ユリエルの気持ち
side:ユリエル
メディとレヴァンに見つかったときはヒヤリとした。
生徒会役員には高等部からの編入生のデータが渡されているが、今日学院にウィルが来るのを知っているのは限られた者だけだ。どこから情報が漏れたのか、誰が何の目的で情報を流したのかを調べなければならないと思うよりも先に、後ろのウィルをどうやって逃がすかを必死に考えていた。それなのに当の本人はあっさりと顔を見せたどころか、自己紹介までしたのである。頭を抱えずどうしろというのか。
「ユーリもマリウスも、ウィルと知り合いだったのか」
更に面白くないことに、メディはどうやらウィルを相当気に入ったらしい。先ほどから俺達とウィルの関係をしつこく聞いてくる。別にもう隠すことも無いのだが、やっぱり面白くなくて誤摩化している。
「親同士が仲がいいんだ。たいしたことは無い」
「羨ましい…」
心の声がだだ漏れなメディは悔しそうに唇を噛んでいる。その様子に少し優越感を感じながら、目線を外すと今度はレヴァンが口を開いた。
「”エインズワースの天使”…か」
久々に聞くその名前を、彼が知っていることに驚きだった。
「レヴァン、お前はそう言うことに興味がないんだと思っていたが」
「なに、貴重な体験だったと言いたかっただけさ」
普段は誰にも興味を示さないレヴァンが、ウィルに興味を示していることに胸がざわついた。
「ウィルに構うなよ」
「珍しいな、誰にも毅然とした態度のお前がそんなに感情を表に出すなんて」
「……うるさい」
にやりと笑うレヴァンの顔を消すように、目を閉じてウィルの姿を思い浮かべる。
それが、普通の感情ではないことに俺はもう気付いていた。
生徒会室に戻ると、机の上に紙飛行機が置いてあった。それを開くと一言だけ。
”中庭へ”
入学式までに返事が欲しいと言ったがあまり期待していなかった。
「立て続けにすまないが、少し出てくる。すぐ戻るから探さなくても平気だぞ。俺の分の仕事の割り振りはマリウスが決めてくれて構わない」
「また行くの!?もう!本当に勝手に決めちゃうからね!」
プリプリと起こるメディに軽く謝ると、中庭に向かった。
この学院の”中庭”というのは複数存在する。様々な棟で構成されている学院には広場や庭、棟と棟の間にあるスペースさえ中庭と呼ばれることもある。従って、誰にも見られたくない、見られても特定できない場所として”中庭”は最適な言葉なのである。
「思っていたより早い返事で驚いたな」
「こんな条件で俺たちに交渉してくる奴なんかこの学院でおまえぐらいだからな。話し合いも早いもんだ」
待ち合わせの”中庭”で待っていたのは、特別戦闘訓練生の中等部次期隊長であるヴォルフガング・ルーデンドルフだった。木の幹に寄りかかって木陰に佇んでいる彼は、俺と同い年であるのに魔法訓練が主な俺達とは違い既に完成された肉体をしている。体術や武器を使っての実戦訓練や戦術訓練が主の訓練生は総じてガタイが良く、醸し出す雰囲気も鋭い。
強い魔力を持つ者は貴族の出であることが多く、逆に訓練生は平民の出の者が多い。そのせいか、学院の中でも訓練生の扱いはそれほど良いとは言えない。しかし、卒業後はその関係が逆転することが少なくない。魔力が無くても軍に入り、魔獣や悪魔を倒したいという強い思いを持って入ってくる者がほとんどなので、上昇志向が強くどんどん成果を上げてのし上がって行く者が多い。そんな猛者が上に何人も居ると、下の者も動きやすく、また自分も上を目指してやろうという若者が増えるという良い循環ができている。
この訓練生の制度が始まった当初は反対する者も多くまともに学べる環境ではなかったというが、今では貴重な人材として軍でも重宝されている。それに伴い魔力の無い者、少ない者でも使える武器の開発も進んでおり、魔力運用の研究が飛躍的に進化した。研究者とのつながりも強固にした訓練生の輪は確実に強固に、大きくなっていて、このまま行けば間違いなく大きな組織のひとつになるだろう。しかしそれに気付いて動いている大人はいても、学生には届いていない。学院ではまだまだ両者には溝があり、中々協力しあえないのが現状だ。
「で、話し合いの結果は?」
「…受け入れる。だがあくまでも関係は対等だ。これだけは譲れない」
「勿論。こちらにもメリットのある話なんだ、良い関係を構築したい」
「その言葉、良く覚えておくぞ」
藍色の髪をなびかせながら鋭い視線を送るヴォルフガングは綺麗な見た目に反し、えげつない戦術と的確な戦闘から高等部の訓練生からも一目置かれている。大柄な訓練生の中でそれほど大きくないヴォルフガングがこの地位まで上り詰めるのがどれだけ大変か、分かっているつもりではあるが彼はそれを一切感じさせなかった。
「顔合わせの席はこちらで用意する。そのときに試作品を試してもらいたい。そこで全面的に賛成していない者もこちらに引き寄せる。協力を頼むぞ」
「分かった。反対意見を終盤まで変えなかった奴らを中心に集めておくが、そこから先はお前らに任せるしかない。せいぜい頑張るんだな」
そう言いながらヴォルフガングは去って行った。彼はあくまで仲介をしているだけ。勿論、協力的ではあるがまだ味方ではない。だが彼を味方にすれば訓練生のすべてが高等部に入る頃には手に入ることになる。自分の手の届く範囲を増やすことが、今の俺の目的でありできること。全てはウィルのため。ただそれだけが、俺の今の原動力だった。