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俺はこの世界で  作者: ロン
エピローグ:俺はこの世界で生きていく
121/125

120話 醜い欲望

 俺の願いは初めから変わらない。環司鈴音の蘇生。初めてここに来た瞬間から───いいや。もし、それ以前でも。願いを問われれば、叶わぬ願い事と言われようともそう言っただろう。

 今でも、それが変わることはない。自分勝手な願いを望んで良いのであれば、俺は躊躇いなくそう答える。


「俺は───」


 けれど、それはあまりにも我儘な願いだ。何人死んだのか、分からない。最悪、かつて王都に生きていた人間で、今生きているのは俺だけというのも有り得るのだ。道行く人も、冒険者たちも。そして……大切な、仲間たちも全員死んでしまっているのかもしれない。

 その状態で彼女の生存を願えば、どうなってしまうのであろうか。


 この王都は、全世界でどの程度の立ち位置に居るのだろう?

 この王都が無くなることで、世界にどの程度の悪影響が出るのだろう?


 分からないことを考えて、答えを出すことを躊躇ってしまう。


『さぁ、答えてよ。君がどんな選択をしようとも、僕はそれを叶えよう。けれど、叶えられる願いには限りがある。全ての人間は救えない。でも、君を責めるような人は居ないよ』

「……責める人間が、既にこの世界に居ないっていう意味か?」

『───ノーコメント。言っちゃったら、ここで君にこの問いをかける意味がない』


 依然、リエイトは俺の問に答える気が無いらしい。眉一つ動かさないまま、冷たい声色でそう言ってくる。


『……【廃人化】でも使うか?』

「いや───もう、どっちを選ぶべきかは分かってる」


 狂夢の問いかけに、内心で首を横に振って答える。


 ───ただどちらが正しいかで言うのなら、もう決まっている。最低でも五十は超えるであろう命と、たった一人の神様。どちらも、世界から見ればかけがえのない命であるだろうが……数が違う。

 それでも迷っているのは、俺にとって、彼女の命が沢山の他人よりも重いからだろう。その「他人」の中に、最低でもセティの命は入っているというのに、俺は心からそう思っている。なんとも、嫌な話だ。

 俺がもっと善人であれば。或いは、心の底からの狂人であれば、迷うことは何もないというのに。


「───」


 どちらを選ぼうとも、俺はきっと後悔する。それも理解している。この問い掛けへの回答に必要なことは、たった一回の決断のみ。


 ───自分の欲望か。

 ───全体の価値か。


 その二つを選んで、取るだけ。たったそれだけのことが───重い。

 きっと、【狂人化】か【廃人化】を起動すれば直ぐに解決する。本能に近い前者は鈴音を、合理的な回答をする後者は人々を選ぶに決まっている。

 だからこそ───これは、【常人化】である俺が決めなければならない。


「………………」


 思い返す、思い返す。

 彼女と過ごした思い出と、王都で得た思い出。どちらも楽しかった、どちらも満たされていた、どちらも、かけがえのない物だった。

 二つに一つなんて信じられない。けど、選ばなければならない。最低でも、優先順位は付けなければ。


「──────どちらも捨てるか?は、冗談だろ」


 一瞬だけ浮かんだ考えを……平等に救わない考えを即座に切り捨てる。そんなこと、選ぶ訳にはいかない。第一、それ以外に選ぶことなんて何もない。前世の記憶は、今の俺にはもう不必要だ。何かの拍子で思い出すならまだしも、今この場で得たいと思うほどの価値はない。


 ………これでは、埒があかない。思い返すことも全部思い返して、何が価値があるのかも分かりきっている。その上で、迷うというのなら……。


「……はぁ。決めたよ」

『そう?それじゃあ言いなよ。君の願いは、君が決めるべきなのだから』


 恐らく、今俺が何を考えているのかもお見通しなのだろう。そんな彼女に宣言するのは気が引けるが……それでも、言わなければ。


「俺は───」


 願いを言う。それでようやく、俺にとっての邪神討伐の任務は終わりを告げた。


 ---------------


 ───そして、少女は目を覚ます。視界に広がっているのは、見覚えのある建物の天井。

 状況をいまいち理解できていない少女は、自身の手を目の前に持ってきて、何度か握る。その動作がちゃんと出来たことに、出来たことを認識できたことに驚きながら、少女は辺りを見回した。


 少女の視界に映っているのは、やはりというべきか、あの神殿の内部構造。そして、その広間の中心に、あの幼い神様がいた。神様は微笑みながら大きい椅子に腰掛けていて、地に着かない足をぶらぶらと垂らしている。


『やぁ。目覚めた気分はどうだい?』


 神様──リエイトは、少女にそう問いかけた。それを聞いた少女は、自分に可能な範囲で自身の姿を確認して、自身が生きていることを確認した。


『……困惑してる、みたいだね。まぁ、無理もないよ。君はさっきまで、夢を見ている気分だっただろうからね』


 リエイトの問いに、少女はただ一度だけ頷いた。困惑しているのは紛れもなく事実。今までの一連の記憶が、まるで夢で見ていたもののように実感がない。けれど、一つだけ、分かることがあった。


「······あれが、私?」

『───そうだよ、セティ。少なくとも、あれは君の一側面だ』


 少女──セティは、顔を青ざめて頭を抱える。そして、直ぐに地面へ崩れ落ちるように座り込んだ。


 ……全部、覚えている。デイヴという魔族との戦いの途中で、ディザイアというモノに飲み込まれたこと。そこから意識が薄れて、身体が勝手に動き始めたこと。

 それこそまるで、夢でも見ているようだった。意識はしていないのに身体は動いて。勝手に人を憎んで、殺して、潰して、貫いて。その癖、それは自分の意志でやったのだという確かな認識が、自分の中に存在している。


「···どういう、こと?」

『それは、詳しく話すと長くなるね。まぁ、ちょっとくらいなら答えてもいいけどさ』


 椅子から飛び降りて、セティの眼前にリエイトは立つ。明らかに動揺している様子のセティを一切宥めることなく、ただ彼女の疑問に答えるべく、一つの情報を提示した。


『あの破壊衝動は、ディザイアによる能力だね。【願望成型】によって生み出されたディザイアは君に取り憑いて、君の願いを叶えようと───ううん。同調しようとした。君だって自覚してるだろうから、詳しくは言わない』

「───」

『それで精神が歪められた結果───衝撃的な体験をした結果、二つ目の【スキル】が発現して、あの破壊能力を手に入れた。言ってしまえばそれだけだよ』

「······それ、だけ?」


 ……違う。そんな簡単な話ではないと、セティは分かっていた。彼女は全て覚えている。先程リエイトが解説した衝動も、破壊能力も。


「···私は、死んだ」


 邪神の手によって、首をへし折られたあの瞬間を、確かに覚えてしまっている。


「ここは、どこ?」


 であるならば、ここは一体どこなのだろうか。セティにはどう見ようとも神殿の光景であるが、実際は違うのかもしれない。そもそも、ここが現世なのかすら定かではない。


『そうだね……。ま、自ずと分かるよ』


 意味ありげにそう告げて、リエイトはある一点を見る。促されるようにセティがそちらへ向くと、見覚えのある人物がこちらへ走ってくるのが視認出来た。

 それを見た瞬間に全身が強張る。嬉しさと恐ろしさが同居して、身体が咄嗟に動かない。それでも、声だけは絞りだそうとして。


「···ユウ、ム」

「──────」


 駆け寄って来る人物の名前を、震える声で呼んだ。


 けれど、名前を呼ばれた男はセティに見向きもせずに彼女の横を通り過ぎ、神殿の外へ出て行く。


「·········あ」


 呼び止めようとした時には、もう遅い。既に神殿の重い扉を開け放っていた男は、雷のような速度で外の世界へ飛び出していった。


 そして、場には静寂が訪れる。一瞬の出来事で通り過ぎた男のことを、セティもリエイトも目で追っていた。


『───なるほど。遊夢は鈴音を取った訳だ。生身の君に見向きもしなかったのは……彼女が生き返ったことを僕の分身に教えられて、待ってられなくなったのかな?』

「······」


 置物のように固まるセティは、何か言いたげにリエイトを見つめる。言葉は話さずとも、説明を求めているであろうことは明らかだった。


『……本題に入ろうか。まずは祝福から。邪神討伐おめでとう、そしてありがとう。君たち四人の一人でも欠けてたら、邪神は倒せなかった。それは、世界を救えなかったことと同義だ。そんな君たちに、報酬を与えようと思ってね。……ほら、最初に言ったでしょ?願いを叶えるって』


 あまり喋らないセティが黙っている為か、一人で彼女は話し続ける。セティの表情や目線を見て、セティが自分の話を聞いていることくらいは理解しているので、さしたる問題はない。


『遊夢には黙ってたけど……君にはバラしちゃおうか。遊夢の願いは、鈴音の蘇生。エストレアの願いは、辰野の蘇生。そしてユートの願いは、死んでしまった君の蘇生』


 一人の願いを挙げるたび、指を一本ずつ立たせる。三人の勇者が願ったものは、その全てが命の救済だった。


『まぁ、遊夢にはある二択を迫った訳だけど。でも、最初に願いを決めちゃったから、お互いキャンセルは出来なかったんだよね。

 ……ああ、ごめん。君に言っても分かることじゃなかった。とにかく、君にも願いを決めて欲しいんだけど……質問はあるかな?』

「······アグニは?」


 ユウムに迫ったある二択のことが気になったセティではあったが、それよりも気になることがあるために指摘はしなかった。

 その気になることとは、自分の仲間の一人であるアグニのこと。


 家に置いてきたトーラやリリィとは違い、彼女も邪神討伐に参加していたはずだ。それなのに、名前が出ていない。邪神と戦ったあの場にも、彼女は現れていなかった。


『ああ、彼女は生きてるよ。ただ、資格が無いだけ』

「資格?」

『うん。彼女は勇者じゃないからね。そもそも、彼女とは【神徒契約】を結んでなかったんだ』


 リエイトの言い分にセティは小さく頷いて、静かに安堵する。そしてアグニが無事なことを理解して、直ぐに自分の願いのことを考え始めた。


 ───自分たちへの被害はゼロ。

 ───()()()()()()()()()()()()()()()


 だったら、この願いは自分の為に使って良いはずだ。綺麗な服も、食事も、装備も。新しい家を貰うのも、いいかもしれない。


『───それじゃあ願いを聞こうか。この世界の最高神である、僕との契約だ。何だって───人の心(・・・)だって、思うままだよ』

「······!?」


 人の心、を強調してリエイトはそう告げて、セティはその意図を正しく認識した。

 故に彼女は大きく目を見開いて、動揺したように肩をぴくりと震わせる。気付いてはならないことに、気付いてしまったとでもいうように。


「───」


 心臓が激しく脈打つ。思い付いたある願いを、理性が激しく拒絶する。ただ、拒絶すればするほど、先程見た光景が脳裏にフラッシュバックした。


 ───人の心も変えられるなら。



 ──────ユウムの心をこちらに向かせることだって。


 それは駄目!と心の中で叫ぶ。それは洗脳と変わらない。そんなこと、例え敵であってもしてはならない。仲間であるなら尚更だ。

 けれど、けれど。自分を視界にすら入れずに駆けて行った男の姿を、彼女は覚えている。その時、胸に穴の空いたような感覚を味わったことも同様に。


 鈴音を選んだ、とリエイトは言った。遊夢の願いは、相も変わらず鈴音の蘇生。ならば、彼が未だ変わらず鈴音を想っていると考えるのも当然だ。


『───良いんじゃないかな?遊夢はまだ、彼女に何も伝えてない。それを願っても誰にもバレないし、何なら、君が願ったことさえも忘れさせてあげるよ』


 迷うセティの背中を、リエイトの甘い言葉が押してくる。

 当然のように心を読んでいることに対する感情を浮かべる余裕もない。頭に浮かぶ暗雲を払うように頭を左右に振りながら、セティは別の願いを考えていた。



 綺麗な服。

 ─────頑張って働けば手に入る。


 おいしい食事。

 ─────同じく、努力すればいい。


 他にもさまざまなものを思い浮かべるも、それらの願いは大抵お金で買えるものだった。そして、その願いの隙間を突くように、あの醜い願望が囁いてくる。


 ───ユウムを自分のものにするには、今しか無い。


「·········」


 隙間を突いてくるような囁きは次第に肥大化して、その内周りの(ねがい)を掻き消す。遂には脳内がそれだけに埋め尽くされて、それ以外の願いが何も思い浮かばなくなった。


「───ぁ、あ」


 その場に崩れ落ちて、目に涙を浮かべる。そんな細やかな抵抗を嘲笑うかのように、今彼女の中には、ある未来が思い描かれていた。

 言うまでもなく、遊夢を手に入れた場合の未来である。想像するのは幸せな景色。皆が笑って、自分と彼を祝福してくれて……。「洗脳して手に入れた」という要素さえ除けば、これ以上ないくらいに満たされた世界。


 彼女の頭の中には、もうそれしかなくて。

 でも、そんな酷いことは容認出来なくて。


「わたし、は」


 大きく息を吸って、声を震わせて「それ」を願う。今の彼女が言える願いは、もうそれしか無くて。


『──────分かったよ。それじゃあ、その願いを叶えよう』


 願いを聞き届けたリエイトは、憐れむような視線をセティに向ける。そうしてから、セティの願いを叶えることにした。

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