110話 想い砕く絶閃
聖剣の一撃を、魔力の盾が凌ぐ。
一太刀ごとに盾に傷が付き、三撃受ければ無残に破壊されるその盾は、しかしその性質ゆえに再び造られ、またもやユートの聖剣の猛攻を凌いだ。
「……流石は聖剣。盾だろうとお構いなしだ」
そう呟くナイトスカルの表情は、緊張しながらも笑っている。魔族らしく、この戦いに高揚感を抱いているのだ。
対してユートは、焦ることも無く、冷静に相手の動きを見ている。
ルーゲルが下がり、ナイトスカルが前へ出てから数合打ち合った──聖剣と盾がぶつかり合った。
結果は言うまでもなく、ユートの聖剣の完勝である。いくら守るイメージの象徴として造られた《闇の盾》だろうと、魔力すら断てるヴォーパルキラーには叶わない。
同時にナイトスカルは盾役らしく、前に踏み込んで攻撃してこない。いや……そもそも、巨大なタワーシールドだけで、攻撃が出来るはずもない。
盾は両手で扱っているために魔法は撃てず、ナイトスカルはどの道攻撃出来ないのだ。
「君は、時間稼ぎの役割を負ってるみたいだね」
「攻撃はルーゲルがやってくれるからね。……そろそろ、補給が終わる頃合いかな?」
ナイトスカルの言葉を聞いたユートが、それで初めて後ろへ下がった二人の様子を見る。
「………えぇ」
そして少し顔を背け、視界に入った状況を整理しようとした。だがどうしても、普通の人間としてあるユートの感覚では、その光景をこの場で目撃することになるとは思えず、混乱する。
……その間でも、目はナイトスカルたちを映し、体は警戒体勢であるため、魔法が放たれても弾き返せるのだが。
「──はぁ、はぁ」
「………よし、魔力戻ったな」
下がったルーゲルと、元々後衛に居たエリナが何をしていたか。その答えは単純。
───二人で取っ組み合って、熱い口付けを交わしていた。
当然、その目的は魔力供給のため。ユートに魔法を放ち、残存魔力が少なくなってきたルーゲルは、一歩下がってエリナから魔力を補給。
その時間稼ぎを、ナイトスカルが務めていたのだ。
戦闘時の回復行為──勇者側の感覚で言うなら、セティの《治癒》と全く同一のものであるため、特別な感情なんかは存在しない。
戦う気がない魔族は、大人しく戦う魔族の魔力タンクとなる。それが集団戦における、魔族たちの常識だ。
尤も、エリナはただ戦う気がない魔族なだけではない。
その証拠は──多量の魔族をルーゲルに奪われたというのに、魔力が枯渇した様子が見られないことだ。
この三人の中での、唯一の【スキル】保持者。【魔力貯蔵】を持つエリナ・マランクトは、他の魔族を圧倒する魔力量を誇っている───。
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エリナによる魔力譲渡により、ルーゲルとナイトスカルは交互に前線に立ち、ユートをじわじわと追い詰めていた。
魔法を主とする彼らの戦い方は、エリナが居なければ直ぐに瓦解すると言ってもいい。歴とした普通の魔族である彼らは、強力な闇魔法を扱える代わりに魔力量が少ないのだ。
エリナの魔力がなければ、今頃は魔力枯渇によって自ら地に伏していただろう。
しかし、今この場にはエリナが居る。
無限──とまでは言えないが、少なくともエストレアやヘルピンを上回る魔力を貯蔵しているエリナの魔力タンクを持ってすれば、彼ら二人は一日中魔法を起動し続けることが可能だろう。
対して、ユートは迂闊に魔法を使えない。
使えないのだが………。聖剣の力や、魔族二人の戦闘スタイルに慣れてきたこともあり、ほとんど魔力を使わずに立ちまわることが出来ている。
こちらも、魔力量に関しては心配する必要はない。魔族たちが魔法を使い続けられるというのなら、ユートは魔法を使わずに戦い続けられる。
だから問題は、どちらの体力が先に尽きるか。
いくら魔力を供給出来るとはいえ、癒やしの力を持たない魔力では、疲労回復に多大な貢献をすることは難しい。むしろ、中途半端に回復することで、余計に苦痛を苦痛と感じてしまうかもしれない。
かといって、完全回復まで休んでいれば、相方は聖剣の前に敗れ去る。ゆえに、彼らは疲労から逃げることが出来ない。
そしてユートも、着々と疲労が貯まる。
ずっと剣を持ち、振っているのは気力を使う。まして、彼は魔族を二人相手取っているのだ。削る精神力は、魔族の二人より上だといっていいだろう。
「……」
平行線のまま戦いが続けば、倒れるのはユートで間違いない。
だから彼が勝つために必要なのは、魔族の継戦能力を破壊する一手だ。
戦闘に出ている二人の魔族──ルーゲルとナイトスカルのどちらかを戦闘不能状態にするか、魔力の塊ともいえるエリナを倒すか。
「……仕方ない、かな」
出来るだけ、殺さない。
そういう意識で今まで戦ってきたユートだが、その戦い方では負けてしまう。
負けることは許されない。自分の命だけではなく、世界中の全てが彼らの手に委ねられているのだから。
「何が仕方ないってぇ!」
闇魔法の武器を無数に作り出し、湯水のように使い捨てるルーゲルが、最後に大きな剣を作り上げた。
今まで使い捨ててきた武器の数からして、それが最後の一撃であろうことはユートにも分かる。そして、反撃を入れようとしたタイミングでナイトスカルが割り込んでくることも。
ルーゲルの攻撃は苛烈であるし、ナイトスカルの守りは堅牢だ。
おまけに、二人で一つとでも言うように息もピッタリ合わさっている。
彼らもユートをよく観察していて、自分たち二人よりも格上であることを理解していた。
だから、一撃一撃を全力で打ち込み、或いは凌ぎきる。
その一撃の連打に、エリナの魔力があってやっと、自分たちは勇者と対等に戦えているのだと。
「ナイト!」
「うん」
その一声は、魔族たちが交代する合図。そして、最も彼らがユートの一撃に警戒し、最大の防御を展開する瞬間。
「───」
決して、心を折ろうと思っていた訳ではない。ただ、それが一番手っ取り早かっただけの話。
前衛の二人が同時に集まるのは、今この瞬間しか有り得ないのだから。
ただ大きな、剣が迫る。
巨大な刃は、まるで鈍器のようだった。すなわち、技を以ってして斬るのではなく、重さを使って潰すモノ。
回避不可能な斬撃はしかし、聖剣の前では呆気無く壊されてしまう。守るためでなく、壊す為の魔力であれば、一撃足りとも必殺殺しを阻めない。
だが、それでいい。どんな名刀、神剣であろうと、振っている間は別の場所に攻撃出来ない。それだけの隙があれば、盾を展開することは容易だ。
ただでさえ少ない隙を、最高の一撃を囮にすることで確実に埋める。
それが、魔族二人の戦法だった。
しかし、その戦法には大きな欠点が───いや、前提がある。
「───《絶刀》」
聖剣から魔力が走り、一気に斬撃として解放される。
ユートが自身の【スキル】を模し、再現した《絶刀》という魔法は、【絶対斬り】にこそ及ばないものの絶大な破壊力を誇る。
その魔法に、切れぬものは殆ど無い。少なくとも───一人の魔族が張るような、普通の障壁程度は。
魔力貯蔵に余裕があろうとも、一度に放出出来る魔力量は術者の能力に依存される。
そして、ナイトスカルの盾では、どう足掻いてもユートの《絶刀》は防げない。
「嘘、だ───」
剣を離れて突き進む斬撃は、ルーゲルの大剣も、ナイトスカルの大盾も破壊して、それでも止まらない。
《絶刀》の次の得物は、魔法の延長線上にあった二人の魔族。
自身の魔法二つがいとも容易く破られると思っていなかった二人に回避は出来ず、斬撃は何の抵抗もなく───躊躇いなんかもなく、二人の魔族を上半身と下半身に両断した。
「「───!?」」
絶叫を上げ、四つの肉塊が地に崩れ落ちる。
それでも少しの間が息があるようで。ルーゲルとナイトスカルは苦しみに悶えながら、ユートを見上げていた。
「……僕の勝ちだね」
苦しみを長引かせない為に、ユートは勢いよく剣を魔族の首に叩きつける。
聖剣は血に塗れ、ユートの周りには血の海が広がった。
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魔族二人が死んだことで、ユートが決戦場の勝者と認定され、部屋の中央には扉が現れた。
生き残ったエリナは、戦意喪失でもしたのだろう。彼女の瞳は二つの死体を映すばかりで、一向に勇者へ向けられなかった。
「……」
……もしかしたら、エリナにとってあの二人は特別な存在だったのかもしれない。
そんなことが脳裏に過ぎって、堪らずユートは頭を振る。
───彼らは命を賭けて戦って、僕に敗れた。
ただ、それだけのことだし、それ以上のことにしてはならない。
敵の思いも背負える程、自分が強くない存在であることは理解している。
敵の思いを簡単に背負っていい程、彼らを理解していなかったことは分かっている。
だから、ユートは残された少女に声を掛けなかった。
声を掛けてしまえば最後、どんな形であれ、自分は人の意志を背負ってしまうことになるだろうことは分かっていたから。
血を払い、ユートは黙って扉を潜る。
残された少女は、いつまでも死体を見つめ続けていた。




