成長しすぎじゃない?
ゼノンと食事をする機会はすぐにやってきた。
部屋のドアをノックする音が聞こえたので、待機していたマリウスが応える。別に、ずっと部屋にいる事はないって言ったんだけど「これが私の仕事ですから。今までできなかった分、しっかりと仕事を全うしたいのです。だめでしょうか…」なんてあの王子様フェイスをウルウルさせながらお願いされたら断れる訳ないだろ!マリウス、絶対俺の父様の真似してる!俺がウルウル顔に弱いの分かっててやってるだろ!
生徒会の仕事は良いのかと聞いたら
「ユリエル様に任せているので大丈夫です!」
と満面の笑顔で返されたんだけど、逆にユーリは大丈夫なのか…?
「ウィリアム様、ゼノン様がお見えになりました。一緒にお食事をとのことです」
「行く行く!ティアも行くよね?」
「もちろん!」
うきうきしながらドアまで行くと、相変わらず美人なゼノンが笑顔で出迎えてくれた。
「こんにちはウィル、一緒にお昼を食べませんか?」
「うん!行く!」
「ふふ、ちょっとお昼には早いんですが、この時間に行けば生徒も少ないとレヴァン先輩に教えていただいたので」
そう言って俺の頭を撫でるゼノンに少し照れてしまう。ゼノンと俺は頭二つ分ほど身長差があるので、撫でやすいのかもしれないが…。
「すみません、私にも兄弟がいるのですが、皆問題ばかり起こすんです…ウィルを見ていると、まだ幼くて可愛かった頃の兄弟達を思い出してしまって、つい…」
俺がよほど不服そうな顔をしていたのか、ゼノンがシュンとしてしまった。
「そ、そうなんだ!俺は逆に弟しかいないから、なんか新鮮で…嫌とかじゃないから!」
「そうですか、良かったです。では食堂に行きましょう」
ゼノンはそうにっこりと笑って、手を差し出してきた。え、これ握れってこと?
俺がためらっていると、ゼノンが悲しそうな顔をした。
「すみません、同い年の男の子にする事ではありませんでしたね…弟の感覚でつい…すみません…」
「い、いやいやいや!大丈夫!いつもは俺が弟にしてる事だから、ちょっと戸惑っただけ!」
ゼノンの悲しそうな顔に耐えきれず、差し出された右手を取ってしまった。そうすると、たちまちゼノンの顔が明るくなる。
「マリウス、顔怖いよ」
「気のせいですよ」
「ティア、さあ手を」
後ろでなにやら話しているティアとマリウスに今度はゼノンが手を差し出した。
「え、僕も…?」
「はい、みんなで繋いだ方が楽しいですよ」
「はあ…はい」
ゼノンを真ん中に右に俺、左にティアの配置で食堂へ進む。ゼノンはマリウスとも手を繋ぎたかったらしいが、二つの手が埋まっている…と残念そうにしていた。マリウスはたとえ空いていてもお断りしますと躱していた。
若干、というかかなり恥ずかしい感じで食堂に向かっているのだが、幸いな事にあまり人はいない。ただ、時々すれ違う生徒達にはガン見されるしヒソヒソ言われているので、目的地につく頃にはかなりのダメージを受けていた。
「やっとついた…」
この間はさほど遠くに感じなかったのに、今日はとてつもなく長い道のりに感じた。
「さて、今日は天気が良いですから窓際の席で食べましょう」
そう言ってゼノンに手を引かれるまま、食堂に入って右側の全面ガラス張りになっている席に座った。
「今日は人が少なくてよかったですね」
「そうだね、あんまり人が多いのは得意じゃないから、いつもこのくらい静かだと嬉しいんだけど」
「えーそれは無理でしょ、ウィルはどこ行ったって注目の的だし。いろんな意味で」
俺のささやかな望みさえもティアに全否定された。そりゃ俺だって分かってるよ!ただでさえ高等部からの編入生で目立ってるのに、この容姿にマリウスまで従えてたらそりゃ平穏な学院生活なんか夢のまた夢だろうよ…。まあ、俺の平和をぶち壊す可能性がある奴があと二人位いるんだけどね…。
丸テーブルには俺の左隣にマリウス、右隣にゼノン、ゼノンの隣、つまりマリウスの隣にティアという配置だ。
「ウィルは何にしますか?」
「うーん…どうしようかな…あんまり重たくないものがいいな」
「それでしたらこちらのスープがいいかもしれません。あっさりとした味付けで、野菜やお肉もたっぷり入っていますよ」
「じゃあそれにしようかな」
食堂での注文の仕方はシンプルだ。メニューは事前にテーブルに置いてあるので、そこから選ぶ。決まったらテーブルの中央に設置している球体の水晶に唱えれば注文完了。これなら一人で来ても大丈夫そうだな。
「食堂にいらっしゃる時は必ず私かティアをお呼びくださいね」
「うっ、はい…」
マリウス、俺の心の声が聞こえてるのか…。
全員が注文し終わると、ものの数秒でテーブル上に料理が現れる。
「すご!すぐに出てくるんだ」
こういう時に魔法がある世界って便利だな~と思う。マリウスおすすめのスープはあっさりしているのに具沢山で、まさに俺の求めていた物だった。
「ウィル、こちらの魚のソテーも美味しいですよ。一口いかがですか?」
「えっ、いいの!」
「もちろんです。その代わりと言ってはなんですが、ウィルのスープも一口いただいていいですか?」
「全然いいよ!」
新しいスプーンをもらおうかと水晶に手を伸ばすより先に、目の前にフォークに刺さった魚を差し出された。
「はい、どうぞ」
そういってニコニコとしているゼノンの笑顔に押され、そのままパクっと魚を食べた。
「美味しい!明日はこれ食べようかな」
「でしょう!」
「このスープもおいしいよ!食べてみて」
ゼノンに食べさせてもらった流れで、自然にスープを掬ってゼノンに差し出す。ゼノンが耳に長い髪をかけながらスプーンを口に含む姿は何故か色っぽい。
「このスープも美味しいですね!私も次はこれを頼んでみます」
美味しいとゼノンと話していると、マリウスが横から口を拭ってくれた。
「ん、何か口についてた?ありがとう」
「いえ、何故だか無性にウィリアム様の口を拭かないといけない気がしたので」
「??」
「…マリウス、顔が怖いって…」
俺達がゆったりお昼を食べていると、授業が早く終わったらしい学院の生徒達がぽろぽろと食堂に入ってきた。
皆、一様に俺達のテーブルを二度見して、恐る恐る遠くのテーブルに座っていく。ざわざわとしてきてしまったので、そろそろ寮に帰ろうかと思ったところで突然食堂の扉が勢いよく開かれた。
「ユリエル様だ!」
「食堂に来るなんて珍しい…」
ユリエルというワードに反応してドアの方に顔を向けると、キョロキョロとあたりを見回すグレーの瞳と視線が交わった。
その瞬間、切れ長の涼しげな目尻がフッと柔らかくなった。
「ウィル」
ツカツカと一直線にこちらのテーブルに歩いてくるユーリを見て、俺は口を開けてポカンとしてしまった。
なんなんだ、あの成長ぶりは…。
マリウスがこんなイケメンになって大きくなってることにもびっくりしたのに、ユーリはその比じゃない。
光の加減で紫にも見える黒曜石のような艶やかな黒髪。最後に会った時よりも、少し髪が長めにカットされた前髪から覗く薄いグレーの瞳が力強くなっている。
近付いてくるにつれて、身長もかなり大きくなっていることに気づく。マリウスよりデカイんじゃないか?
しなやかな肉体のマリウスよりもしっかり筋肉がついている印象だ。
「久しぶりに会ったのに。挨拶も無しか?」
そう言ってニヤリと笑って、俺の頭に手を乗せて髪をクシャクシャと混ぜる。
「ユーリは仕事で忙しいかと思って…落ち着いたら会いに行こうと思ってたよ!」
俺がモジモジと言い訳をしていると、ユーリはマリウスの方を非難するような目で見た。
「冗談だよ。誰かさんが俺に仕事を押し付けて逃亡しなければ、俺もすぐに会いに行ったんだがな…」
「仕方ないじゃありませんか、旦那様から入寮から数日はウィリアム様のお世話を申しつけられてますから。この使命が学院の仕事よりも優先されるのは当たり前です」
ツーンと歯牙にも掛けないマリウスの態度にやれやれとユーリは苦笑いだ。
というかマリウス、やっぱり仕事をユーリに押し付けてたんだな!毎日俺のところにいるの、おかしいと思ったんだよな…。
「マリウス…ちゃんと仕事しなきゃダメだよ!僕のことはどうにでもなるんだから」
「そんな訳にはいきません。ウィリアム様に何かあれば旦那様に顔向けできません」
全く頑固なんだから、と思ってユーリと見ると彼も肩を竦めていた。
「ま、これも想定の範囲内だ。俺も一緒に夕飯を食べていいか?」
そう言って会いてる席に座ろうとすると、ゼノンとティアに気付いた。
「初めまして。ウィルと同じく先日入学してきたゼノン・べヘムと申します」
「ウィルと同室のティア!よろしくね」
「ああ…よろしく。ユリエル・ブラウニングだ」
そう言って挨拶するとこっちに目線を寄越したので、後で説明するねと小声で伝えた。
お久しぶりです。
コロナの影響で家にいる時間が長くなりましたね。
お話は少しづつでも投稿していければと思います。