夜の中庭
「父様、そんな大きな声で呼ばないでください。聞こえていますから」
とてもきれいな子だった。紫がかった黒髪を自然に整えて、鼻筋は通っていて意志の強そうな眉をしている。瞳の色はグレーで引き込まれそうだ。年が近いと聞いたが、俺より遥かに威厳があって長男の風格がある。なんなんだこの差は。
「ユリエル!紹介しよう、俺の腐れ縁のアーサー・エインズワース公爵と、その長男のウィリアムと次男のルシアンだ」
「初めまして。ユリエル・ブラウニングで…す…」
ワイアットが離れている隙に後ろに隠れていた俺が顔を出すと、ユリエルの顔が驚きの顔で固まった。
見つめてくるユリエルにわけが分からず、困惑していると不意に腕を引かれた。
前に引っ張られて、こけそうになりながらなんとか踏ん張ると目の前にユリエルの顔があった。
「きれいだ…」
「え…?」
どうやらユリエルは僕に見とれているらしかった。そりゃあウィリアムは母親似の美人な顔だとは思うけど…。
「こらユリエル、気持ちは分かるが失礼だろう。ウィリアムを離してやれ」
「す、すみません…」
ユリエルは顔を赤らめながら腕を離してくれた。俺はすぐさま父の元に戻る。
「ユリエルは今九歳だから、ウィリアムの一つ上になるな。俺たちは挨拶回りをしてくるから、二人を頼むぞ。年上なんだ、二人の面倒をみれるよな?」
「もちろんです」
「二人を頼んだよ、ユリエル」
「任せてください!」
え、え、父様まで行ってしまうのか。無意識に袖を握る力が強くなっていたみたい。父様は俺の手を解かせると俺の頭を撫でた。
「年の近い友達は貴重だよ。いろんなことを学べるからね。ウィルにはもっとたくさんの人とふれあって欲しいんだ。それはきっとウィルの宝物になるはずだから」
最後にルーの頭を撫でると立ち上がって、二人は行ってしまった。
「疲れただろう、あっちのベンチで休もう」
会場から少し離れたところに、外廊下に近い中庭が見えるベンチがあった。中庭はよく手入れがされていて、様々なバラが咲いている。真ん中には噴水があり、月明かりに水がきらきらと光ってそれがバラに反射してとてもきれいだ。
「母様がバラが好きで、庭にいろんなバラを植えているんだ。見に行くか?」
俺がバラを見つめていることに気づいたユリエルが、中庭へと促してくれた。こくりと頷くと、俺とルーの手を引いて中庭を案内してくれた。
バラの棘にぶつかったら危ないからと、ルーはユリエルに抱き上げられて移動している。
最初は俺にくっついてあまりしゃべらなかったルーも、今ではユリエルに懐いて嬉しそうにバラを見ている。
お兄ちゃんちょっと寂しいぞ。
「ユリエルおにいさま、このきいろのばらはなんていうおなまえなの?」
「これは、ゴールドローズといって、夜の間は黄色だけど太陽に当たると金色に輝くんだ」
「へえ~!みてみたかったな…」
「今度は昼間に遊びにくるといい。また違うバラの顔が見れるぞ」
「うん!みにくるね!」
ルーはすっかりユリエルと意気投合したようで、次の約束までしている。俺は噴水の縁に腰掛けて二人を眺めていた。
ぼーっとしていると、後ろから声をかけられた。
「おやおや、なんて美しいマドモアゼルなんだ」