第二話
おそらく神社からは一キロメートルぐらい離れただろうか。他の建物に隠れて目視では確認できない。
「はぁっ、はぁっ・・・」
サンダルを履いた状態で走ったせいだろうか、呼吸が激しく乱れる。汗も頬を伝って来た。呼吸を整えながら、残り家までの道のりはゆっくり歩くことにした。足元を見ればサンダルが擦れて痕が残った足の甲。空を見上げると雲一つない快晴。ひとつため息をついた。
「ガチャガチャッ!」
荒々しく部屋の鍵を開けた。サンダルを履き捨てると一目散にベッドへ向かい、うつ伏せに掛け布団の上に飛び込んだ。・・・空腹である。朝から食べたのはおでんの大根だけ、無理もない。走ったせいでエネルギーを余計に消費してしまった。「グウウウ、ギュウウウ」俺のお腹の悲鳴は鳴り止むことを知らない。
手にしていた長財布をソファーに向かって投げると布団に潜り込んだ。そのまま目を閉じているとまどろんでしまった。
「・・・・・・・」
頭の左上の辺りで何かが振動しながら不快な音を・・・見当はついている。
「またお前かっ!」
被っていた布団を吹っ飛ばし、対象物のボタンを左の裏拳で押し潰した。すると振動と不快な音は止まった。やはりダイナマイト爆弾だった。俺の目覚まし時計。
「お前って十二時間ごとに鳴るタイプなのか?デジタルのくせに生意気だな、本当に」
俺は目覚まし時計相手に何の漫才をしてるんだ・・・虚しくなった。
「顔、洗うか」
洗面台に向かい鏡を見た。二回豪快に顔を洗った。
「もうだめだ・・・餓死する」
ソファーにもたれかかりながら一瞬人生の終末を覚悟しようとしたが馬鹿らしくなりやめた。
「あといくらあったっけ?」
とりあえずガラステーブルの上にある長財布を手に取ろうとした時だった。不意に鳥肌が立った。ベッドで眠ってしまう前にソファーに向かって投げたはずの物が今テーブルの上にあるからだ。誰か居るのか?部屋の中を見渡してみるが誰の気配もない。
「どういうことだ?」
俺がやっていないことは間違いない。でも誰の仕業か全く見当がつかない。動く物といったら・・・俺はベッドのダイナマイト爆弾に目を向けた。そんなはずはないんだ、わかってる。お前が実はロボットで俺の部屋を掃除している訳なんてないことぐらい。ただ一応確かめさせてくれ!
怪しい部分はなかった・・・ただの目覚まし時計である。疑って悪かった、目を閉じてダイナマイト爆弾に謝罪した。
爆弾をベッドに戻そうとしたとき、デジタル表示がおかしいことに気づいた。『AM』という表示が見える。さっき目覚めてから時刻の確認をしていなかった為、俺はてっきり夕方だと思い込んでいた。爆弾が正しいなら現在時刻は午前四時四十七分。二十四時間近く眠っていたとでもいうのか?これだけ空腹なら途中で目が覚めそうだが・・・
確実な情報を手に入れるならテレビである。テレビの電源を入れた後俺は立ちすくんでしまった。
『いや、本当に驚きますよね』
テレビ画面に見覚えのある表情の清水アナウンサーが映っている。俺はこのニュースを見たことがある。十月二十四日土曜日の朝に見たニュース。日付は・・・『十月二十四日』そう画面に表示されてある。
「・・・・・・」
驚きのあまり声が出ない。夢であって欲しいがこれはおそらく現実である。少し気分が悪い。この状況をうまく飲み込めないショックがほぼ大半である。二割ぐらいは空腹の影響だろうか。
部屋の中を調べてみると、長財布の中身は崩したはずの千円札が入っており残金は千百十六円。履き捨てたはずのサンダルも並べて置いてある。足元に目をやるとサンダルが擦れた痕が足の甲に残っていることに気付いた。気味が悪い。
「周りだけなのか?」
どんどん増していく空腹感と足の甲の状態から推測する。俺の時間は戻っていない。周囲の時間だけが巻き戻っている。時間が戻るなんて理解の範囲を超えている。しばらく頭の中を整理していたが、どうも神社で遭遇したあの子が引っかかる。一瞬ではあるが、俺の時間にだけ干渉してきたような不思議な感覚。
靴下、スニーカーを履き俺はもう一度神社に向かうことにした。
何が起きているのか知りたい。
あの場所にもう一度行けば・・・何か分かるかもしれない。