10話 リエイトとの遊び
「う、ぐっ………」
俺は今、神殿の広間に倒れている。いいや、俺だけじゃない。ユート、エストレア、セティも俺と同じように倒れているだろうと思う。
「うん、今のは良かったよ。でも、まだ弱いね」
俺の前から声がする。彼女はこの勝負が始まってから一歩も動いていない。
その声の正体は……
「お前、本当に何者なんだよ、リエイト」
「ん?何処にでもいる普通の神だけど?」
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少し時を遡り、俺たちが再び広間に集まったときのことだ。
「そうだ。勝負をしよう」
「え?」
突然、リエイトがそう言った。こういうときにリエイトを止めるはずのマリア様は、自分が作り出した椅子でぐったりしている。
ウォールさんが声を掛けているが、「そっとしておいて下さい」と返すだけだ。
……昨日一体何があったんだ?
ラックさんはリエイトに疑いの眼差しを向けている。
エストレアはまだ眠そうに欠伸をしているし、セティはボーッとしている。
ユートは、俺に「あの子は誰?」と問い掛けてきた。
あれ?もしかして、勝負に反応したのって俺だけか?
「リエイト。お前の事を知らない奴もいるから、自己紹介してくれないか?」
「それもそうだね。僕はリエイト。普通の神さ」
自己紹介をしたリエイトに対する反応は様々だ。
ユートは、「あの子が神様!?」と驚き、エストレアはどうでもよさそうに目を擦っている。
セティは相変わらずボーッとしているし、ウォールさんは理解した上での無反応、というより、マリア様の様子の方が気になっているようだ。
なんかこのままでは話が進みそうにないので、俺がリエイトに話を促すことにする。
「で、リエイト。なんで勝負なんて言い出したんだ?」
「勿論理由はあるよ。個人的に戦ってみたいし、君たちだって、自分の【スキル】を把握しておきたいでしょ?」
俺の場合、【スキル】の形態の名前が分からないからどうしようもないんだが。
ユートも理不尽が降りかからないと発動しないし、エストレアだってリエイトを嫌ってないと意味が無い。セティの【スキル】は回復用だし。
「んじゃ、ほいっと」
気迫が感じられない声を発すると同時に、リエイトが二つの分身らしきものを生み出す。
其々の分身から感じられる力は同じだ。
「ん?俺ともやるのか?悪くない」
「私にもやれというのか?良いだろう」
ラックさんとウォールさんが似たような反応を示したその瞬間、二つの分身が二人の前まで移動し、其々のペアを包み込む形で黒い半円を展開したあと、この場所から消えた。
「って、リエイトお前何をした!?」
「何って、分身作って瞬間移動。別の空間を作り出して転移。それだけだよ?」
「絶対それ普通じゃないって!」
「あの子···強い」
「言わなくても分かるわよ」
リエイトが行動したことで、皆の意識がリエイトに向く。そしてユートは両手剣を、エストレアとセティは杖を構える。俺は、
「あ、そう言えば、俺武器持ってない。リエイト、武器貸してくれ」
「良いけど、どんな奴?」
「片手剣」
『輪廻の森』で武器を壊してしまったことを思い出したので、リエイトに武器を要求する。
何か違和感を感じるが、気にしないことにしよう。
リエイトから剣を受け取り、素振りする。
「大丈夫だ。ありがとう」
「どういたしまして。んじゃ、始めようか」
そう言うと、リエイトは俺たちから距離を取り、コインを取り出す。
そして、少し考えてから、口を開く。
「じゃあ、ルールを決めようか。僕は両手両足を使わず、詠唱もしない。それで、君たちは僕を一歩でも動かしたら勝利。これでどうかな?」
「え!?」
まるでこちらを嘗めてるのかと言いたくなるようなルールだが、リエイトからはふざけたような雰囲気は感じない。
……本気って訳か。
だったら、俺たちの敗北条件も決めとかないとな。こんなハンデ貰っといていうのも何だが、フェアじゃないし。
「だったら、俺たちの敗北条件も決めて貰えるか?」
「そうだね……気絶したら負けってことでどうかな?勿論手加減するから安心してね。じゃ、始めようか」
リエイトがコインを弾く。俺の目にはただの球体にしか見えないそれは、だんだんとその高度を落としていく。
そして、コインが地面に落ち、甲高い音が聞こえる直前に、
「《ウィンド》!」
「《ホーリー》···!」
セティ、エストレアが魔法を放ち、俺とユートは駆け出した。
当然、魔法は俺たちを追い抜いてリエイトに向かう。このまま行けばリエイトに届くのだが……
「うん、中々悪くないかな?」
やはり届く筈もなく、空中で打ち消された。
あれだけのハンデを設定したのだ。このくらいは出来るだろうと思っていたので、俺はそう驚かない。
それはユートも同じなのだろう。驚いた様子は見られない。
俺はユートとアイコンタクトをすると、俺はリエイトの右側に、ユートは左側に分かれて殆ど同じタイミングで剣を降り下ろした……が、
「まさかもう意志疎通が出来るんだね。びっくりだよ」
「うわっ!?」
「んなっ!?」
ユートは何かに吹き飛ばされ、俺は剣を何かで受け止められた。
それはよく見ると、リエイトの拳ほどの大きさの石だった。
他に何もないことを確認すると、俺は空いている左手で魔法を放つ。
「《サンダー》」
雷の基本魔法《サンダー》は、青色の魔力を帯び、ジグザグに移動しながらリエイトに向かう。
ダメージよりも、相手を吹き飛ばすことを優先したので、当たれば恐らく勝てるだろう。
俺はそれが破られたときのことも想定し、リエイトから距離を取る。すると、俺の《サンダー》が、リエイトの石から放たれた魔力に打ち消された。
……これが正解かな?
俺は、セティたちにも聞こえるように、それなりに大声で話す。
「リエイトの石。あれから魔法が出てくるぞ!」
「うん、分かってた!」
「魔力の流れで分かるわよ!」
「···今気付いたの?」
──────なんか皆分かってたっぽい。セティの声はあまり聞こえなかったが、逆に心配された気がする。
気を取り直して、俺はまた、リエイトに接近。剣を振るって魔法を放つ。
が、結局石で受け止められるか、魔法で相殺されてしまう。このままではどうしようもないので、俺は地面に土の基本魔法《マッド》を発動。土煙を上げてから再び距離を取る。
すると、
「《風切》!」
「《光の槍》···!」
エストレアとセティがそれぞれ風の刃と光の槍を放ち、土煙の中にいるリエイトに着弾した。
じゃあ、俺も遅れるが、
「《炎の弾》!」
多分、この世界では知られていない裏技その1。理科に興味があったり、こう言う技を作ろうとした人なら殆どが知っているであろうあの現象、その名は……
「粉塵爆発!」
「何なの!?」
「···これ···何···!?」
「うわっ!?」
俺が撃った《炎の弾》が《マッド》で作った砂煙に触れた途端に大爆発が起こる。やはり皆知らないのか、とても驚いていた。
──────粉塵爆発。確か小さな粒が大量に舞うことで起こる、燃焼の連鎖だったかな?それでも知らない人が見れば、何も無い所から火が出たように思うだろう。
リエイトがアレを知っているかは知らないが、それでもある程度のダメージは与えられている筈だ。だが怯む程度で済んでいる可能性もあるため、追撃を加えるべく、俺はリエイトに接近する。
だが……
「ッ!?」
嫌な空気を感じた俺は、接近を中断、腕をクロスしてガードの体勢を取る。
その瞬間、リエイトを中心とした魔力の塊に俺は吹き飛ばされた。
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そして話は冒頭に戻る。
「でも、流石に粉塵爆発を起こされるなんて思わなかったなー。だからちょっと力を出しちゃったよ。それで遊夢以外が気絶するなんて思わなかったけど」
どうやら俺以外は気絶してしまったらしい。多分セティとエストレアは距離があって気づくのが遅れたんだろう。
ユートは……なんだろうか?俺みたいに近づいて且つ防御姿勢を取らなかったのだろうか?
いや、今はそれはどうでもいいか。大切なのは、俺だけがこの状態で戦えるということ。
だったら、足掻いてやるよ
「まだ、終わってねぇ。そうだろ?」
「うん、そうだね。来なよ遊夢」
あの衝撃で吹き飛ばされたので、俺とリエイトとの距離はそれなりに空いている。
これなら行けるか?
俺はリエイトに向かって駆け出した。当然、リエイトの魔法が飛んで来るが、なんとか避けたり弾いたりして、更に接近。そしてあと一歩の距離まで近づいたところで、裏技を使って更にギアを上げる。
「え!?」
「喰らえ!」
リエイトが驚き、少し隙が出来る。それを見逃すことはせず、俺は加速したまま剣を横に振るう。
その剣撃は……
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遊夢が立ち上がり、僕に向かって来る。
僕は彼の全力を考慮して、なんとか凌げるであろうレベルの魔法を放つ。
彼はその攻撃を凌ぎ、僕の目の前まで近づいて来た。
ここまでは予想通りだったんだけど、ここで、予想外のことが起こる。
遊夢が、僕の予想を越えて加速したのだ。
「え!?」
「喰らえ!」
容赦ない横薙ぎが、僕に向かって振るわれる。
あははっ!楽しい。本当に楽しいよ!
僕は石ではなく手で遊夢の剣を掴むと、そのまま握り潰す。
そして一歩踏み出して、遊夢を殴り付ける。
すると遊夢は打ち出された魔法のように吹き飛び、神殿の柱を何本かへし折ったあと、壁にめり込んだ。
「あっ」
やってしまった。動いてしまったのもそうだけど、何より力を出しすぎた。
急いで駆け寄って遊夢の様子を見る。
「ふう、良かった。死んでない」
といっても、このまま放っておけば間違いなく死ぬので、治療はしておく。
そして全員を其々の部屋に運ぶ。
「【上限決め】を使ってて良かったよ。まぁでも、負けちゃったか」
皆それなりに強かったし、まだまだ伸びそうだけど、やっぱり遊夢が一番良かったね。まさか僕の予想を越えるなんて思わなかったよ。
………だから少しテンション上がって手足使っちゃったんだけど。
分身操った感覚だと、ラックとウォールは確かに今の遊夢よりも強いけど、僕の予想は越えられなかったからなぁ。
マリーを見ると、マリーは椅子に座って眠っていた。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
そして、マリーも部屋に運ぶ。ラックとウォールも部屋に運んだ筈だ。
もう僕がやることは無い。どうしようか?
「………そうだ」
『アレ』の正体を調べよう。そう思って、僕は遊夢の部屋に向かって歩き出した。




