昼食
一部加筆しました
父様の策略で久しぶりに会ったユーリとマリウスは、入学式で見た成長した姿ではなく俺の知っている二人だった。冷たい印象を受けた先ほどとは違い、話してみると昔と変わらず接することができた。
「ところで、その白い毛玉はなんだ?」
せっかくのいい天気だからと、外の見えるテラスに案内してくれた理事長に続いて歩きながら二人と近況報告をしていた。
「毛玉じゃなくて虎太郎だよ。僕と契約した精霊なんだ」
「コタロウ…?変わった名前だな…」
「コタロウ様…とっても綺麗な毛並みですね」
「ありがとう!マリウスはやっぱり分かってくれた」
褒めてくれたマリウスには虎太郎の毛並みを味あわせてやろう。腕に抱いていた虎太郎を差し出すと、マリウスはおずおずと撫でた。美青年と小動物の交流はそれだけで絵になり、普段は落ち着いているマリウスの年相応な顔が可愛かったので背伸びして彼の頭を撫でた。マリウスは困ったように暫く視線を彷徨わせていたが、最後にははにかんだような笑顔で笑ってくれた。こんな子がむっさい男だらけの学院に居るのかと思うと心配だ。撫でているとむっとした顔のユーリに後ろから頭を軽くチョップされた。なんだ、お前も混ざりたいのか。
俺の非難めいた目線を気にもせず、ユーリは話題を変えた。
「それにしても、なんつー警備つけてんだよ。ステルス専門の人員が当たるのは分かるけど、リヴィエ大尉まで…」
「さっき挨拶した時もそうだったけど、二人ともノエルに緊張しすぎじゃない?」
「お前なあ…俺たちは卒業したら軍に入るんだぞ。あの人は事実上の上司。緊張するのは当たり前だろ」
「そんなこと言ったら父様だってそうじゃないか」
「まあ…家族ぐるみの付き合いだしそこら辺は今更だろ。それ以外にも緊張する理由があるしな」
「理由…?」
ユーリは少し後ろを歩くノエルをちらっと見ると、小声で教えてくれた。
「リヴィエ大尉には双子の弟がいたんだ」
「えっ、そんなこと初めて聞いた…」
「当たり前だ。誰もその話には触れないからな。大尉の弟も精霊使いで二人とも優秀だったから、双子も相まって国からの期待もすごかったんだ。でも、その二人を狙って学院内に悪魔が侵入し多数の死傷者を出す大きな事件があって、大尉の弟はそのとき犠牲になった。それから大尉は卒業後この学院に現れたことは無い。それがお前の護衛としてだとしてもこの学院に現れたんだ。緊張しない方がおかしいだろ」
「そんなことが…」
随分一緒に居るのに、そんな話聞いたことも無かった。あの屋敷に住んでいるみんなに大変な過去があるように、ノエルにも過去があった。それを知らなかった事実より、俺以外がそのことを知っていることが少し寂しかった。
テラスにつくと、丸くて白いテーブルが三個と椅子が用意されてあった。
「大人は大人で話すことがあるから、ウィルは二人と学院の様子や最近の出来事を沢山話しておいで。また暫く会えない日が続くから、思う存分ね」
そうウィンクすると、父様は理事長とルーを連れて一番右端のテーブルに座ってしまった。ランスロットに促されて、俺とユーリとマリウスは真ん中のテーブルについた。食事が必要ない虎太郎は俺の足元でお昼寝をすることにしたらしく、丸まっている。ドアに一番近いテーブルにランスロットとハイナー、なぜかノエルもそこに座った。
案内されたテラスは教授棟の中央に位置する。この建物は他の棟から離れたところにあるので、眼下にはよく手入れされた花畑が広がっているのみでその先は森しか無い。テラスと言っても、特殊なガラスで覆われているので天候や季節に関係なくお茶や昼食の場所として教師陣に人気だと理事長が話してくれた。
前菜が運ばれてくると、各々テーブルごとに会話が始まった。
「二人とも生徒会任命おめでとう。さっきの入学式見てたけど、生徒会ってあんなに人気なんだね」
「全員が人気って訳でもないさ。レヴァンやメディは純粋に人気者だが、俺なんかは父の関係もあってやっかんでくる奴らも多い。今の生徒会長が前会長の弟で、そのお兄さんがすごく人気だったからそのままの雰囲気が続いてるのもあるんだろうな」
「二人以外の生徒会の人達ともいつかお話ししてみたいな」
「高等部になってウィルが入学してくれば話す機会もあるだろう」
「はあ…ますます早く入学したくなってきた」
交友関係が制限される生活では友達などできるはずもなく、精霊や特別研究室のみんなと暮らしているといっても学院生活の、友達や先生と普通の学生生活にものすごく憧れる。ため息をついてメインのパスタをフォークでくるくるしていると、マリウスが慰めてくれた。
「ウィリアム様なら、高等部からでも沢山の友人ができますよ」
「だといいけど…」
「友達ができなかったらその時は俺たちが遊んでやるよ」
揶揄い半分でそういうユーリに少しむっとして、入学式で言おうと思っていたことをぶつけた。
「そんなこと言って、ユーリだって入学式であんなに愛想が無かったじゃん。友達がいないのはそっちの方なんじゃないの」
ふふんと笑いながらユーリを見るが、馬鹿にされたように見返された。
「仮にも生徒会役員なんだぞ、人望に厚いに決まってるだろ。あの場は毅然とした態度を取ることが大事なんだよ、愛想が無いんじゃなくて」
「ぐっ…」
「ウィリアム様、ユリエル様は敵も多いですがそれだけ人気のある方なのです」
「当然だ」
完敗だ…入学したら絶対友達を沢山作ってやる…!
「じゃあマリウスもいつもは愛想がいいの?入学式の時は無表情すぎてちょっと怖かったよ」
「そ、それは…」
目線を泳がせるマリウスに、ユーリが追い打ちをかけた。
「マリウスはいつもあんな感じだぞ。こいつの場合、むやみに愛想を振りまくと襲いかかってくる輩が後を絶たないからな」
「ゆ、ユリエル様!」
「は…あ、そう言うこと…」
「…一年生の時に何度か危険な目に遭いましたので、友人作りに少し慎重になっただけです」
観念したように言うマリウスに美人は大変だなあと思う。でも、もう数年したら男っぽくなってそういう心配も無くなるんじゃないかな。
「マリウスはアルバートみたいに男前で格好良くなると思うから、そんなに落ち込まなくても良いと思うよ。背が伸びて体を鍛えれば、襲おうなんて思う奴もいなくなるよ」
「あ、ありがとうございます」
そう言って顔を赤くしながら笑うマリウスはやっぱりまだ可愛くて、これが数年したらこっちが赤面してしまうような色男になってしまうんだろうなと思うとそれも名残惜しくて、けどやっぱりこの二人と送れる学院生活が楽しみでしょうがなかった。