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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
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113話 中途半端

劣化破壊(ブレイク)、か』


 地に伏し、息絶えたチェリスの姿を眺めながら、邪神は小さくそう呟いた。


 ───ブレイク。

 少女は確かにそう呟いた。存在する事象を再現する物ではなく、ただ破壊を表した魔法。数々の魔法を見てきた邪神ですら、聞いたことのない種類の魔法。


『……まぁ、詳しいことはばーさんにでも聞かないと、分からないか。けど』


 確信する。アレは野放しにしておいて良いものではない。あの魔法───破壊魔法と仮に呼称するアレは、絶対にこの世界にあるべきものではない。


 振り撒かれる災厄はどうでもいい。それにより自身が殺されることは構わない。むしろ、面白いとさえ思う。


『いやー。世界を滅ぼす邪神が、この台詞を言うのは変だっていうか。そもそも、最初から言う資格も無いんだけどさ』


 やれやれと溜息を吐いて、ニヤリと笑う。部下二人が倒れ、あの少女は勇者さえも敵に回している。

 デイヴとの戦いが、彼女の願望でも呼び覚ましたのだろうか。己の欲望以外に何者も見えていない今の少女は、さながら獣のようである。


 玉座から降りて、元ヒーラーの視界に入るように、立つ。


 瞬間、血の色をした赤い瞳が、憎むように邪神を睨む。


『───はぁ。これ、どっちが魔の存在か分かったものじゃないね』


 デイヴと戦う前は澄んだ流水のようだった彼女の目は、今では泥や血のようなモノに変質している。

 人の願いとは、欲望とは、ここまで人を染めてしまうものなのか。あいにくと、邪神には全く理解出来ない変化である。


『まぁいいや。来なよ破壊者。俺が言う資格は無いけど、君に世界は壊させない』

「······あなたも、殺す」


 世界に対する破壊者と、魔法使いとしての破壊者が向かい合う。

 勇者二人は、邪神を警戒して距離を取った。


 ---------------


「……加勢した方が」

「………いえ、様子見しましょう。今のセティは、様子がおかしいわ」


 突然舞い降りてきた邪神を警戒し、距離を取ったユートとエストレア。彼らは、戦いを始めようとする二人を遠目で見ながら、小声で話し合っていた。


 視界の先では、邪神とセティが戦いを始めている。

 邪神の大魔法をセティの魔法が相殺し、互いに決定打は与えられていない。


『魔力量と釣り合わない破壊力。それが、《劣化破壊》の性質ってことでいいのかな』

「·········」


 邪神は魔法を使っている。まるでセティを試しているかのように。隙が出来ようとも、そこを突こうとはしなかった。


 魔法と魔法がぶつかり合う。

 二つの魔法は互いに黒色。単純に強力な闇属性と、破壊能力に特化した闇属性。


 そのぶつかり合いを、勇者の二人は静かに見守っている。加勢するタイミングを、計っているのだ。


「邪神との戦いで、上手いことセティの洗脳が解けたら儲けもの。無理だったら……」

「……一緒に殺す、なんて言わないよね?」

「───。ユート。アンタの願いは決まってないんでしょ?」


 初めて一堂に会した時、遊夢以外の勇者は願いが決まっていなかった。エストレアは、既に願いを決めているが、ユートとセティの願いは、まだ決まっていない。

 ならば、セティが死ねば、ユートの願いを使って生き返らせればいい。それが、エストレアの考えだ。


「いや、待ってよ。もし、ユウム君とアグニさんが死んでいたら……」

「アグニに願いを叶える権利があるのか分からないけど……可能なら、大丈夫よ」


 ユートがセティを蘇生し、セティがアグニを蘇生し、アグニが遊夢を蘇生させる。そうすれば、遊夢とエストレアは自身の願いを叶えることが出来る。

 しかし、もしアグニに願いを叶える権利が無ければ───。


「だから、セティさんを死なせる訳にはいかない」

「……はぁ。分かったわよ。犠牲は無い方が良いもの。でも、アタシは今、正気を保ってる仲間を優先する。そこは我慢して、納得しなさい」


 一人の犠牲も無しに邪神を倒すなど、理想論だ。

 そう思いながらも、エストレアはユートの言に頷き、賛成の意を示す。が、一応の釘を刺すことにした。

 丁度その頃に、戦況が動く。


『……そろそろ退場して貰おうか!』

「·········殺す」


 魔法勝負に飽きたのか。一度大きく距離を取った邪神は、腰を落とし、放たれた弾丸のように飛び出した。

 それを見たセティは、即座に魔法を展開。闇色の剣、槍、鎚。破壊の力を持つ魔法が、一斉に邪神へ牙を剥く───。


 凪がれる剣、突き出す槍、振りかかる鎚。

 三つのどれもが必殺。当たれば、幾ら邪神といえど死に絶える力だ。


 それを───舞い散る花びらのような身軽さで、ひらりひらりと避けていく。

 力任せに振るわれる凶器では、仕留められないとでも言うように。


『極論ではあるけどさ』


 振るわれる力は絶大。しかし、彼女は破壊者である前にヒーラーだ。前線に立たず、後方で仲間を癒やすのが彼女の役目。

 今はその役目を忘れ、ただただ暴力を振るっている。だが、彼女には殺す力はあっても、殺し方は知らないのだ。


 力を振るい、当てれば倒せることを知ってはいるものの、肝心の当て方が分かっていない。言い換えれば、戦い方がなっていない。

 自分と仲間の生存率を上げるための戦いしかしようとしなかった彼女には、最適な攻撃を放つ経験が存在しない。


 故に、避けられる。身のこなし一つで、単調なセティの攻撃は空を切るのみだ。

 そうして邪神は一歩ずつ近付いていく。ゆっくりと、殺すために歩を進めていく。


『当たらなければ問題ないんだよ、不出来な破壊者さん?』

「······っ!《劣化破壊・剣型ブレイク・タイプソード》!」


 呆気無く射程内にまで近付いた邪神は、至近距離で魔法を放つ。先程の魔法合戦よりも少し強力な、首を断つための《闇の神剣(ダークグラム)》。

 死の危険を感じ取ったセティは、攻撃を中断。即座に三つの魔法への集中を破棄し、盾のように広い剣を目の前に展開し、《闇の神剣》を防ぐ。

 結果は相殺。神の魔法であろうと、破壊の力は渡り合う。今回もその例に漏れず、二振りの剣は砕け、魔力と散った。


 ………だが、防ぎ方が悪かった。自身の死を直感したセティは、直ぐに防御へ切り替えた。それはいい。しかし、その為に視界を覆う程の剣を展開してしまったのは、愚策といえる。

 相手の姿は小柄な子供と何一つ変わらない。であるならば───。


「───居ない!?」


 破壊の剣が消える頃には、既に邪神はセティの視界から脱していた。それに彼女は動揺し、再び三つの魔法を展開しながら周囲を見渡す。

 けれども、見つからない。ならば上か───と見上げようとした瞬間に、勝負は決した。


『───結局、君はヒーラーだった訳だ。やられる側になると反撃せず、自己防衛──命の保護に回ろうとしてしまう』


 セティの上から飛び掛かった邪神は、《身体強化》で向上された腕力と落下の力を使い、セティの頭を両手で掴み、


『その癖殺意だけは有り余ってて、だから防御に集中出来ない』


 彼女の頭を捻じり、回転させた。


『そんな中途半端はツマラナイ。もう飽きたよ、君には』


 邪神が話し終わると同時に、セティの体は支えを失って地面に崩れ落ちる。膝を折り、前へ倒れこんだにも関わらず、その双眼は天井を映していた。


『……仮にも女の子だ。そんな死体は嫌だろう』


 既に事切れている遺体に優しく語りかけ、邪神は《闇の神剣》で死体の首を断った。人の域を超えている大魔法をわざわざ使ったのは、せめてもの礼儀か。


 そんなことより、と。邪神は別の方向へ目を向けた。そこには、警戒状態で戦いには手を出さなかったエストレアとユートが居た。


『それより、意外だったな。途中で、君たちが乱入してくると践んでたんだけど』

「……ふん。今の戦い、言ってしまえば仲間割れでしょ?アタシたちが手を出す義理はないわ」


 今にも飛び出しそうだったユートを手で制して、エストレアが邪神に話しかける。曰く、今の勝負は敵側の仲間割れ。故に、勇者たちが加勢する義理はなかったと。


『そこの剣士は、今にも飛びかかってきそうだけど?』

「……そりゃあ、ユートはお人好しだから。洗脳されて敵の手に落ちたセティを救えるって、思ってたんでしょう」


 表情は変えないものの、心の内で少しずつ、嫌な感覚が湧き上がってくる。

 仲間を手にかけた邪神への怒り、仲間を見殺しにした自分への怒り。それを理性で抑え込み、エストレアは無闇に前へ進もうとはしなかった。


『───ああ、そう見てるのか、君たちは』


 そんなエストレアの心情は露知らず──知っていたとしても無視し、邪神は意味ありげに口元を緩ませる。しかし、エストレアは留まることに意識をある程度向け、ユートは邪神に憤っていた。

 だから二人共、邪神の呟きに耳を貸すこと無く、静かに戦闘態勢に入る。


『……ちぇ、つまんないの』

「御託はいいわ。残った勇者はアタシとユートだけだけど……アンタを倒して、仲間を、友達を取り戻す」

「───」


 その様子を残念そうに見届けた後、邪神も戦闘態勢に入った。腕に魔力を込めて、闇魔法を発動させる動きだ。

 エストレアは、邪神を前にしてもう一度、改めて誓い。ユートは落ち着くために、一度深呼吸した。


 そうして───。



『じゃあ、やろうか!』

「《神風》!」

「《絶刀》!」


 闇と風、そして斬撃がぶつかり合うと共に、決戦の幕が上がった。

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