遭遇
昼食も食べ終え、食後のお茶を飲んでしばらくのんびりと過ごしていたが、生徒会の仕事があると言ってユーリとマリウスが退席するというので、生徒会室がある校舎に通じる扉の手前まで見送ることにした。虎太郎は熟睡していたので置いてきた。
「じゃあ、高等部まで暫くお別れだね」
「ウィリアム様、お体にお気をつけて…何かあれば必ず駆けつけますから…!」
「大袈裟だよ…それに学院からは出られないだろ。でもありがとう、マリウスも元気でね。体を鍛えて沢山食べて男らしくなって、学院の奴らにマリウスは格好いいんだぞ!て思い知らせてやるんだぞ」
「はい!成長した姿をウィリアム様にお見せできるよう精進します!」
そう言って笑う、まだ幼さの残る可愛いマリウスの顔も次に遭うときには逞しく成長しているのかと思うと、無性に寂しくなって自分からさよならのハグをした。マリウスは驚いてあたふたしていたけど、最後には俺のことを優しく抱きしめ返してくれた。こうして見るとマリウスの成長がよくわかる。いつも父様とこうやって挨拶するから大人と子どもの差をまだまだ感じるが、俺と違って骨格がしっかりとしていて立派な軍人になるんだろうなと想像できた。
「ユーリも元気でね」
「……」
「ユーリ?」
マリウスと離れると、ユーリにも別れの言葉を告げた。しかし反応が無く、怪訝に思い顔を覗き込むと腕を掴まれてユーリの方に引っ張られた。
「わっ!」
勢い良くユーリの方に倒れ込んだが、それを軽々と受け止められた。
「ユーリ…?」
身長差的にユーリの胸元に顔を埋める形になってしまい、ユーリの顔を見ることができない。いつもは軽口を叩いて明るく送り出してくれるユーリがこんなことをするとは思わず、少しドキッとした。
「…この学院でウィルが安心して暮らせるよう、俺は全力を尽くす。だから安心して入学してこい」
「……ありがとう、ユーリ…」
俺を抱きしめるユーリの力があまりにも強くて、その声が懇願しているように聞こえて、俺は本当に良い仲間に囲まれていると実感した。
「僕、二人みたいな友達に恵まれて本当に幸せ者だな」
ユーリから離れてそう二人に言うと、複雑そうな顔をされた。
「まあ…今は友達って言うことにしといてやるよ」
「…?お、おう…」
友達じゃ不足だったか…?家族とでも言っておいた方が良かったか?幼馴染みとか?不思議そうにする俺を見て二人は笑ったので、深くは考えなかった。
今度こそさよならだと扉を開けようとすると、マリウスがドアノブに手をかけるより先に扉が開いた。とっさにユーリが俺を後ろに隠してくれたので、扉の向こうから現れた人物を俺が見ることはなかった。
「もう!こんなところに居た!全然戻ってこないから、仕事の割り振りとか決められなくて困ってたんだぞ!」
どうやら二人を捜しにきた生徒会の人のようだ。この声と喋り方から、壇上で挨拶をしていたピンク色の髪の人だろう。
「今から帰るところだったんだ。それより誰にこの場所を聞いたんだ」
「誰って…誰だっけレヴァン」
「会長だ。教授棟に居るからそろそろ呼んできてほしいと言われて俺たちが迎えにきた」
「会長が…?」
「会長も貴方達の居場所については誰かに教えられたようだったから、誰からの情報なのかは俺たちには分からない。それがどうかしたか?」
「いや、何でもない」
ユーリが俺を隠した理由は何となく分かるが、どうせ高等部に入学すれば先輩になるのだ。まあ、今でも学院に在籍している俺にとっては既に先輩だ。隠れる必要があるのだろうかと疑問に思い、ユーリの体から少しだけ目の前の生徒会の二人を覗いた。
「ていうか、ユーリの後ろに居るのって誰なの?」
メディが興味津々にこちらを覗いてくるので、俺はまた引っ込んだ。引っ込んでから思ったが、先輩には挨拶した方が良いのか?いやでも俺がここに居ること自体秘密なのに、挨拶して自己紹介とかダメじゃないか?ぐるぐる考えているとユーリがフォローしてくれる。
「生徒会にも書類が回ってきていただろう。高等部からの入学になる中の一人だ。知り合いだったから理事長が気を利かせて少し話す時間をくれたんだ。書類を見ているお前らだから話すが、このことは機密事項だからな。こいつのことは見なかったことにしろ」
「な、なにそれ…ていうかその書類なら俺も見たよ。高等部からの編入って二人しかいないじゃん。しかも一人はこの国に居ないんだから自動的にエインズワースの嫡男でしょ。見なかったことにって…意味分かんないよ」
拗ねたように口を尖らせるメディは生徒会の仲間に、暗にお前には関係ないと言われたような気がして面白くなさげだ。なんだか俺のせいで生徒会内で揉めているような気がして気が咎める。正体もばれているなら俺がこうして隠れている意味も無いんじゃないかと思う。このまま挨拶しなければ、第一印象が最悪な出会いになってしまうのではないか、先輩にあたる人達とは仲良くしなければならないのではないかという日本の学生時代の習性が働いた俺はユーリのは背後から出た。そのままメディの前に立った。
「先輩方初めまして。ウィリアム・エインズワースです。高等部からの入学になりますが、仲良くしてくださると嬉しいです」
初めが肝心だろうと思い、笑顔でお辞儀をするとメディは顔を真っ赤にした。
「えっ!?あ、あの…は、初めまして…メディ・カナール…です…」
「入学式を拝見したので知っていますよ。カナール先輩もユーリとマリウスと同じ生徒会なんですよね。生徒の代表なんてすごいですね」
「そ、そんなことは…あはは…」
「デュカキス先輩もよろしくお願いします」
「ああ。生徒会と言ってもそんなたいしたことはないから、何かあったらいつでも相談しに来てくれてかまわない」
第一印象を良くしようと言う俺の作戦は成功したようだ。一方、ご満悦の俺とは違いユーリとマリウスは頭を抱えていた。
「俺は大佐になんて報告すれば良いんだ…想像しただけで恐ろしい…」
「ウィリアム様…」
え、そんなに?だって正体ばれてるのに隠れてる必要ないよね…?
「なんか…ごめん……」
しゅんとした俺を見て、放心していたメディが慌ててフォローする。
「いやいや!俺達こそ、待ちきれずにこんなところまで迎えにきちゃったし…ごめん…」
メディも萎んでしまうと、ユーリがため息をついて俺の頭を撫でた。
「まあ、こうなったら仕方ない。相手が生徒会役員だっただけマシだろう。それより、ここで話し込んでいるとランスロットあたりが来て大騒ぎになる可能性がある。早いところ退散しよう」
「えっ、うん…」
メディは名残惜しそうに俺のことをちらちらと見てくる。それは見た目も相まって小動物さながらだ。
「カナール先輩、僕が入学した時はぜひ沢山お喋りしましょうね」
「!…う、うん!楽しみにしてる!あと、カナール先輩じゃなくてメディって呼んでよ!」
「はい、メディ先輩。じゃあ俺のこともウィルでお願いします。また今度お会いしましょう」
見る見るうちに元気になるメディがおかしくて少し笑ってしまった。さらに赤くなったメディは最後に俺と握手して別れた。もう一人のレヴァンにも目を向けると、彼も笑顔で手を差し出してきた。
「俺のこともレヴァンでいい。ウィリアム、君が入学してくるのを楽しみに待ってるよ」
「僕のこともウィルって呼んでください。よろしくお願いします、レヴァン先輩」
そう言いながらレヴァンとも握手をし、四人と別れようとしたとき寒気がした。誰かに見られているような、覗かれているような、そんな薄気味悪い気配だ。心配させてはいけないと四人を自然に見送ると、その気配も無くなった。
学院の警備を強化することに対して大袈裟だなあぐらいにしか思っていなかった俺だが、自分の身の危うさを再確認した。俺は急いでテラスに帰り、何でもない風を装い学院を後にした。