転生の意味
「では、この魔法具を持ってこの上に片手を置いてください。そのまま契約をしたいという意思を心の中で訴えて、返事を待ってください。契約については精霊自身が教えてくれるはずですから、身を任せていれば大丈夫ですよ」
「わかりました」
「それでは、私達は少し離れたところで見守っています」
テオが離れ、俺は広い練習場の真ん中に一人で立った。本の上に右手を乗せ、目を瞑る。深呼吸をしてから呼びかける。
(えっと…、こんにちは。ウィリアムといいます。俺と契約してくれる…いや違うな、家族みたいな、親友になってくれる方を探しています。俺は何もあげられるようなものないし、まだまだ未熟だけど、君達と絆を作りたい。一緒に、生きていきたい…!)
そう強く願った時、本が光り始めた。最初はぼんやりと灯りがついたような優しい光だったのが、段々強い光に変わり、俺はそのまま光に包まれた。
ふ、と回りの音が消えた。静か、という感じではなく、無音という表現の合う静寂だった。おそるおそる目を開けると、真っ白な空間の中、俺の前に人が佇んでいた。
「あの…」
俺が声をかけると、その人はにこりと笑い俺の頬を優しく撫でた。
白に近い長い髪に金色の瞳、男性のような、女性のような、不思議な印象の人だ。身にまとっている布がゆらゆらと揺れて、さらに神秘的な存在感がある。
「初めまして、みづき」
「!」
この世界に来てから久しく呼ばれない名前、俺の本当の名前、もう誰も呼んでくれないのではないかと思っていた名前を呼ばれ、思い出した。俺は、「俺」だったと。
「ど、うして…その名前を…」
そう、やっとのことで問いかけるとその人は困ったように少し笑った。
「みづき、貴方には多くの辛さを背負わせてしまいました。全ては私達の我がままが原因なのです」
「それって…」
「少し、昔話を聞いていただけますか」
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この世界が作られて間もない頃、魔物と精霊、そして人間は共存していた。
魔物は自らの王に忠誠を誓い、帝国を創った。精霊は人間を友とし、人間も精霊と共に生き世界は平和を保っていた。
しかし精霊と魔物は相容れず、時が経つに連れて魔物が人間を襲いその魂を食べるようになった。人間の汚れの無い魂で、力を上げようとしたのである。
それに人間は対抗した。
人間だけでは太刀打ちできず、一部の人間は精霊の力を悪用する形で魔物と戦った。
仲間の力を、望まない方法で使う人間達を見て、精霊達は人間から離れていった。人間と魔物はお互いに数を減らし合い、精霊達はいつしか人間の目に映らなくなっていった。汚れの無かった人間の魂は、精霊達の血に染まっていたからである。
それでも人間を捨てきれない一部の力の強い精霊達が力を合わせ、人間と魔物の住む世界を分けた。魔物は魔物、人間は人間、そうすればもう争いは起こらないと考えたから。
精霊達の力によって大きく分けられた世界、そこに長い年月を経てその境界線にほころびができ始めた。
しかしそれを直す術を、人間も魔物も知らない。スポットを直す術を知っているのは、世界を分けた精霊だけ———。
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「世界を分けたって…そんなこと…なんで俺に…」
「この話は、人間も魔物も、精霊でさえも知る人はもうほとんどおりません。それほどまでに遠い、遠い昔の話なのです。それを今みづきにお話しするのは、貴方が、私達の愛した汚れのない魂を持った数少ない人間だから。世界を分ける際、精霊は愛した人達を別の次元に送りました。世界がまた平和を保てなくなった時に、私達の声を聞き届けてくれる人を守るために」
辛そうな顔で話してくれるその人は俺の手を取り、優しく握った。
「契約しなくても精霊が見える人はみんな、元はここの人間で、違う次元から戻ってきたってこと…?」
「そうです。みづきは唯一違う次元で過ごした日々を覚えている魂なのです」
「それって、何か関係あるの?」
「この世界の常識を、全て受け入れていない貴方だからこそ、魔物でも、精霊でも、人間でもない、この世界でみづきだけの視点で皆を導けると信じています。いえ、貴方でなくては意味が無いのです」
そう言って笑いかけるその人の手は温かくて、この世界に来た意味を知った俺の未来も明るくなったような気がした。