新しい友達
「こちらがお二人の部屋になります」
マリウスに案内された部屋は、エインズワースの屋敷での俺の部屋の半分ほどだろうか。そこに二人分のベッドが両サイドにそれぞれ配置されており、勉強机がベッドの間に二つ横に並んでいる。シングルベッドと大きめの勉強机が二つずつ配置されても圧迫感がないから、学院の寮にしては上等な方だと思う。
「日当り良いね」
『ここでお昼寝したら気持ち良さそう!』
「確かに、天気いい日は一緒にゴロゴロしようね」
「ウィルのベッドはそっち側ね、僕はこっちのベッドにするから」
そう言ってティアはてきぱきと荷解きを始めた。俺のベッドは部屋に入って右側、ティアは左側だ。
荷解きも終わり、日が傾いてきた。
「そろそろ夕飯の時間ですね。少し早いですが食堂へ行きましょう。今なら生徒も少ない筈ですし」
マリウスに案内され、食堂に近付くとドアの前に人だかりができていた。え?めちゃめちゃ沢山人がいるんですけど…。
「マリウス、なんか人がすごいんだけど…いつもこんな感じなの…?」
「いえ…いつもこの時間は人がいませんし、オリエンテーションが終わったばかりの筈なのでここに人が集まる筈が無いのですが…」
俺達が困惑して人だかりの後ろに立ち尽くしていると、一番後ろで背伸びをして一生懸命前を覗き込んでいた男の子が不意に人波に押され後ろに尻餅をついた。その拍子に彼がかけていた大きな丸眼鏡が飛んでいく。ふわふわの茶髪の彼が一生懸命眼鏡を探していたので、眼鏡を拾い彼の肩を叩いた。
「はい、眼鏡落ちてたよ」
「あ、すみません。ありがとうございます。これが無いと何も見えなく…て…」
「?」
眼鏡をかけて僕の顔を見た彼は一瞬固まり、顔を真っ赤にした。
「て、天使様!」
「え、え?」
そう叫び僕の手を握った彼に戸惑っていると、その声に反応した人達が一斉にこちらを振り返った。みんな俺の顔を見るとぽかんとし、次に顔を赤くした。しかし、すぐに俺の後ろを見て顔を真っ青にする。
「マ、マリウス様!!」
誰かがそう叫ぶと、モーゼの十戒の様に道ができた。
「マリウス様、すみません。ど、どうぞ…」
みんなそう言って道をあけてくれた。
「行きましょうウィリアム様」
「う、うん…」
マリウスに背を押され、食堂の中へと入る。ドアの前の人だかりとは反対にほとんど人がいなかった。学院の寮だけありとても広い。天井が高く、かなり豪華なシャンデリアがいくつも下がっている。食堂入って右側の壁は全面ガラス張りで、いい感じに夕日の光が入って天井のシャンデリアがキラキラ光っている。床には赤いカーペット敷かれ、丸テーブルがいくつも置かれている。何とも豪華な食堂だ…。
その食堂の中央に立っている長身の生徒がいた。どうやらみんなのお目当てはこの二人らしい。食堂の中に進んで行くと、片方の生徒がこちらに気付いた。
「マリウス、珍しいな。お前がこんな時間に食堂に来るなんて」
思い出した。入学式の日に挨拶したレヴァン先輩だ。相変わらずクールでかっこいい。最後に会った時より更に落ち着いた雰囲気になっている。銀縁の眼鏡から覗く切れ長の瞳が何でも見透かしそうで少し怖い印象もある。
「そちらこそ、こんな時間に何をしているのですか?」
「なに、お前と一緒だ。編入生に学園の案内をしていた。紹介しよう、ゼノン・ベヘムだ」
そう紹介された生徒を見る。背の高いレヴァン先輩と並んでも見劣りしない事を考えると、彼もかなり背が高いようだ。しっかりとした体躯をしているが、顔立ちが中性的なためかレヴァンのように威圧感はない。長い黒髪を肩の位置で結び、右肩から毛先を垂らしている。アメジストの様な綺麗な紫の瞳が印象的だ。
「ゼノン・ベヘルです。生徒会のマリウス様ですよね?よろしくお願いします。そちらの方達をご紹介いただいてもよろしいですか?私と同じ転入生のようですので、できれば仲良くしたいのですが…」
そうゼノンにいわれ、マリウスは渋々という感じで俺達を紹介する。
「こちらは高等部から入学されるウィリアム・エインズワース様と、ティア・リヴィエ様です」
「ウィルって呼んでください。同じ編入生同士、仲良くしてくださいね」
「僕もティアって呼んでね!よろしくゼノン」
自己紹介を済ませた俺達の周りには尋常じゃない人だかりができており、食堂がパニック寸前になっていた。このままではまずいと、俺達は一旦部屋に帰る事にした。ゼノンもミース寮との事なので、道中少し話ができた。
「ゼノンはなんで高等部からの編入なの?」
「詳しくは話せないのですが、私はこの国の出身ではないのです。訳あって自国から出なければならず、この学院に留学生扱いで在籍することになりました。自国の問題が片付くまでという期限付きですが、仲良くしてくれると嬉しいです」
多くは語らないものの、ゼノンもかなり複雑な事情を抱えているようだ。しかし、留学生扱いで期限付きといっても、審査の厳しいこの学院に在籍を許されたという事は、どこかの国の王族だったりするのかもしれない。物腰も柔らかいし、佇まいも優雅だ。それなりの教育を受けてきたに違いない。
「どうしてレヴァン先輩が案内してたの?知り合い?」
「俺の父がゼノンの親と交流があってな。何度か顔を合わせた事がある。そういうお前達こそ、マリウスがウィルを迎えに行くのは分かるが、ティア?といったか、その生徒も案内しているとは思わなかったぞ。事前に回ってきた編入生の書類にその名前は無かったと思うが」
「ティアは急遽編入が決まったので、事前の書類が生徒会にまで回らなかったようです。ウィリアム様のご友人という事で、私が案内した方が効率がいいと思い私から提案したんです」
ティアの事を言われ、少しドキドキした。そうなのだ、ティアの書類が回って身辺調査をされるとかなり困る。勿論ここ数年どこにいたかも分からないだろうし、どう誤摩化したかは知らないが学歴も出てこないだろう。唯一の救いはエインズワースの推薦がある事と、ノエルの姓を名乗っているので出自がきちんと周りに見える事か。
「ウィルはどうして高等部からの編入なんですか?」
今度はゼノンがこちらに質問してくる。俺との身長差がかなりあるため、俺の顔を少し覗き込んでくる格好だ。
「えっと、俺、魔力が大きすぎて自分の力を自分で封印しちゃってたんだ。中等部の編入前にその封印が解けたんだけど、力が体に馴染むまではちゃんとした機関の元で様子を見た方が良いって言われて、入学を遅らせたんだ」
入学するにあたり、あまり精霊使いである事を公表しない方が良いとノエルに言われたため、考えた理由がこれだ。こう言っておけば特に突っ込まれる事も無いし、封印については個人差があるから入学を遅らせるような症状が出ていても怪しまれる事はない。
「そうなんだ…大変だったね」
そう言って、少し眉尻を下げて気遣ってくれるゼノンに少し心が痛む。というか…会ったときからずっと思ってたけど、ゼノンめちゃめちゃ美人!体格がいいから女性的な感じはそんなにしないんだけど、物腰が柔らかいし顔も綺麗だから包み込んでくれるような安心感がある。正直言おう、とても好みの顔だ!日本にいた時にハマったRPGで大好きだったヒロインキャラにそっくりなのだ!嫌いな訳がない!
どうにかゼノンと仲良くできないかと思っていると、一年生の階についた。
「ゼノンの部屋はこっちだ」
「ウィリアム様達の部屋はこちらですので、ここでお別れですね」
「ゼ、ゼノン…あの…」
「ウィル、ティア、同じ編入生同士、私と仲良くしてくれますか?」
もじもじしている俺の手とティアの手を取って、ゼノンが問いかけてくる。うう、顔が良すぎる…イケメンは正義…。今までいろんなイケメンに会ってきたから、耐性はついてきたと思うんだけどな、なんでだろう…。
「も、もちろん!」
「もちろん!よろしくね!」
二人でゼノンの手を握り返し、後日一緒に食事をする約束をして解散した。