115話 人の声
魔弾と斬撃がぶつかり合い、相殺する。
邪神と勇者たちの戦いは拮抗状態で、未だどちらにも勝利の天秤は傾いていない。
「───」
一撃一撃が、当たれば必殺。邪神の攻撃も、勇者の攻撃も、互いに致命傷が与えることが可能な力を秘めている。
それでも……当たることはない。回避と相殺、牽制を繰り返しているのだ。
先程の、セティの力と同じである。どれだけ強力な力であろうとも、当たらなければ意味がない。
『うーん……。流石に、遊びすぎたかなぁ』
魔弾を打ち続けながら、邪神は一人そう呟いた。セティと戦った際に魔力を使い過ぎたらしく、それが今の、膠着状態の原因となっていると考えていた。
『……はぁ。あの不出来な破壊者とは違って、あの剣士は近接戦闘も出来る───というか、そっちが得意分野だろうし。殺すのは楽じゃないか』
二人の勇者を観察し、三分の二に減った出力で、どう戦うかを邪神は模索する。
この戦いが一対一だったのならなら、なんら問題は無かった。ユートは魔法攻撃が、エストレアは近接攻撃が不得手であるため、そこを上手く突けば事足りる。
けれども、実際は二人居る。邪神の魔法はエストレアに相殺されるし、魔法を掻い潜って接近戦を仕掛けても、ユートに何合かは凌がれる。そしてその隙があれば、エストレアが魔法を放つには充分な時間が出来るのだ。
『せめて全快だったら……ゴリ押し出来たんだろうけど』
エストレアの全身全霊の一撃。それを以ってしか防げない一撃を放てば、それだけでエストレアを無力化出来る。
そうすれば、後は簡単だ。エストレアを倒すように立ち回れば、十中八九ユートは彼女を守ろうとして、その分注意が逸れる。
『……まぁ、いいか』
対面しなかったシチュエーションのことを考えていても仕方がない。
そう切り捨てて、邪神は戦いを続行する。
拮抗状態はまだ、暫く続くだろうが……構わない。そもそも、粘れば勝ちなのだ。今頃、予定調和の為に、王都が襲撃されているはずである。
であるならば、ここで勇者を倒す必要はない。粘って、粘って。王都が壊滅したならば、それでもう邪神の勝利は確定する───。
『───ふん。どうせなら、両方クリアしてこそでしょ』
王都の襲撃と勇者の攻略。両方こなしてこその完全勝利だ。だから邪神は、それを達成しようとする。
───その方が、俺らしくて良いからね。
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王都の状況は、お世辞にも良いとは言えなかった。
限りなく死ににくい、千の魔物たち。実質一万の命の大群が、王都に集結しているのだ。
「───く」
全身にかすり傷を付けながらも、ラックは魔族たちの中心で、駆け回っている。
普段ならばとっくに制圧が終わっているはずだが……殺しても死なない魔族たちは、厄介なことこの上ない。
「───」
どの魔族も、既に五つほど致命傷を負っている。それでも……ほとんど死に体の状態でも死にきれず、未だに襲いかかってきていた。
自分の傷も度外視した、特攻。それは自分たちを傷付けると同時に、確実にラックにも傷を与えていっている。
「強い……訳じゃない、が」
数回死んでからは、魔族たちの目から意志らしきものが消えた。何回も肉体が死を認識したことで、精神が耐えられなくなったのかもしれない。
だが、それが一番厄介なのだ。人としての意志が無くなった魔族たちは、ただ『運命』を達成するための歯車となっている。つまりは、ただの破壊機構だ。
壊すという『運命』に従って、破壊のみを為す、非人間。
ゴーレムの類よりも出力が上であろう魔族がそれになると、一気に戦いが厳しくなる。
「───」
魔族の群れに飛び込んで、一体一体丁寧に、殺していく。それでも魔族は怯むこと無く、仲間すら巻き込んでラックに傷を与えようとする。
最初は小規模な魔法だったものが、だんだんと大きな規模に。
近接戦闘を好んでいた魔族でさえも、爆弾のような魔法を多々使うようになってきた。
それにより、また傷が増える。足が動かなくなる、手が、腕が上がらなくなる。
ラックの身体能力は、それほど高くない。彼が秀でているのは先読みの能力であり、「分かっていても避けられない攻撃」には滅法弱い。一度であれば強力な魔法を放つことが出来るであろうが、それは自滅を前提にした物となるし───恐らく、それでも全ての魔族を殺しきれるものではない。
それが分かっているから、ただ刃を振るう。一秒一瞬を全力で駆け抜け、振りぬいて、一度でも多く敵を倒す。
身に宿った【危機察知】が、警鐘を鳴らしている。そこは危ない、死んでしまう。避けろ、防げ。
その一部を無視──致命傷になると感じた部分だけを避けて、ラックは無理矢理に前へ進む。
彼の活躍により、魔族は一人として王都に近付いてはいない。しかし、千に近い魔物が押し寄せていることは、疑いようのない事実だった。
「───うおおおおお!!」
門の前で、一人の騎士が雄叫びを上げる。この場に居る騎士や冒険者を鼓舞し、同時に魔物を引き付ける為だ。
殺すしか能のない今の魔族には、そんな分かりやすい挑発すら効く。……むしろ、生物としての本能、危険察知能力が欠けてしまったせいで、強者の叫びにも魔物たちは殺到していた。
それを、真正面から斬り潰す。手に持った大剣を凪ぎ、一度に三体の魔物を絶命させた。そして魔物は再び蘇り───。という状況が、長い間続いている。
魔法使いたちの極光も度々放たれているものの、それでも、魔族の数は半分も減っていない。ちゃんと殺しきれた数は、恐らく三百体前後。
そして冒険者たちは───六割程までに、数を減らしていた。大量に押し寄せる魔物たち、殺しても死なない魔物たちによって、意表を突かれた戦士や魔法使いが、一人、また一人と消えていっている。
「…ふん!」
群がる魔物たちを剣の腹で吹き飛ばし、そのまま切り払って撃破する。大剣の隙をついて攻撃してきた魔族については、【ジャストカウンター】を用いて吹き飛ばし、別の魔物にぶつけていた。
騎士──ウォールについている傷は、ラックに比べると少ない。魔物の攻撃は魔族のそれよりも幾分か勢いが弱く、加えて彼には【ジャストカウンター】がある。
集中力が尽きない限り、彼に傷を付けることは至難の業だ。幾ら得物が大剣で隙が多くとも、攻撃すれば弾かれる場合が多いのだから。
だが……やはり、それにも限度がある。ウォールの【スキル】は、タイミングを合わせて発動しないと効果を発揮せず、そのタイミングもかなりシビアなものだ。
そのため、何時かは途切れる。常人の何倍も疲れる戦い方をしている彼には、絶対に限界が訪れる。
他の冒険者についても同様だ。少しずつ減っていく仲間に、心が痛み、憎しみが募り、冷静さが欠けていく。魔法の使い過ぎで戦えなくなる、そんな者たちから死んでいく。
『何としてでも、凌いでください!』
何も出来ない神様が、王都全体に声を響かせる。それにより鼓舞される者も、逆に絶望する者も居た。
───ここを凌げば、噂に聞く勇者たちが何とかしてくれる。
───でも、いつまで凌ぎ続ければいい?
───神様を信じよう。
───本当に勝ってくれるのか?
今この場において、神の威光は見られない。力をふるうべき神は、『運命』の制約によって手出しが出来ないからだ。
だから、冒険者たちの一部は不審がる。彼女の発言は信じるに値するのか?信じれば救われるのか?
だから、だから。
「……いざ、出陣ですわ!」
どの戦士も疲弊している戦場に、少女の声が響き渡る。何人かの、休んでいる───休まざるを得ない冒険者たちが門に視線を向けると、そこには少女が立っていた。
その姿を見たものは、驚愕した。
純白のドレスに身を包んだ姿に、戦場に合わない、上品な雰囲気を持つ少女───だけではない。
「───ここで散った、皆々様の命に追悼を。ここからは、私達の時間です」
「ようやく、私たちも加勢出来よう。最初から居ては、お主らの邪魔になるのでな」
たった三人の男女───その一人。銀の髪と瞳、見た目の若さとは噛み合わない威厳を醸す、大人の男性。この国の者ならば誰でも知っているような男の登場に、冒険者たちは驚いたのだ。
「『聞くがよい』」
手のひら大の宝石が、男性の声を拡張し、王都全体に彼の声を届ける。
「『今、神の威光は地に落ちている。力なき激励の、何と空虚なことか』」
言葉でこそ神を蔑んでいるものの、その声色からは、優しさのようなものを感じ取ることが出来た。
「『神に頼れぬなら、人に頼る他はない。しかし、お主らは既に疲弊している。神の警護をしていた、人外と言われる程の人間であろうとな』」
淡々と、告げる。声のみに慈悲を持たせているものの、それだけだ。
しかし、当然。彼らはただ戦況報告をしに来た訳ではない。
男性が青年を一目見て、合図する。
青年はそれを読み取り、少女の肩を叩いて、戦線に向かって走っていった。
「『───遅いと罵るならそれで良い。だが、それでも言おう』」
青年と少女が、それぞれ赤と青の宝石を投擲する。
魔法の煌めきを放つ宝石は、砕けると同時にその魔法を発動した。
赤の宝石は、矛の雨となって魔物を穿ち、
青の宝石は、巨大な壁となって進行を阻む。
たったそれだけの工程で、三百を越える魔物が串刺しにされた。全ての魔物の進行が滞った。
「『イージス・グランド・ファルスロード、ナタク・グランド・ファルスロード、アイアス・グランド・ファルスロードの三名を以ってして、『王都グランド』の、全ての戦力が揃った!反撃の時だ!魔物を掃討せよ!!』」
男性の───人の、王の声が、冒険者たちを鼓舞する。
冒険者たちは王の声に応えるように雄叫びを上げ、確かな戦意を取り戻した。




