、ベッドに押し倒してから俺もその横に寝転がる。震えているアグニがいるせいか、いつもの緊張感は感じない。


「ぁ……」

「布団被って、寝ろ。俺もここに居るから」

「……うん」


 上を向くように寝返りをうつ。暫くすると俺にも布団が掛かり、アグニが俺の右腕を抱き締めてきた。色々当たっていて消えかけた緊張感が帰ってくるが、どうとでもなれという投げやりな気持ちで目を瞑って暫く待つ。すると段々と眠気が襲ってきた。やっぱり緊張や焦りで疲れたのだろうか?そうして俺は意識を手放した。


 ---------------


 雷の音が聞こえて、私は思わずその場に縮こまる。暫くすると、ユウムが私の手を握ってきた。それに体が反応して、一瞬大きく震える。彼は私に気を使ってくれたのか、優しく話しかけてきた。


「アグニ、今日泊まってもいいか?」

「……うん、お願い…」


 そう返事をすると、急に浮遊感がする。ユウムが抱えてくれたのだ。そのことに対する嬉しさと、雷に対する恐さがごちゃ混ぜになって、分からなくなる。ユウムが家のなかを右往左往して、寝室にたどり着いた。彼はベッドの上に私を座らせると、部屋を出ていこうとする。

 その時、さっきよりも大きい雷の音が部屋に響いた。私はまた恐くなって、ベッドで丸く縮こまった。

 震えていると、急に体を押し倒される。その事に慌てていると、ユウムが私の隣に倒れ込んできた。そんな筈もないのに、少しだけ期待して体が熱くなる。


「ぁ……」

「布団被って、寝ろ。俺もここに居るから」

「……うん」


 彼は上を向いて、私の目の前に腕が見える。私は布団を被って、彼の右腕を抱き締めた。そんな私の行動に彼は一瞬動揺したような反応をするが、直ぐに目を瞑って、暫くすると寝息を発ててしまった。それを感じた私は、更に彼に近付いて、彼が私にしてくれたことを思い出す。そして、彼の耳元で呟いた。


「本当に、君は最低だよ。こんなに優しくされたら、諦めるどころかもっと好きになっちゃうじゃないか」


 それに、彼が反応することはない。当然だ。彼は今、寝ているのだから。そして、少なくとも今は彼が私に振り向くことはない。だから、今だけは、彼に近付こう。

 彼の温もりを感じて、私はゆっくりと目を閉じた。

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