変態さんこんにちは
振り向くと白く長い髪をなびかせた青年が立っていた。背は父と同じくらいだろうか、細身ですらっとしている。タキシードを着ているということは、夜会の参加者なのだろう。
彼は妖艶な笑みでこちらに近づいてくる。月明かりに照らされているせいか、とても神秘的な雰囲気だ。
タキシードを着ていなかったら男性か女性か見分けがつかなかったかもしれない。いや、それ以前に人間なのかも怪しいところだ。
「僕は男です」
女の子に間違われることは少なくないが、今日はちゃんとタキシードを着ているのに…。
「ああ、申し訳ありません。あまりにも可愛らしかったので。君はもしかしてウィリアム・エインズワース殿かな」
「そうですけど、あなたは…?」
「やはり…私はテオドール、テオドール・ベクレルです。テオ、とお呼びください」
「はあ…」
やばい、ちょっとおかしい人に絡まれてしまったかもしれない。
「君の父、エインズワース公爵にはずいぶんお世話になったものです。それにしても、珍しいですね。公爵は滅多に夜会には参加しないのに、今日は君たちもつれて参加とは」
「今日はユリエルのお披露目もかねているので、僕とルシアンに会わせたかったみたいです。年の近い友達が少ないから…」
「そうですか…ユリエルと…。では私ともお友達になってはくれませんか?友達は多い方がいいでしょう。ウィル、と呼んでもかまわないですか?」
テオは僕の手を取り、目の前に跪いた。俺とテオとじゃ年が離れすぎてて友達っていう感じにはならないと思うんだけどな…。
軽くうなずきながら後ずさっていると
「テオドール!何をしている!ウィリアムから離れろ!」
ユリエルの怒号がとんできた。ああ、ルーがびっくりしてしまっているではないか。
「おやユリエル、ごきげんよう。すっかり反抗期になってしまって…昔はあんなに私に懐いてくれたのに」
「いつの話をしているんだ。だいたい、お前のような変態に懐いていたのは俺の人生の汚点だ」
「汚点とはひどい。あの頃のお前は可愛かったですよ。もちろん今でも可愛いですが」
「だまれ!」
すっかりおびえてしまったルーをユリエルから預かると、ルーは俺にぎゅっとしがみついてきた。ああ、俺の天使は今日も可愛い。
「そちらの天使はウィリアムの弟君かな?初めまして、テオドールと言います。お名前を伺ってもよろしいかな?」
「…るしあんです」
おそるおそる顔を上げてルーが名乗ると、テオは崩れ落ちた。
「何と愛らしい!兄弟揃って、いや親子揃ってまるで絵画のような美しさだ!」
この人やっぱり変態だ。どうしよう…
変態の登場に戸惑っていると、足音が聞こえた。
「ウィル、ルー、そろそろお暇しよう」
「「父様!」」
父様の登場に心底ほっとして、ルーを抱えたまま駆け寄る。
すると、俺とルーを抱き上げてそれぞれおでこにキスをくれた。
「やあテオドール、君も来ているとは知らなかったよ」
「ごきげんよう、エインズワース公爵。ああ、今日もお美しい」
「ありがとう。でもウィルとルーには程々にね。この子たちはあまり知らない人に慣れてないんだ」
「申し訳ありません…おびえさせるつもりは無かったのですが、あまりにも可愛らしかったものですから…」
急にしおらしくなったテオをみて、あんまり悪いやつでなないのかもと感じた。
「二人とも、こちらはテオドール・ベクレル。今は魔法学院に通っているから、
君たちの先輩にあたるかな」
「学院の先輩として困ったことがあれば何でも仰ってくださいね。必ず力になりますので」
学生なのか!ずいぶん大人びている。しゃべらなければ儚げな麗人で通りそうなのに、なんだかもったいない。
「ああ、そうだ、挨拶回りも済んだし屋敷へ帰ろう。ユリエル、今日はありがとう」
「い、いえ!」
「おとうさま、こんどゆーりにおにわのばらをみせてもらえるおやくそくをしたの!またここにきてもいい?」
「そうか、よかったね。ぜひまたお邪魔しよう。ワイアットにも話しておこう。お前達二人が来ると言ったら喜ぶだろうね」
「やったー!」
「では帰ろう。ユリエル、テオドール、また」
「ウィリアム、ルシアン、また近いうちに会おう」
「はい、お三方にまたお会いできるのを楽しみにしています」
俺たちは馬車に乗り込むと、ブラウニング家の屋敷を後にした。
その日を境に、エインズワース家には美しき二人の天使がいるという話が社交界で瞬く間に広まることになるとは
俺は知りもしなかった。