100話 休日
「休み……休み、か」
『ゲームでもありゃやり込むんだけどねぇ。見慣れた街散歩しても収穫なんてあるわけねぇし。どうする?』
トーラとリリィが作ってくれた朝飯を食べた後、俺たち──リリィたちも含めた全員が、それぞれ自由時間を取ることになった。
女性陣は全員で行動しているらしいが、俺とユートは別行動している。最初は二人で行動しようとしたのだが、ユートの方から断られてしまった。
『僕はちょっとトレーニングするつもりだけど……二人だと熱が入りそうだから。疲れるのは駄目だし』
確かこんな感じだった。
『トレーニングって言ってもなぁ。【廃人化】込みでやったら疲れすぎるし、普通の状態だと効率が悪い』
「……普通に見て回るか。知らない店とかにも入ってみよう」
誰かと行動するのは諦めた方がいいし、家でだらだらするのも勿体無い。ギルドの依頼も……リエイトが何かやったのか、9割方完了されていた。残っているのも数日かかる物ばかり。
そうなると、散歩くらいしかやることがない。幸い王都は広いので、足を運んだことがない場所は山ほどある。
なら、今日は色々な所を見て回ろう。
そう決めて、俺は何も考えずに移動を始めた。
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「………休憩、と」
人混みを避けるように歩くこと二時間。いつもは見ない、廃れた広場へ辿り着いた俺は、そこにあるベンチへ腰掛けた。
そのまま背中を反らし、空を見る。森のように、木が生い茂っている訳でもないので、上を見上げれば当然のように空が見えるのだ。
──空は呆れ返る程に快晴。明日、世界の命運をかけることになる戦いに赴くことになるというのに、この空は余りにも能天気に感じられた。
「それにしても。なんでここ、こんなに人が居ないんだ」
辺りを見回して、公園の様子を観察する。
人の手入れがされていないのだろう。草は大量に茂り、鳥の糞なんかが目に付く。公園の中心には噴水があるが、既に枯れていた。そして噴水を形どっている岩を裂くように草が生え、蔦が思い思いに伸びている。
更に遠くへ視線を向ければ、豪勢な屋敷のようなものも目に入る。尤も、それも既にボロボロで、蔦に囲われているのだが。
まるで、ここだけ時間に取り残されたような、そんな感覚を覚える。
「鬼の村にあったあの小屋は、そこまで時代とか感じなかったんだけど」
『単純にデカイからじゃねーの?中に血痕とかがあったりしてな。ホラーゲームみたいに、中に入った瞬間に閉じ込められるんだ』
「今閉じ込められるのは困るな」
自問自答しながら建物に近付いて、様子を観察する。
細かい所にも目をやってみたが、やはり見た目に違わぬボロボロぶりだった。壁にヒビが入り、蔦が建物全体を覆っている。破れた窓から見える室内には、埃も堪っているようだった。
何度見ようと、ここが廃墟であることが分かる。
これだけ大きい公園が野放しにされているのだ。もしかすると、この建物で何かしらの事件でも起きたのかもしれない。
「……ま、あったとしても昔の話だ」
例え、この公園へ人が近付かなくなるような事件が起きていたとしても、それはきっと、昔の話。今ここにいる俺には関係のないことだ。
そう判断した俺は行った道を戻り、もう一度ベンチへ腰掛ける。
───そこで、気付いた。
「このベンチ……」
立ち上がって、ベンチを見る。
木で作られているそのベンチには、白色の塗料が塗られていた。塗った人物の手際が良くないのか、色にはムラが見られる。
……しかし、それ以外の汚れが余り見られない。鳥の糞なんて付いていないし、塗装が剥げたりもしていない。ついでに言うなら、ベンチの周囲の地面の草は綺麗に刈られていた。
廃れているという言葉がピッタリと合うこの公園に似つかわしくないと思える程、そのベンチにだけは人の手が行き届いていた。
「───人が」
───ここには、人が来ている。
そこまで考え付くのと、俺の背後から声がかかったのは殆ど同時。
慌てて振り向くと、そこには純白にドレスに身を包んだ──ここには相応しくない程上品な雰囲気を身に纏う、少女が立っていた。
「珍しいわ。ここに人が来るなんて」
「お前……君こそ、こんな場所に何しに来たんだ?」
「休みに来たのよ。お城は堅苦しいもの」
そう言いながら、少女は俺の横を通り過ぎ、ベンチへ腰掛ける。
流れるような所作は丁寧で、彼女自身の気品なんかを感じさせられた。
『良いところのお嬢様か?なんだってこんな所に』
「……あら、これでも私王族でしてよ?」
「へぇ、王族………ん?」
彼女からさりげなく放たれた言葉を、口に出し、数秒間硬直する。
聞き慣れない──けれどすんなりと頭に入る、王族という単語。そして、狂夢の発言に返答したという事実。
「……え、あれ?つまり──」
「申し遅れましたわ。私の名はナタク・グランド・ファルスロード。現国王イージス・グランド・ファルスロードの第一子と言えば、私の立場をお分かり頂けるかしら?」
「──つまり、滅茶苦茶偉い人?」
微笑を浮かべながら、目の前の少女は首を縦に振った。
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「隣が空いていますわ。お座りなさい」
「分かっ……りました」
『っと、流石に敬語使っとかないとなー』
自分しかいないはずの、孤独な公園。
そこに人が来ていることか珍しく感じられたナタクは、ユウムに隣を促した。
予想外の発言に素で返事をしかけたユウムだったが……相手が王族であることを思い出し、言葉遣いを変える。彼女からすれば何とも今更な、取って付けたような敬語だが、無いよりはマシである。
それに──彼女の主観ではあるが、この人物は言葉遣いこそ変えたものの、態度自体は何も変わっていない。あくまで上の立場に居る者に対する最低限の礼儀として、敬語を使っているに過ぎないのだ。
それならば何の問題もない。王族に取り入ろうという意志が見えない今、最低限の関わりくらいは持っても良いはずだ、とナタクは判断した。
ナタクに気を遣うように、ユウムは彼女の隣に座る。元々数人用としてデザインされていたであろうベンチにとって、人間二人を支えることなど造作もないこと。
そんなことは分かりきっているので、二人共気にすることはない。
ユウムが座ったのを、“自分と話をする気がある”と勝手に決めて、彼女自分が気になることを真っ先に問いかけた。それは当然───、
「……あなた、何者ですの?」
「と、言いますと?」
先程から聞こえてくる、軽薄そうなユウムの声についてだ。
声の主はキョウムと呼ばれる、ユウムの別人格なのだが──当然、彼女がそれを知るはずもない。
「あなた、二人居ますね?」
「……やっぱり聞こえてましたか。はい、多分、聞こえてたのは俺の別人格の声だと思います」
『キョウムだ。こっちはユウム・アオハラ』
「キョウムにユウム……それがあなたたちの名前ですの?」
『おう。青原遊夢と青原狂夢だ。名前の読み方書き方は鬼の奴と似てるな』
ユウムよりも幾ばくか乱暴であるキョウムは、ナタクが相手でも敬語を使おうとしなかった。
自分は王族で、相手は平民。客観的にも主観的にも正しい評価をしているナタクは一瞬顔をしかめるが、大したことではないと直ぐに切り捨てた。
キョウムは別人ではなく別人格。ユウムの言っていることをそのまま信用するなら、キョウムは差し詰めユウムの別の側面。そういうこともあるだろう。
「ファルスロード…お嬢様」
「呼びにくいのならナタク姫、で宜しいですわよ。立場上、呼び捨てを許す訳にはいきませんから。最低限姫は付けて貰いますわ」
「それはそれとして姫様。なぜ狂夢に気が付いたんですか?」
『悪いけど名前では呼べねーってさ。お嬢様』
いくら姫とつけていようと、ファーストネームで呼ぶのは良くない。しかしお姫様の要望を全く受け入れないのも不味いと考えたユウムは、ナタクのことを姫様と呼ぶ。
他人と話せることが面白いのか、いつもとは違って会話に参加するキョウムは、彼女の要望を一切聞き入れずにお嬢様呼びした。
特に不満も嫌悪感も感じていないナタクは、直ぐ様ユウムの質問に答える。
「巷では【スキル】、と呼ばれている能力を持っている。それだけですわ。名前は確か……いえ、教えないでおきましょう」
とは言ったものの、その理由はやはり【スキル】絡み。
彼女のような少女が【スキル】を獲得している、ということを普通に受け止めて、ユウムは納得した。
……ユウムの周りは特別過ぎて、感覚が麻痺していたのだ。
勇者三人に、冒険者という危険な職で上位に数えられる獣人、三つの【スキル】を自在に操る鍛冶師に、果ては神にすらなった龍人。
彼の行く先行く先で、何らかの【スキル】を持っていたから、本人が失念していても仕方のないものだった。
このような──しかも王族という、危険から遠ざけられる人間が、【スキル】を発現しているという事実を。
「……【スキル】について、ご存知?」
「知ってますよ。俺も持ってますから」
「あら、つまりキョウム殿は【スキル】の産物といことで?」
『そうなるな。癪だけど』
あまり有名では無い──発現方法故に、意図的にある程度秘匿されている【スキル】を知っているのかという問いをかけられても、ユウムは普通に返すだけだった。
「───。話すことがありませんわ。私は沈黙しますから、あなたも黙っていてよ」
「分かりました。ある程度休んだら帰ります」
「ええ、それが懸命ですわ」
お互いに、沈黙する。
話すことがないから。わざわざ帰る理由も見当たらないから。
───少し、珍しい休日にはなったが。
決して、悪い1日ではなかっただろう。
【スキル】解説
【???】
相手に別の人格が存在する場合に限り、その声を聞くことが出来る能力。
ユウムはかなり常識から外れています。
【スキル】持ってるの普通とか、王族知らないとか、現地民が聞いたらひっくり返るレベル。
これも森で育ったのが原因ですけどね。




