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俺はこの世界で  作者: ロン
プロローグ:俺はこの世界に別れを告げる
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プロローグ

 空白。

 そう呼ぶのが相応しい空間に、俺は佇んでいた。


 地面の感触も、色の感覚もなく、匂いも感じず、音も聞こえない。

 言葉として表すのなら、そういう場所。白い空間なのではなく、『何も設定されていない』故の空白。

 まるでバグによって裏の世界にでも飛び込んでしまったかのような驚き。同時に、何をしようと無駄だという一瞬の諦めがあった。


 というのも、俺には一つの実感があったのだ。

 ……思い出そうとすると、あらゆるモノにノイズが走る。

 手段も、原因も、理由も、場所も、時間帯も。思い出せる記憶は一つも無い、不気味な感覚。


 それを押し潰すように、『俺は死んだ』という一つの感覚が、確かに存在していた。


 「俺は――――死んだ」


 それ以外の情報が、殆ど浮かんでこない。

 死因どころか、両親の名前や自分の誕生日、血液型についても欠落している。

 更に言うのなら、好きなモノはゲームだったと記憶しているが、肝心の好きなゲームタイトルが思い出せない。

 辛うじて残っているものかあるとすれば、青原遊夢(アオハラユウム)という自分の名前と、だいたいの生活習慣くらい。頑張れば、他にも思い出せることかあるかもしれない。そう判断して、より深く記憶を掘り起こそうとした時、世界に変化が訪れた。


 『やあ、気分はどうだい』


 何もなかった世界に、突然少女の声が響く。

 叫び声を上げなかったのはほとんど奇跡だ。咄嗟に前へ跳び、着地をしながら振り返った。


 そこに居たのは、黒ずくめのコートを纏った少女だった。髪は白のツインテールで、先端部が背中まで伸びている。瞳は宝石のような、不気味なほど綺麗な赤色だ。

 今挙げた点を除けば、見た目は年齢二桁に届くかどうか程度の、普通の女の子。


 ……しかし、そもそもこんなところに人が居るのが不自然だ。

 今ここに居る自分のことを棚に上げ、少女への警戒心を顕にする。少女はというと余裕綽々で、今にも友人のように話しかけてきそうだ。


 「……最悪、かな。ここがどこだか分からないし、何も思い出せないし。その癖『死んだ』って実感だけは残ってる」


 少女の問いに返事をする。


 死んだ、死んだ、死んだ。

 口にする度、思う度にその実感が強くなる癖に、悲しかったり、苦しかったりはしてくれない。


 俺はここまで生死に無頓着な人間だったのか。あるいは、死の恐怖すら忘れてしまったのか。

 俺がそんな思考になっていても、少女はどこ吹く風。


 はは、と愉快そうに笑って、愉しそうなまま語りかけてくる。


 『そこまで理解出来てるなら十分さ。そう、君は死んだ。死因なんてどうでも良いよね、言ったって、思い出せるものじゃないんだから』

 「お前、何なんだ」


 数秒ほど、笑顔で黙る。俺の問いに、答えるつもりは無いらしい。


 『……さて、本題だ。といっても、これは何か使命を課したりするものじゃない。気が向いたから、君を選ぶ。その程度のものさ』

 「何が言いたいんだよ。分かるように言ってくれ」

 『転生だよ。君、【■■】の世界の住人だろう? だから、こっちでもやっていけると思うんだよね。ああ、安心して。もちろん、こう言うからには記憶くらいは保ってもらうから』

 「……。は?」


 なんでもないように告げる少女の言葉を咀嚼して、思考が固まる。

 転生。今の俺に残っている知識の中に、確かにその言葉はあった。ゲーム……ではそんなに印象に残ってはいないが、アニメだとかライトノベルだとかでよく聞く単語。


 ……言われた言葉の意味は理解出来るのだが、それが自分に降り掛かることへの理解が、実感となる手前で固まっていた。

 恐怖でもなければ、絶望でもない。ただ、形容しがたい不安だけが、胸中に渦巻いている。

 それを少しでも晴らそうと、俺は矢継ぎ早に少女へ問いかけた。


 「……なんで俺なんだ?」

 『ちゃんとした理由は無いよ。神様の気まぐれさ』

 「そんなことをしても良いのか?」

 『もちろん。君の世界にだって、前世の記憶を持った人くらいは居たでしょ?』


 主語が抜けていたにも関わらず、少女は的確に『記憶の保持』についての回答をしてきた。


 「なんの意味がある?」

 『気まぐれに意味を求めないでよ。本当になんでもないんだって』

 「俺が行くのは――」

 『それは行ってのお楽しみ。それじゃあ』


 少女が言葉を区切ると同時に、俺の頭上と足元に魔方陣が浮かび上がり、


 『良き来世を』


 叫び声を上げる暇もなく、俺を飲み込んだ。



 それから、時間にしておよそ24時間後。

 何もない世界で、少女は何をするでもなく佇んでいた。

 ここは、彼女たちにとって都合の良い世界。神様を名乗る少女の役割は、彼女がここに居るだけで果たせるように出来ている。


 『……さて、どうしよっかな。やることが無い』


 背伸びをしながら、次の行動を考える。何もしなくていいのは楽ではあるが、何も出来ないことには暇を感じるらしい。あるいは、久し振りに他者と話したせいで、暇を感じるようになったのか。


 『んー。とりあえず、適当な死者にちょっかいでも掛けようかな。流石に、何人も何人も飛ばすのは良くないだろうけど……話すくらいならいいでしょ』


 無数の世界、無数の死者の中から、無作為に1人を選別する。思考と同時に周りの空間が変異し――少女の眼前には、選別した人間が立っていた。


 人間に向かい、少女は語りかける。あの少年にしたように、軽い調子で、軽い言葉を。


 『やあ、気分はどうだい?』

※2021/01/16

 文章校正を大幅に変更。他のエピソードについても、気が向けば更新するかもしれません。

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