第一話
「・・・・・・・」
「あぁー、もうっ!」
誰だ、安らかな眠りを邪魔するのはっ!枕の左横でダイナマイト爆弾が不快な音を発しながら振動している。・・・俺が雑貨屋で購入した目覚まし時計。
カーテンを閉め切った暗い部屋。さすがはデジタル表示、霞んだ視界でも一目で午前四時四十三分であることを確認。昨日アラーム開始の時間を変更したのだが、間違って設定したようだ・・・
「たまには早起きしてみるもんかな?」
トンッと爆弾のスイッチに中指を乗せる。体の筋を伸ばしながら体を起こした。
さてさて、本日も春野勇介の平凡な日常の始まり始まり。はい。
十月二十四日土曜日。高校は休みである。毎週やって来るいつもの休日だ。ただ・・・今日はいつもと違うことがある。活動開始時間がいつもより二時間以上早いのだ。
ベッドから出ると近くにあるガラステーブル上のリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。そしてソファーに体重を預ける。
「ふわあぁ」
酸素を求める脳が出した指令に抗うことなんてできない。ここ一週間は新作のロールプレイングゲームを深夜までプレイしていた。睡眠不足は否めない。
『早起きは三文の得』という言葉があるので、とりあえず今日は得したってことにしましょうか。うん。
チャンネルはいつも朝見ているニュース番組の局だった。新藤キャスターは今日も元気。爽やかすぎて心が浄化されそうだ。いや、もういっそ浄化してくれっ。
女子アナの清水さんも相変わらず綺麗だ。こういう人が知り合いに居たら人生明るいよな。感心していると早速ニュースが入って来た。
『大手企業であります◯◯が倒産したことが明らかになりました』
ニュースを読み上げているアナウンサーも驚いているのであろう。瞬きの回数が多い。
無理もない、日本でも数本の指に入る企業が倒産したのだから。きっと社員とその家族は今日を境に生活が一変していくだろう。幸い俺は対象外。当然だ。父親も母親もいないのだから。
「嫌な世の中になったもんだな」
俺は呟きながら、何も変化がない自分の生活に対してめまぐるしく変化していく社会。わずかではあるが、羨ましさを感じていた。
突然『グウウウ』とお腹から悲鳴が聞こえた。さすがに昨日の晩飯がカップ麺一個だけというのは負け戦だったか・・・今は食料が底をついている。
手に持っていたリモコンを同じくガラステーブル上に置いてあった長財布と交換した。
「せん、ひゃく・・・十六円」
財布の中身を確認し安心した。これだけあれば問題ない。
「コンビニ行くか」
腹が減っては戦は出来ぬ。テレビの電源を切り、ジャージの上からパーカーを装着。お気に入りのワークキャップを被り、サンダルを履くとワンルームの部屋に鍵をかけコンビニへ向かった。
もうすぐ十一月、すっかり朝も冷えてきた。サンダルで歩く俺の両足はだんだんと冷たくなっていく。
スニーカーを履くべきだった。その単純な発想に至らなかった。
「ありがとうございましたぁ」
店員の声に後押しされながらコンビニを出た。温もりを求める俺は迷わずおでんを買った。朝からおでんか・・・いや、この選択に間違いはなかった!
寒い中で食べるおでんはきっと至福の一時になるだろう。ふふふ・・・あとは場所だけだ。
帰りは行きとルートを変更して神社に寄ることにした。神聖な場所でおでんを食べる、一応神様に詫びは入れとくべきだろう。五円玉を右手の親指で弾き、賽銭箱に投げ入れた。特にお参りもせずに賽銭箱を背にして石段に腰掛けた。
いよいよこの瞬間が来た。
「ほぉおおお!」
思わず声が出た。蓋を開けるとダシの香りがたまらない、これはさすがに口角が上がった。そして頷く。今ならお茶漬けのCMにだって張れるかもしれない。
左手におでんの入った容器を持ち、右手で持った割箸を咥えて割る。準備完了!
今なら思える、この地球上のあらゆる生命よその命に感謝します。「いただきます!」大根に割箸を延ばした時だった、
「なんでこうなるの〜!」
突然過ぎて両肩が上がった。誰かの声が・・・おそらく神社の裏からと思われる。俺はおでんを持ったまま物音を立てないように神社の裏へ向かった。
十メートル程歩き、壁に隠れて恐る恐る声の聞こえた方を覗いてみる。丁度賽銭箱から真っすぐ裏に回ったぐらいの位置、そこには脚を抱えてしゃがみ込んでいる人。見たところブレザーにスカート姿なので学生だろう。「こんな朝早くにこんなところで何してるんだ?」少し観察することにした。
「あ〜、どうしよ〜、やばいよ〜」
結構声が大きい。かなり困っている様に伺える。腰の辺りに付けているのは・・・刀?あいつ怪しいな。
睨み付けるように視線を送っていると対象の動きに変化があった。小動物を演じるかの様に「くんくん」と周囲の匂いを嗅ぎ始めた。
「・・・やばい!!」
その時俺は自分が今風上に居ることに気がついた。対象が気になっていた匂いは間違いなく手に持っているこの『おでん』だろう。テンパった俺はとりあえず、大根を一口。うまいなこれ! ダシが染み過ぎていた為、少しむせてしまった。
「ん?」対象がこちらを向き、目が合った。二回瞬きされた。
「あ〜!もしかして!」
全身のバネを使い軽快に立ち上がるとこちらに向かって走って来た。俺は大根を頬張ったままその場に留まり、丁度飲み込んだタイミングで女の子が目の前にやって来た。
「やっぱりおでんだ!美味しそうだね!」
俺の手元を覗き込んで来る。不思議な感じのする女の子だ。普通の人からは感じたことがないオーラがある。身長は百六十センチ前半ぐらい、黒髪ロングで後ろで一つにまとめている。スタイルもよく美人。透き通った綺麗な瞳。あと、声が大きい。
「ああ。お、おいしいぞ」
まだ大根しか食べてないが。
「私卵がいい!いただきま〜す」
彼女は左手で俺の割箸を奪い、卵に突き刺した。その動きに一切の迷いがない。そのまま卵を一口で食べてしまった。ほぼ丸吞みだった。
「あっ、ちょっとそれ俺の卵っ!許可なく他人の物食べるなんて、どういう神経してんだよアンタ!」
俺は怒った。久々腹の底から怒りが込み上げて来た。俺はモラルのない人間が嫌いだ。
彼女は俺の眼を見ると、
「ありがとう。ごちそうになったお礼に私の頼みを聞いてほしいの」
なるほど、どうやら俺に頼み事が・・・いや待て待て、おかしい。どういうことだ。他人の卵を勝手に食べてその上自分の頼みを聞いてほしい?図々しいにも程がある。そして俺の話を聞いていない。
「頼みって、俺たち初対面だろ?だいたいアンタ俺の・・・」
これから正論を語ろうとしていた俺の声はかき消された。
「1週間私のパートナーになってくれないかな?」
「・・・えっ?」
全く予想していなかった言葉に俺の時間は一瞬止まった。周囲の時間の流れには干渉していない。この子は間違いなく俺の時間だけに干渉してきた。そんな気がした。
「おーい。キミ大丈夫?私困ってるんだけど・・・」
その声にふと我に返った。同時に急に怖くなった。俺はおでんを容器ごと投げ捨てその場から全力で逃げた。漫画で見たことある。こういう展開は嫌と言っていい程厄介事に決まってるからだ。
春野勇介頑張れ、自分の部屋まで走って五分だ!そう自分に言い聞かせた。
「はあっ・・はぁっ・・・」
俺は韋駄天の如く町を駆け抜けた。