新しい先生
この屋敷で暮らすようになってから、三度目の春が来た。
「ウィル!腰が高いぞ!もっと重心を落とせ!」
「はい!」
苦手な体術の訓練も、最近やっとルドルフに褒めてもらえるようになった。
「うん、今日はここまでにしよう。最近調子がいいな、ウィル」
「はい、ありがとうございました」
汗を拭ってシャワーを浴びた。髪をタオルで拭きながら広間に向かうと、ティアがお茶を用意して待っていた。同じタイミングで稽古を終えたルドルフはもう席についている。
「さ、座って座って!今日のお菓子はミーナが街で買ってきてくれたいちごのケーキだよ!」
ティアに背を押され席に座った。あれから俺は背が伸び、ティアよりも頭ひとつ大きくなった。ちなみにティアはあれから成長していない。自分の姿を固定しているというのは本当らしい。
「お兄様!」
「ルー!」
ランスロットに連れられてルーが広間にやってきた。
「ルー、来るのは明日じゃなかった?」
「ミーナがケーキを買ってきたからみんなで食べようって、ティアが教えてくれたの!」
「ちょうど休憩中でしたので、お邪魔させていただきました」
「いつもありがとう、ランスロット」
早速みんなでケーキをいただいた。エインズワースの屋敷では同じ席に着かないランスロットも、ティアに押し切られて今日はルーの隣に座っている。
「美味しい!お兄様、このケーキ美味しいね」
「ほんとだ…スポンジもふわふわで、いちごも新鮮だね。これ、いつものとこ?」
「いいえ、最近できたばかりのお店なの。いつもは人がすごくて買えないんだけど、今日はたまたま開店の時間に居合わせて人が少なかったから、買ってみたの。でも、評判通りのおいしいケーキね」
「ランスロット、今度僕たちも買いにいってみよう!」
「ルシアン様が出向かなくても、私どもで買って参りますよ」
「んーん、僕も直接お店のケーキ見に行きたい!僕が選んだケーキをみんなで食べよ」
「ルーの選んだケーキ、楽しみにしてるな」
「うんっ」
ルーも七歳になり背も伸びた。といっても、俺も伸びているので、あまり大きくなったという実感を得ることは少ないが、ティアと背が同じくらいになってると気付いたときはかなり驚いたのを覚えている。
「そう言えば、ルーも魔力測定したんだって?どうだった?」
「あっ、それをお兄様に話そうと思ってたの…ケーキで忘れちゃってた…あぅ…」
大きくなっても中身はそんなに変わっていないようで、まだまだ甘えたがりだ。
しかし、勉強の方面では天才ぶりを発揮しているらしく、魔法学院が運営する選ばれた者だけが入学を許可される初等部に勧誘されたと父様が教えてくれた。魔法学院の一般的な入学は中等部からだが、運営側が選んだ優秀な者だけが初等部から高度な魔法を学べる。初等部から居る者は他の者より早くスタートが切れるほか、高等部までの授業料以外の諸経費を全て国で負担してもらえる。
授業料が含まれていないのは、魔力のある者の入学を義務づけたときに、魔法学院は授業料の無償化を制定したからである。貴族であっても、平民であっても、魔力のある者は国の宝であるという考えのもと、学院の運営費は国がまかなっている。一部、貴族や有力者達の寄付も有り、学院の運営は国ぐるみの養成機関となっている。
話がそれたが、その初等部に勧誘されるだけでもすごいことである。。魔法学院に入学を認められる一定の魔力を持つ者自体が、魔力保持者全体の四割である。しかし、その勧誘を受けられるのはその四割の中のさらに一握りのごくわずかな者だけだ。
それだけすごいところからの勧誘を、父様は一も二もなく断った。
ルーにはのびのびと過ごしてほしい、初等部で行うような教育はこちらでもできるとかなんとか言っていたが周りが納得せず、しびれを切らした父様は夜会にルーを連れて行き、運営幹部の目の前でルー自身に判断を任せたのだ。その時ルーが何を言ったのかはわからないが、父様が大笑いしながらその話を聞かせてくれたので、ルーの天然ぶりが炸裂したんだろうと思う。その一件で運営側は諦めたらしい。
その話は瞬く間に広がり、ルーは逆の意味で注目を浴びているらしい。
「あのね、僕は、風と〜闇と〜光の因子があったの!すごい?すごい?」
「三つも適正があったのか!すごいじゃないかルー!」
「えへへ、お兄様とお揃いがいいな〜って思ってたから嬉しい!」
「そうだな、光の因子があるってことは、同じ魔法が使えるようになるかもな」
「僕がんばる!」
どうやら弟は魔法の才能もあったらしい。兄として鼻が高いぞ。
ルーと話していると、ティアが何かに気付いた。
「どうやら君たちのお父様も来たみたいだよ」
そう言い終えた瞬間に広間の扉が開いた。
「父様、どうかしたの?」
そこに居たのは父様とアルバート、それと見たことのある男性が立っていた。白く長い髪。長身だが細身でスラッとしている。昔、夜会で会ったあの人だった。
「やあ、みんな。本当は明日紹介するつもりだったんだけど、ちょうど良く全員集まっていると聞いてね。お邪魔するよ」
「紹介…って、その方ですか?」
「そうだよ。ウィルもルーも会ったことがあるよね。魔法学院の卒業生で、今は学院で光魔法を教えているテオドールだよ。ウィルの講師に着いてもらう予定だ。こっちの屋敷にもこれから頻繁に通うようになると思うから、研究機関の方々にも顔を覚えてもらいたくて」
「テオドール・ベクレルです。テオ、とお呼びください。お久しぶりです、ウィル、それにルシアン様。初めまして研究室の皆様、これからよろしくお願い致します」
あの時から比べると少し男性っぽく成長したテオだが、中性的な美貌は健在だ。彼がにこりと笑うと華が咲いたようである。
「ああっ、しばらくお目にかかることがきず、ウィルの美しい成長過程を見逃したのは人生で最大の心残りです。ますますトリシア様に似てお美しくなって…ウィルの講師につけるなんてまるで夢のようです!しかも特別研究室の者しか立ち入ることのできない施設に入れて、しかもルシアン様や精霊使いの方々にまでお会いできるだなんて…一生分の幸運を使い果たしてしまったのではないかと、毎日朝起きて自分の頬を摘んでいるくらいです」
放っておくといつまでも喋り続けそうなテオに、アーサーは少し困り顔だ。
「研究者としては一流なんだけどね。まあ、一流の研究者ってのは往々にして変人が多いから」
「テオ…?」
「ああ、ルーは覚えてないか。昔夜会で会ったことがあるんだよ」
「ルシアン様は相変わらずお可愛らしいですね、困ったことがあれば、いつでも呼んでください」
「うんっ、僕のこともルーでいいよ?」
テオは今度こそ床に崩れ落ちた。
次の投稿までまた少し時間が空くかと思いますが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。