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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
110/125

109話 願望

「……ああ、やはりお前と戦うのは私一人か」


 セティの決戦場に居た魔族は、顔色の悪い青年だった。エストレアの放つ、城を破壊した大魔法から生還していた際に、「ゴーストの仲間入りするかと思った」という旨の発言をした、あの魔族。

 アグニと戦った、無機質な声が特徴の魔族とは違った意味で不気味な雰囲気を醸すその青年は、呆れたような視線をセティに向けていた。


「······」

「いや、別に君が悪いわけではない。こちらの陣営の魔族たちが、どいつもこいつも戦闘狂ばかりなのが悪いのだから」


 私は奴らとは違うがね、と魔族は笑いながら呟く。

 顔色は変わらず青いままだが、彼にとってはそれがデフォルトらしい。声色だけに耳を傾ければ、元気はあまり感じられないものの充分に健康体らしさを感じさせる。


「自己紹介が遅れたね。私はデイヴ・アドフィルガ。一応【スキル】所持者であるが……詳細は省かせてもらおう。敵同士だからな」

「···セティ・セイクリッド。光魔法の使い手」

「分かりやすい自己紹介をありがとう、レディ。雰囲気から察するに、治癒魔術師といったところかね?」

「······」


 デイヴの問に、セティは沈黙を貫いた。

 相手が名乗ったから、自分も名乗りを上げたが、必要以上の情報を話す気はない。セティの役職はとても戦いに向いているとは言えず、単独での戦闘は想定されていないのだ。


 治癒魔術師(ヒーラー)に求められる能力は、文字通りの癒やす力。

 護身用に最低限の攻撃力を備えていなければ話にならないが、それでもこの状況で現れる、強大な敵を単独撃破出来るほど強くはない。


 まして、セティの【スキル】(のうりょく)は回復特化。

 正当なヒーラーの能力──回復力で彼女の右に出るものは居ないが、戦闘能力ならば彼女を超えられる存在は幾らでもいる。


 そんな分類であり、大多数の例に漏れない彼女は、おいそれと自身の役職をバラす訳には行かないのだ。


「……沈黙は肯定、と取るのは自殺行為かな?まぁいい、どちらにせよ、君は私()天敵に分類されるだろうからね」


 大真面目な調子でネガティブ発言をする魔族に、怪訝な顔をしそうになるも、無表情を保つ。


「話続けるのも悪くはないが、それはそれ。君と私は敵同士だ。そういう訳で───」


 懐から紫色の本を取り出して、開く。

 それを戦闘開始の合図ととって、セティは杖を構えた。


「君が向かうは無限の悪意。怨念、後悔。果たされなかった願いが、欲望が、君の前に立ちふさがる」


 本──おそらく、魔道書と呼ばれるマジックアイテムだろう。

 彼の言葉に呼応するように、魔道書から闇が吹き出した。


 収縮する光と、膨張する闇。

 相反する二つの力は、互いを拒絶するように高まり、唸る。


「······!」


 一人で戦場に立つのは初めて。光を杖に宿した少女は、一息でその魔力を解放した。


 ---------------


 指向性を持たない光の波動と、何らかの感情を持った闇の塊がぶつかり合い、霧散する。


 互いの魔法は完全に拮抗していて、お互い相手には傷一つ与えられていなかった。かといって、エストレアとヘルピンの戦いのように苛烈な魔法合戦でもない。

 彼女らの戦争に比べれば、セティとデイヴの魔法は児戯に等しかった。


 その証拠に、魔法を放つ二人は、こまめに移動して魔法を放てている。それは魔法の発動に肉体的、および精神的に多少なりとも余裕があることを示している。

 当然ではあるが、この決戦場にはいまだ傷一つついていない。この造られた闘技場に傷を入れられる破壊力の持ち主は、それこそ例の魔法使いたちしかいないのだから。


「《光の矢(ライトアロー)》」

「往きなさい」


 走りながら、セティはデイヴ目掛けて魔法を放つ。本物の弓から放たれる矢より、少しだけ劣った魔力の模造品。

 それでも彼を傷つけるに足る力を持っていて、故に彼は自身の周囲に侍られせている(・・・・・・・・・・)闇の塊で、光の魔法を相殺していた。


「······それ、は」

「詳しくは答えないさ」


 デイヴの周囲に浮かんでいる闇の塊には、奇妙な点があった。魔法が術者の周囲に佇んでいる時点である程度奇妙ではあるのだが、そんなこととは比べ物にならないような、不気味な点が。


 ───顔が、あるのである。


 彼が浮かべている闇の塊は、ちょうど人の頭ほどの大きさ。

 そこに、目やら口やらを模った空洞があり、それは自然に、人のもののように動いている。

 セティの動きに合わせて顔を動かし、彼女を視界に収め、デイブの支持に頷いてから、嬉しそうにセティに襲いかかっているのだ。


 普通に魔法を浮かべるだけなら、そんな工作はいらない。ただ少しだけ集中力を用い、作った魔法を中空にストックするだけだ。ナチュルが遊夢相手に行った魔法がそれに当たる。


「ただ、そうだな。言うなれば……これはゴーストだ」


 デイヴの背後で、何かが蠢いている。闇の顔がぶつかり合い、混ざり合い、おぞましい何かに成ろうとしているのだろう。

 それに不気味さを、恐ろしさを感じながら、セティは巨大な塊を壊すべく魔法を放つ。しかし、それは全てデイヴが侍らせている顔たちによって相殺されてしまっていた。


「と言っても、本物の幽霊(ゴースト)じゃない。これは、ただの願望さ」

「······《光の槍(ライトランス)》!」


 アレは危険だ。アレを野放しにはしておけないと、セティの本能らしき部分が警鐘を鳴らしていた。

 あの塊は、あの悪意は───紛れもなく、自分にとって天敵であると。


「『生きたかった』『笑いたかった』【もう笑えない】【まだまだ殺し足りない】『見られなかったものを見てみたい』。そういう願望が、死んだ後も残留思念としてこの世界に残っているのだよ。私の【スキル】は、それを操り、餌を与える力」


 正の感情、負の感情。正当な言い分、不当な癇癪。それら全てを一緒くたにして、使役する。

 生存願望を持つ残留思念に、仮初の命を与えてやる。


 それが、デイヴ・アドフィルガの【願望成型】。願いを叶えるのではなく、願いを持つものにカタチを与える能力。


「この能力は、戦いに生きる魔族たちと相性が良い。彼らの根底にある願望は、いつだって戦闘に関するものであるし、彼らが殺す人間たちの感情は、大抵は憎しみだからね」


 彼の背後で積み重なる願望を、周囲に浮かぶ願望を使役し、特攻させて死守する。

 踏みにじられた願望はまた同じ願望を生み出して、再びデイヴに使役される。


 大気中の魔力と同じだ。漂う願望は決して無くならず、デイヴの魔力が続く限り、形を得続ける。


「……さて、そろそろかな?」


 セティの魔法が強力なものでないのが悔やまれる。もし、エストレアが戦っていたのなら、この程度の願望は一息で吹き飛ばせた。ユート、アグニなら、飛び交う悪意を切り抜けてデイヴを倒すことが出来た。遊夢なら、さまざまな手段を使い、いとも容易くこの状況を乗り越えただろう。


 しかし、セティにはそれらはない。

 圧倒的な火力も、身体能力も、知略も。何一つとして。

 あるのはただ、癒やす力のみ。そしてそれは、この状況では約に経たない。


 これが本物の幽霊であれば、彷徨える魂であったのなら、彼女ならどうとでも出来たというのに。

 セティはここに来て、絶望的なまでに───。


「生誕おめでとう。君の名はなんという?」

『───ア、アァ』

「言語能力はなさそうだね。では、私が名前を付けてあげよう」


 セティの攻撃も虚しく、デイヴの背後で蠢いていた闇の塊が、遂に完成する。

 容姿は、三メートルはあろうかという巨人。顔のパーツは、今までの塊と同じように空洞で、けれど口の部分から声を出すことが出来ている。


「ふむ。では安直に。願望(ディザイア)でどうかね?」

『で……ざい、あ』

()、かでぃ(・・)かの発音は君に任せよう。……まさか、名前を直ぐ復唱するとは。言語能力は皆無だと践んでいたが……まぁ、いいか」


 ディザイアと呼ばれた巨人は、部屋を一通り見回して、最後にセティを視界に入れる。

 そして、顔を歪めてその場で数回、小さくジャンプした。


「······」


 一挙一動が、セティの警戒心を煽る。

 杖を構えて突き出しているものの、自身の魔法が巨人を穿てるかどうかについては──正直、自信がない。


「では、好きにしなさい、ディザイア。完成した今、君は私の所有物ではない。数分と経たずに消える運命だろうが……その間なら、君は自分のやりたいことが存分に出来る。生かすも殺すも、煮るも焼くも、愛すも憎むも自由自在さ」

『じ、ゆ……う。───じゆう!』


 巨人が笑う。無邪気な子供に似たその声は、どこまで純粋で、それ故に不気味だった。


 果たされなかった願い。それらをぐちゃぐちゃに混ぜ合わされ、肥大化し過ぎた悪魔は、猛スピードでセティに迫る。

 まるで人懐こい熊が、人間にじゃれ付くような動作で、確実に死をもたらしに行く。


『あそん、で!……おねえちゃん!』

「······っ!?」


 敵意は無い。それを感じてしまったせいか、セティの動きが一瞬だけ鈍くなる。

 その一瞬の隙に、ディザイアはセティを射程内に捉えた。


『あそん……ころした、い。……タスケ、要らな──アイして……し、ね』

「《光の(ライト)───」


 ぞわりと、セティの背中を冷たいモノが駆け巡る。

 その感覚の中心にいるディザイアは、体を崩しかけていた。子供の願いが殺意に変わり、助けを求める声を拒絶する。愛は憎しみへと変貌し、何もかもが、自身の願望をこそを中心に置こうとする。

 その結果、世界に存在するための(ねがい)は中和され、その形を維持できなくなったのだ。


 形が無くなって崩れれば、自分は消えて無くなってしまう。


 ───ソレは、嫌ダ。


 消える事実を認識した瞬間、消えたくないという思いがディザイアを支配する。

 そして、消えない為の方法を自分なりに考えた結果───。


 ---------------


「……やはり、巨人にするのは無茶だったか」


 体を崩し、魔力の霧に消えていく巨人を見ながら、デイヴと名乗る魔族はそう呟いた。

 私の放った《光の槍》は、当たるべき敵に当たることなく風を切り、決戦場の壁へと着弾する。


 当然のように、壁は無傷。私が使う魔法程度では、この部屋を壊すことは叶わない。


「いや、ディザイアのようなゴーストを生み出したのは初めてでね。それでも、君を殺すくらいは造作もないと思っていたのだが」

「······」


 これで、戦況は元に戻った。

 散ってしまったネガイには悪いけれど、私は彼に勝たなければならない。


 彼を倒して、この先へ行き、邪神を倒さねばならないのだから。

 世界のために、仲間のために。──大切な人の復活を望む、ユウムのために。


『どうして?』


 何を今更。世界のために邪神を倒すと決めた。初めて神殿に集ったあの時から、私は勇者として在る。


「振り出しに戻ってしまったな。これでは決着がつかない」

『邪神を倒して、どうするの?』


 邪神を倒した後のことなんて、考えたこともない。

 ただ、いつも通りの───厳密に言うのなら、勇者になってからの日常に帰るだけだろう。

『アザ―ファル』の家に帰って、リリィやトーラのご飯を食べて。

 生活費を稼ぐために皆でギルドの依頼を受けて、たまに、ちょっとしたアクシデントに遭遇して。


 そういう日々を送るために、今私はここに居るのだから。




『リンネ・ワツカサが、ユウムを取っちゃうのに、笑えるの?』




 ───ここまで対話を続けて、やっと気がついた。

 ···何かが、居る。あの時、キョウムが私の中に居たのと同じように。確かな異物が、私の中に侵入して、何やら囁いていた。


「む。どうしたレディ。不自然に黙り込んで。聖職者のように、散った願いへ黙祷しているのか?」

『何も考えていないアナタに、見せてあげる。ネガイのために戦って、ネガイを叶えて。いろんなことを乗り越えて幸せを得た人が、どうなっちゃうのか』


 姿は見えないはずなのに、私にはその声の姿が手に取るように分かった───気がした。

 その異物は、きっと私と同じ姿をしていて·········。


『大丈夫。私は確かに異物だけど、私は絶対に(セティ)の味方だよ』


 甘い声を共に、霧と散った願望(ディザイア)の記憶が、無造作に私の中へ流れだした。


 ---------------


「……私の敗北だ。まさか、そんな切り札があったとはな」


 決戦場の端で、デイヴが小さく呟いた。

 彼の周りは赤一色。いうまでもなく、デイヴの血液である。


「·········ユウム」


 賞賛に似た言葉と共に、デイヴが完全に息絶える。それを認識した決戦場が勝者を決め、部屋の中央に扉を創りだした。


 少女は迷うことなく、その扉をくぐって行く。



 生者の居ない決戦場にはただ、見るも無残な破壊の跡が残されていた。

【願望成型】

周囲に宿るネガイに形を与える能力。

形を与えられたネガイは、その願望を果たそうと行動する。戦士ならば戦いを、聖人ならば信仰を。

その種類は千差万別であるものの、大抵は能力保持者に主導権を握られて、願望の通りに動けない。そして願いを果たせぬまま霧散したネガイは──その未練から、同質のネガイとして空間に漂う。


【願望成型】の利用例


・魔法に組み込む

本文に出ていた“顔”がそれにあたる。

術者の命令に従うネガイは、ただの魔法と違い希薄ではあるが意志がある。

それを利用することで、追尾性能を持つ魔法として使用できる。


・使い魔のようなものを作り出す。

本文の“ディザイア”がそれにあたる。

術者との繋がりを切り離し、独立したモノとして仮初の命を与える。

使った願望の種類によって行動は変わるものの、術者が死んだ後も活動を続けられるのが最大の特徴。

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