天使様が舞い降りた
天使様がいた。
食堂にレヴァン様と編入生が居るときいて、沢山の人が押し掛けていた。ただ、誰も食堂に入る勇気はないらしく食堂のドアの前で立ち止まっている。出遅れてしまった僕はつま先立ちをして必死に前を見ようと覗き込むが、圧倒的に足りない身長のせいで全くお二人の姿が見えない。
足が限界を迎えプルプルと震えてきた時、不意に前の人にぶつかり尻餅をついた。その拍子に眼鏡が飛んでいってしまい、視界がぼやけて何も見えなくなってしまった。あたふたと手探りで眼鏡を探していると、後ろから肩を叩かれた。
「はい、眼鏡落ちてたよ」
「あ、すみません。ありがとうございます。これが無いと何も見えなく…て…」
親切に眼鏡を渡してくれた方を見ると、僕は固まってしまった。綺麗な銀色の髪は肩の下まで伸びており、天使の輪っかができるくらいサラサラとしている。綺麗なアイスブルーの大きな瞳は、瞳に僕が映っているのが分かるくらい澄んでいる。肌の色が白くて、唇は薄いピンク色でつやつやしている。本当にお人形さん見たいだ。
「て、天使様!」
小さい頃読んだ物語に出てきた天使様にあまりにも似ていて、思わず大きな声で叫んでしまった。そんな僕達に、食堂に向かっていた人達が一斉に振り向いた。
「マ、マリウス様!!」
その声に初めて、隣にマリウス様ともう一人の見慣れない生徒がいた事に気付いた。
「マリウス様、すみません。ど、どうぞ…」
「行きましょうウィリアム様」
「う、うん…」
みんなが食堂までの道をあけると、三人はそのまま食堂に入っていった。
「今の…誰…?」
「高等部の制服着てたよね。って言う事は編入生?」
「マリウス様がウィリアム様って呼んでたよね、っていう事はエインズワースの嫡男…?」
「もう一人いたよね、あの子も編入生なのかな…」
「というか、すごい美人だったね…」
「黒髪の子もめちゃくちゃ可愛かった…」
いろんな憶測が飛び交う中、僕はウィリアム様のことしか考える事ができなかった。あんなに綺麗な子がこの世に存在するなんて…。しかも、いつも氷のように冷たいマリウス様がにこやかに二人を案内していることにも驚きだった。
マリウス様は今でこそ立派な体格で王子様然とした容姿をしているが、中等部の頃はまだ体も大きくなく、もっと美少年という言葉が似合う出で立ちだった。それが原因で上級生に目を付けられ、何度か危ない目に遭ったというのは有名な話だ。勿論、手を出した上級生はすぐさま休学もしくは退学になっており、その後の消息は誰も知らない。友人のユリエル様やエインズワース一家が手を回したのだろうと噂されている。
そんな事があり、マリウス様に手を出す者は居なくなったのだが、以来マリウス様はほとんど笑顔を見せる事が無くなり、誰に対しても一歩引いたような冷めた態度で接するようになった。生徒会のメンバーと居るときは幾分表情が柔らかくなるが、今日のようににこやかな笑顔などここ数年誰も見ていないのではないかと思う。
それだけでもウィリアム様がいかに特別な存在なのか分かる。天使の様なあの容姿、エインズワースの家柄、そしてなによりこんな一生徒の眼鏡を拾ってくれる親切さ。
これは大変な人が入学してきてしまったのかもしれない。