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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
118/125

117話 「勝敗は決した」

 ユウムが加勢してからも、状況が劇的に好転することは無かった。ユウムとユートが斬りかかり、エストレアが援護射撃をする。それを、邪神が紙一重で避けてカウンターを仕掛け……の繰り返しだ。

 先程の一瞬で壊滅しかけた戦況を持ち直せたのは僥倖だったが、それだけ。今のままでは、こちらが勝利を得ることはない。


「───」


 思考は絶やさず、ユウムは観察しながら剣を振るう。相手が疲弊してはいないか、どこか痛めていないか、決定的な隙はないか。

 手を緩めることはなく、ユートは剣を凪ぐ。先程よりも疾く、鋭く、重く、強く。

 標的を見落とすことなく、エストレアは魔法を放つ。剣士二人を守る魔法を、彼らに当たらない魔法を、邪神を追い詰める魔法を。


 それを───邪神は笑って凌ぐ。決して嘲る笑いではなく、戦うのが楽しくて愉しくて仕方が無いとでも言うような、純粋な笑み。

 ユウムの剣を防ぎ、ユートの剣を回避し、エストレアの魔法を相殺して、自身もカウンターを仕掛けていく。確かな殺意を込めた一撃も、お互いに届くことはない。


『……静かな戦いだね』

「それが、どうしたっ!」


 一撃、一閃、一突き、一発。

 前線で戦う二人に気を遣ってか、魔力消費を気にしてか。エストレアの使う魔法も、人の領域にあるものだ。城を崩した時のような、ヘルピンと撃ち合っていた時のような苛烈な魔法は見られない。前線に立つ二人と邪神は言わずもがなだ。一合毎に衝撃波が吹き荒れる訳でもなく、高速移動の中での戦いでもない。ただの、組手のような果たし合い。


『まぁ、人と人の戦いなんてそんな物か。でも生憎、巨人や魔物にでもなろうものなら、エストレアに撃たれて終わりだろうし』

「だったら、さっさとなれよ」


 挑発するような調子のユウムに邪神はただ『ははっ』と笑うのみ。事実として、邪神の姿が変わることはない。

 それに気にした様子もなく──元々期待していた訳でもないユウムは、一手一手の剣を鈍らせることなく、刃を振るい続けた。


 《電光石火》を折り込んだ、急加速に高い反応速度などを用いて戦うユウムは、今の邪神としても厄介だ。そして、ユウムの動きに気を取られれば、ユートの一撃が突き刺さる。だから邪神は気を抜けず、ユウムたちの攻撃を捌くことに重きを置いている。

 けれど───と、邪神は思う。確かにユウムの攻撃は厄介ではあるが、それだけだった。


 今のユウムは白髪───つまりは、万物を狂わせる【狂人化】の形態。同時に、邪神が初めて会った瞬間に「自分を殺せるかもしれない」と直感した姿でもある。だが……今のユウムは、それらしい行動を何もしていない。ただ普通に厄介なだけであり、負ける気はしない。


『あの狂気を感じないね』

「……だから何だ」


 邪神の問いに、はぐらかすようにユウムは答える。けれど一瞬だけ、返事に間が出来た。


『───へぇ。回数が減ってるのかな?』

「───」


 それを、「知られると不都合な真実がある」と捉え、尋ねてみる。すると、ユウムが一瞬顔を顰めた。そして次の瞬間、ほんの少しだけ攻撃が苛烈になる。


 図星。邪神にとっては、その行動が肯定の証だった。


『残りは幾つかな?大方、あの『運命』を捻じ曲げて来たんだろう?一回二回じゃあ利かないよね。じゃあ三回?いや、君のその回数は、全部で七回だったはずだ。となると───』


 ユートの剣への意識を防御だけに回して、邪神はユウムに語りかける。その瞬間にも、どんどん攻撃は苛烈になっていくが……それでも邪神を殺すまでには届かない。


 ユウムから一息で放たれる、三回の斬撃を完全に防ぐ。そして、邪神はニヤリと口元を歪めて、神託のようにこう告げた。


『あの扉に使った回数は四、だね。残りの回数は───恐らく、一回か二回。君が未だに【狂人化】なのがその証拠だ』

「この!」


 邪神が告げると同時に、ユウムは《電光石火》を用いて急接近。大地に罅が入りかねない勢いで踏み込んで、疾く刃を振りぬいた。

 奔る一閃を軽いバックステップで回避して、不気味な笑みを邪神は浮かべる。


『さて!じゃあ、ちょっと無理してでも君を殺そうか。イレギュラー!』


 そうして、邪神は一番厄介な敵を標的とした。ユウムが居なければ勝てることは、先程の戦闘で分かっているからだ。


 《身体強化》の魔法でブーストを掛けた邪神は、ユートにも、ユウムにも目もくれずに───上空に飛び上がる。

 そして、空中で停止(・・)。勇者たちを見下ろして、腕を突き出す。


「……良い的よ、邪神サマ?」


 魔法の撃ち合い。それを悟ったエストレアは不敵に笑って、杖を上空に向けた。しかし、それは少し違う。邪神には、魔法を撃ち合う気は毛頭ない。


『魔法を撃つのは勝手だけどさ……』


 変わらず笑みを浮かべている邪神は、巨大な球状の魔法───《闇の隕石(ダークメテオ)》を発動し、射出する。エストレアはそれを迎撃するべく、《風の神槍(ウィンドグングニル)》を射出し……とは、ならなかった。

 何故なら、方向が違うのだ。


 誰もが下に放たれると思っていた巨大な闇は、一直線に天井へと迫り、破壊する。そうして崩れ落ちた天井は重力に従って、ユウムたちを圧し潰さんと落下を始めた。崩落の範囲は広く、走って避けられるような距離ではない。であれば、彼らに出来ることはただ一つ。


「エストレア、頼んだ!」

「言われなくても!《神風》!!」


 三人が一箇所に固まって、エストレアが上空に魔砲を放つ。人の領域を超えた彼女の魔法であれば、自然落下する瓦礫程度を砕くことなど造作もない。

 幸い、邪神(あるじ)が意図的に壊した時点で消えたのか、元々天井には無かったのか。あの壊れ難い性質は無くなっており、崩れている瓦礫は普通の瓦礫。見た目の評価から変わることはなく、エストレアの嵐に触れた側からミキサーに掛けられたように砕け散っていく。


 エストレアの活躍により、上空への危険が消えたと判断したユウムは、直ぐに辺りを見回した。邪神は上に逃げたであろうが、何か無いとも限らない。

 彼の視界に入ったのは、無数の瓦礫。エストレアが居なければ、自分とユートはただの染みになっていたかもしれないと思わせるような、瓦礫の山。

 そして───ユウムの眼前に迫り来る、極大の闇の球。


「───【狂え】!」


 避けられないことを察したユウムは、反射的に力を使用。目前に迫っていた《闇の隕石》を捻じ曲げて、消失させた。

 けれどそれは、自分の首を絞めることに繋がってしまう。


『あと一回だね。気絶したらお荷物だよ、イレギュラー?』


 未だ崩れ落ちてくる瓦礫を器用に避けながら、邪神は数多の魔法を放つ。狙いは、上空に意識を割いているエストレア。


「……ユート、エストレアを頼む!」


 ユートに守りを任せて、一歩前に出る。常世刃を胴の前で構えて、魔法を迎撃するべく凪ぐ。幾ら邪神の魔法と言えど、出力を抑えて数に任せるようなモノでは霊器を超えることは出来ない。常世刃に触れた魔法は、直ぐに霧散し消えていく。


『これは、どうかな!』


 けれど、超えられないのは刃のみ。幾ら武器が壊れなくとも、剣士が壊れぬ道理無し。弾幕の密度を上げた邪神の魔法は、一斉にユウムへ降り掛かる。


 魔法という点が集まり、面の攻撃に限りなく近くなる。それを剣で捌くことは、ユウムには出来ない。……剣では、あの弾幕に太刀打ち出来無い。


「……《サンダー》」


 しかし、ユウムの武装は剣ではない。彼が持っているものは、あらゆる武器の塊だ。彼は即座に武器を杖に変え、魔法を発動。雷の魔法を盾のように展開し、邪神の魔法を防ぐ。


 けれど、けれど。それも邪神には想定内のこと。


『───さて、もう終わりだよ!』


 邪神が大きく腕を引き、突き出す。すると、先程ユウムに不意打ちで迫ったあの魔法が、高速で放たれた。


 一瞬、ユウムは思考する。アレを防ぐ方法はあるか、杖で防げるか、剣で捌けるか。解は直ぐに導かれた。当然ながら、不可能である。剣で裂くことは出来るだろうが、魔法の余波で死んでもおかしくなはい。


「───っち」


 悔しそうに舌打ちをすると、ユウムは前方に駆け出した。《電光石火》を使い、《闇の隕石》に飛び込んでいく。常世刃を剣に変え、彼は───。


 ---------------


 隕石を放つ。巨大で強大な、神に相応しい破壊の一撃。そろそろ瓦礫が止んでエストレアが復帰してくるだろうが、それでも、この一撃にだけは対応出来ないだろう。

 つまり、この一撃は剣士たちが防がねばならない。出来なければ瓦礫の下敷きか、闇に呑まれるか。どちらにせよ、死は免れない。


「───っち」


 悔しそうな舌打ちが聞こえる。あのイレギュラーのものだろう。彼の力は後一回。この隕石を消した瞬間に、彼の退場は決定する。イレギュラーが消えたなら、この戦いは勝ったも同然だ。魔力が多少なりとも減っているエストレアに、戦闘能力は普通の領域にあるユート。

 その二人に、俺が負ける道理はない。普通に戦えば、普通に勝てる。


『結果だけ見れば、まぁ当然だよね。この結末は分かってたんだからさ』


 人間が持っていたのは───王都の神たちが縋っていたのは、あくまで可能性の話。基本的に、『運命』が破られる事はない。今回は、その多数の例に漏れなかっただけの話だ。

 試しに王都の風景を視ると……そこには、拮抗状態にある戦場があった。これも、俺が行けば直ぐに天秤が傾くだろう。


『それじゃあ、後始末をしないとね』


 そう呟くと同時に、《闇の隕石》が爆裂する。目標に直撃したのか───と判断した瞬間に、それは来た。


 霧散していく闇を掻い潜り、超スピードでイレギュラーが突撃してくる。髪の色は依然白色のまま。つまり、【狂人化】は解除されていない。事象を捻じ曲げずに無理矢理突破したせいか、彼の身体は見るからにボロボロだ。


『相討ち狙い……!?』


 後一回の力をどう使うのか。それが分からない俺は、とにかく攻撃を避けることを考える。明らかに誘導であるだろうが、あの斬突を素直に受ける気はない。

 とにかく刃を回避して、確実にトドメを刺す。


 完全に不意を突かれた形ではあるが、その一撃であるならば避けられる。問題は──────。


『───考えても仕方ない。来なよ!』

「………【狂え】!」


 イレギュラーが力を発動する。俺の感覚が正しいのであれば、この一瞬が、この戦いの勝敗を分けることとなるだろう。


 ---------------


 瓦礫の雨が止む。エストレアが一つ残らず迎撃したため、彼女とユートは無傷だった。


「………」


 けれど、その表情は険しい。勇者二人は気を抜くことなく、一方を見つめる。そこには……。


「……」

『──────っは、はははははははははははは!!』


 地に伏した黒い髪の勇者と、狂ったように笑う邪神の姿があった。ユウムの全身はボロボロで、生死は不明。対し邪神には、目立った外傷は見られない。


 負けた。エストレアとユートが現状を察知するには、それだけで充分だった。

【狂人化】は解け、邪神は笑っている。しかも、その力を徐々に増大させて。


 それに、エストレアは戦慄した。


「ふざ、けないでよ。あんなの、一撃で王都を消し飛ばせる超火力じゃない……!」

「───」


 悔しさを殺すように歯を食い縛るエストレアとは対象的に、ユートには表情の変化は見られなかった。あれは駄目だと、本能的に理解したのである。


『あは、あはははははははは!なんだ、なんだこれ!?今はすっごく、気分が良い!』


 邪神の笑い声に同調するように、彼の魔力が唸りを上げる。その度に暴風が吹き荒れて、人を飲み込める災害と化す。


『今ならやれる、何だって……この世界そのものすら、壊してやれそうだ!!』


 闇が形を持つ。空間には暴風が吹き荒れて、彼の周りには稲妻が迸り、その手には、黒い炎が燃え盛っていた。


「──────」

「一か、八か……。【絶魔砲・風】!」


 あの撃たせてはならない。そう直感したエストレアは、即座に全身全霊の魔砲を放つ。初めに城を壊した一撃よりもなお大きい、災害にまで達する人災。

 内側からこの戦場を吹き飛ばしかねない風が、彼女の杖から放たれる。

 けれど、それでも届かない。エストレアの暴風は邪神の風に、稲妻に阻まれて、邪神を飲み込む前に消えてしまう。


「こ、の……」


 文字通り全身全霊を賭けた一撃も届かず、エストレアは魔力切れによって地に伏した。もはやこの場に───否。今この世界に、あの一撃を超えうる熱量を放てるモノは存在しない。

 今ここに邪神の勝利は決定し、故に世界の滅亡は避けられぬ未来と成った。そも、既に決まっていた未来だったのだ。


 この決定は覆らない。絶対に変わらない。変えてはならない。

 邪神がそれを望んだ。魔族が手を尽くした。ソレ以前に───世界が、決めた。


 唯一立つ人間の瞳に広がる光景は、そんな分かりきっていたことを絵にしたに過ぎない。避けられぬ滅亡に、残った勇者は絶望し───。


「……ありがとう。ユウム君、エストレアさん」


 そして、勇者()は静かに涙を溢す(笑みを浮かべる)。迫り来る絶望に、存在せぬ希望。一目視た瞬間に理解した。アレは、防げる一撃ではない。

 勇者()絶望(希望)する。全員()屈してしまった(繋いでくれた)。であるなら、勇者()立っていられる(諦めていい)はずがない。膝を折って(地を踏みしめ)、顔を下げる(上げる)


 ───ここに、勝敗は決した。これより先の物語には、絶対に(きっと)意味がない(未来がある)

取り消し線が欲しいですね。

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