108話 存在せぬ殺意
「ふ───!」
鉤爪の形に整形し、腕に装着した常世刃を、目の前に迫り来る魔族へ振るう。
コートに身を包んだ魔族は、武器の変形に戸惑いながらも対応。面白そうに顔に笑みを浮かべながら、自身の武器である剣で鉤爪を防ぐ。
甲高い金属音を響かせ、二つの武器は拮抗し、俺達二人の動きを止める。そのままにらみ合い、一秒に満たない時間停止する、
その間に、次の一手を考えた。
敵の武器を弾いて肉薄するか、後退してもう一度仕掛けるか。
今の武器は鉤爪───つまり、今の形態は【獣人化】だ。魔法を放つことも不可能ではないが、威力は著しく低下する。
一対一であれば、目くらまし程度になる魔法ではあるが……。
そろそろ来るだろうと思い、《電光石火》を起動。膝を曲げ、後方へ向けて飛び出した。
俺が離れてから一瞬遅れ、俺が立っていた場所に紫の散弾が着弾し、砂煙を巻き上げる。
魔法の出本をチラリと見て、次にどうするべきか再び考える。
俺を仕留め損なった魔族の少女は、
「チッ、また外したわ……!」
と、分かりやすく舌打ちし、またも両手に魔力を集め始めた。
先程から、これの繰り返しである。
コートに身を包んだ魔族と近接戦闘を繰り広げ、一瞬でも隙を見せれば、少女の魔族から魔法が飛んでくる。
少女を先に仕留めようと動いても、コートの魔族がそれを阻止して来る上、仮に抜けたとしても───。
「……次こそ止める」
「《電光石火》!」
少女へ向けて駆け出そうとした時、またもやコートの魔族が立ちふさがろうとする。
しかし、それでは遅い。ただでさえ、魔法を避けた俺と、その場で巻き込まれないよう立ちまわった彼では距離が離れているのだ。
そこから俺を止めようとすると、自然と体は前のめりになってしまう。
こちらへ突っ込んでくる魔族に、俺は常世刃を鎖鎌の形に変形。分銅の部分を持ち、鎌を投擲する。
外側から魔族を狙い、弧の軌跡を描きながら、向かっていく。
剣を使い、鎌を弾く。
その、剣を振り上げた瞬間を狙い、分銅を持ち手として常世刃を短剣に形態変化。《電光石火》の出力を上げて、短剣を魔族の心臓目掛けて突き出した。
鎖鎌を駆使し、鎖鎌で攻めてくると思った──体が反応したのだろう。《電光石火》によっても加速されている攻撃に、魔族は対応出来なかった。
───これで、一人目。
男の魔族は対応出来ない、少女の魔族は間に合わない。そして、俺は刃を止める気はない。
だからこれで一人。
これを見て、残りの二人が降参してくれれば良いのだが……それは、多分ないだろう。
なぜなら───。
「感謝する、マリ」
「ありがとう!」
「……」
見慣れた服、どこか既視感のある、一人の魔族が俺を見つめる。
戦う覚悟はあるものの、全く敵意を込めていない瞳は、この世界で見たことがあるものであり───それ以前に、見たはずのもの。
───暁真理。【拒絶】の能力を以って、魔族の命を俺から守り続けている、三人目の魔族だ。
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勇者の一人、青原遊夢の前に立ちふさがった魔族は、三人だった。
彼らが遊夢を選んだ理由は、三者三様である。
コートに身を包んだ魔族──ヴァリオは、【■■化】に興味を持ったから。
魔法を操る小柄な少女──チェリスは、エストレアと戦う魔族……マスルとヘルピンの戦いに巻き込まれたくなかったから、適当に。
そして、前世での遊夢の友人──真理は………。
(遊夢君に、誰も殺させない……!)
青原遊夢を倒す為ではなく、青原遊夢に誰も殺させない為に、彼の前へ立ち塞がった。ゆえに、遊夢に対する殺意も、敵意もない。
それが矛盾していることだと、真理は気づいていない。遊夢の邪魔をするということは、それは遠からず、遊夢を殺すことに繋がると。
「……」
獣人故の身体能力を上手く使い、遊夢はチェリスの魔弾を巧みに躱し、一撃一撃確実に、ヴァリオへダメージを蓄積させていた。
けれども、命を奪うことに繋がりそうな一撃だけは届かない。そしてそれは、遊夢に隙を与え続けることとなる。
致命的な一撃を止められた遊夢は、どれだけ気をつけているつもりでも隙を作ることになる。
それを突き、ヴァリオの一撃が遊夢の体を掠め、チェリスの魔弾が迫る。
互いに致命傷は生まれない。しかし、遊夢にだけは、ストレスが溜まっていく一方だ。
「………」
チラリと、遊夢が真理に視線を向ける。
戦略的に考えるならば、誰を優先して狙うかは明白だ。どうにかして真理を殺すことが出来たなら、残りの二人を倒すことは容易い。
きっと、やろうとすれば事は一瞬で片が付く。超高速で真理へ接近し、【拒絶】の壁を【狂人化】の能力によって無効化。
それだけで真理は丸腰となり、遊夢は彼女を殺すことが出来るだろう。
「………」
「余所見をしている余裕があるのか?」
ただ、遊夢はどうしても、それを実行する気が起きなかった。
殺人に忌避感を抱いている訳ではない。前世の青原遊夢にはあったであろう、殺人の忌避感は、【狂人化】の恩恵により捻じ曲げられている。
知り合いだから、情が移っている訳でもない。前世との、青原遊夢と暁真理の繋がりは、真理が遊夢を殺した瞬間に途切れている。確かに無意識下で遊夢は彼女を手に掛けることに嫌悪感を感じることがあるかもしれない。けれど、それは遊夢の刃を収める程強力な縛りではなかった。
ならば、何故?
「……そろそろ頃合いかもな」
考えても分からない。分からないから解決出来ない。
ならば、答えに辿り着くように、自身を変えるしか無い。なぜ自分は彼女を殺そうと思えないのか。どうすればその迷いが晴れるのか。どうすれば───この魔族たちに勝ち、この先にいる邪神へ会えるのか。
「何を企んでいる?また、別の姿でもあるのか?」
「そんなことしてみなさい、その隙にふっ飛ばすまでよ!」
ヴァリオは面白そうに、チェリスは面白そうに。真理は少し不安そうに。
その表情を一通り眺めてから、遊夢は一種の掛けに出ることを決意した。
どの道、このままでは【狂人化】でも使わない限り勝利はない。
そして、【狂人化】を使ってしまえば必ず気絶してしまう。まさに状況は八方塞がり。
「まずは……」
大きく息を吸い、《電光石火》を全力起動。いい加減、脳への負荷が高まってきて頭が痛みを訴えてくるが、全力で速さを上げなければ、魔族三人を完全に振り切ることは出来ない。
……仮に振りきれたとしても、そろそろ敵も慣れてくる頃合いだ。自分の中で、ここで決めると強く念じ、武器を仕舞って【スキル】を起動する。
今、使う【スキル】の名前は───。
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「【妖人化】!」
魔法に精通した形態、【妖人化】。単純な魔力量、魔力コントロール能力が【常人化】よりも大幅に強化される。
……とは言うものの、要は俺の種族が人間から妖人に変わるだけである。具体的に言うのなら、瞬間火力でナチュルに劣るし、コントロール能力は【廃人化】の足元にも及ばない。
そして、エストレアの能力に大抵劣っている。彼女に優っているのは、それこそ身体能力くらいか。それも他の形態に比べると劣っているのだが。
「今度はエルフか…!」
「上等、撃ち落として上げるわ!」
【妖人化】の変身は、隙らしい隙もなく一瞬で終わる。
だが、それで敵が待つはずもない。エルフの特徴──身体能力が幾分か劣る点を知っているであろうヴァリオが俺へ向かって飛び出し、彼にぶつからないよう注意しながら、チェリスが《闇の球》を放ってくる。
魔族たちの攻撃を《雷の剣》で一回薙ぐことで相殺、或いは足止めし、次の魔法を発動する。
右手に宿るは眩い光、左手に灯すのは暗い闇。
あまり使うことはないが、多少であれば雷や火以外の魔法だって使える。
「……チッ」
「相殺するわ!動かないで!」
それを、攻撃だと警戒したのだろう。先程の《雷の剣》と同等、あるいはそれ以上の大火力を俺が込めている魔力量から推測したのか、ヴァリオは大慌てでその場に留まり、チェリスも魔法を発動せんと構え、暁だって【スキル】の発動タイミングを計り、集中していた。
───魔族の特徴として、闇属性への高い適正、というものがある。
要は、闇属性の魔法は他の魔法よりも強く扱える代わりに、他の魔法がからっきしになり易い、というものだ。
そして、これは魔族に限った話ではなく、人間全体に言えることなのだが。
一体どういう認識の差か。この世界では、戦いにおいて事象具現魔法はあまり使われない。俺がいつも使う《電光石火》も、粉塵爆発も、その使われない事象具現魔法によるものだ。俺以外の使用例は……エストレアが一度、辰野相手に使っていたような気がする程度である。
日常生活ではよく使われるはずのその魔法は、戦いになった途端に使われなくなる。魔法の分類が二つに分かれているように、事象具現は日常、属性付与は戦闘という認識が刷り込まれているのかもしれない。
だから、敵は気づかなかったのかもしれない。
俺が込めている大量の魔力は、攻撃の為ではなく、ただの目眩ましのために使われているということに。
「《閃光》、《暗幕》」
目の前に光を通さぬ闇を展開し、それ以外の空間に多量の光が炸裂する。
肉体的なダメージは何もないが、それにより、少なからず隙が出来た。しかし、足を一歩踏み出そうとすると、壁のようなものに阻まれる。何回か触った覚えのあるこの感覚は、暁の【スキル】による壁だろう。
同時に、眼前で何かが壁にぶつかる音が聞こえる。閃光が走る一瞬前の光景から察するに、チェリスから魔弾が放たれたのだろう。
俺の身動きを止める壁が、俺の身を守ることとなったようだ。暁が、最初から俺の動きをこれで拘束しなかったのはそのためか。
……まあいい。これで、後は本題へ入るだけだ。
ここまでのことはただの前準備。本当の狙いは、たった一つのちっぽけな疑問を解消すること。
考えても考えても分からない。いや、考え続ける余裕がない。
ならば、作るしかない。最高の思考速度を保った状態で、一瞬でも隙があれば、今の俺が抱えているであろう疑問は解かれるに違いない。
『殺してから考えるのもアリだと思うんだけどねぇ』
「いいだろ。気分悪くなって、本番で足を引っ張るのはゴメンだ」
『あっそ。そんじゃ、いっちょ考察タイムと洒落こみますかね!』
「『───【廃人化】』」




