安全地帯 3
その数日後、お茶の時間に約束の人物がドアから出てきた。
「久しぶり、マリウス。ユーリ」
「…っ、ウィリアム様…」
「元気そうで良かった、ウィル」
マリウスは涙目で、ユーリはしかめっ面の様な、安心したような顔で俺のことを迎えてくれた。二人に抱きついて、心配かけてごめん、とささやいた。マリウスは戸惑いながらも、ユーリは強く俺の背中に手を回し、存在を確かめ合った。俺は本当に、沢山の人に心配をかけてしまったんだと強く感じた。
二人と再会した後、少し遅れてルーがやってきた。おそらくランスロットあたりが気を使ってくれたのだろう。また四人でお茶ができるとあって、ルーは少し興奮気味だった。
庭を眺められるテラスでお茶にすることにした。お菓子やお茶の用意はルドルフがセッティングしてくれた。白い丸テーブルには精霊達が持ってきたのであろう花が中心に飾ってあり、大量のクッキーやマフィンなどが美しく配置されていた。
「ありがとうルドルフ、とっても美味しそう」
「気にするな、アマリアの分に作ったお菓子のついでだ」
「とってもおいしそう!ありがとうるどりゅふさん!」
「…ルドでいいぞルシアン」
「じゃあぼくのこともるーってよんでね、るど!」
ああ、ルーは今日も可愛い、なんだよるどりゅふって、まだちょっとラ行が苦手なんだよな。ルーは思いのほかこの屋敷に馴染んでいて、みんなから可愛がられている。
「ウィル、失礼だがこの方は…」
ユーリもマリウスも少し困惑気味だ。
「この人はルドルフ、僕に体術を教えてくれてるんだ。他にもこの屋敷にはいろんな人がいて、僕の訓練に付き合ってくれてるんだ」
「紹介が遅れてすまない、ルドルフだ、これからよろしく頼む」
「ユリエル・ブラウニングです。よろしくお願いします」
「マリウス・ビーンです。ウィリアム様に使えています。今度からお茶のセッティングのお手伝いしますので、何なりとお申し付けください」
マリウスの申し出に、ルドルフは頭を掻いた。
「マリウス、この屋敷に使用人はいない。みんなそういうお堅いのが苦手なんだ。お前の仕事はわかっているが、ここにいる間はそういう堅いのは抜きだ。俺は好きでやってんだ、手伝いはいらないから貴重な友人達との時間を楽しめ」
「…わかりました」
少し不満げなマリウスの頭をルドルフはわしゃわしゃとなで回した。
「そう拗ねるな、今日はお前らにとって大事な時間だ。今日くらいはゆっくり四人で過ごす時間を楽しんでほしいだけさ。それに、何も仕事をするなとは言ってない。仕事としてではなく、手伝いたいならいつでも大歓迎だぜ」
「…!はいっ、ありがとうございます」
「ルーもおてつだいするよ?」
「おう、今度お菓子作りでもするか?」
「お菓子!作ってみたい!」
「じゃあ今度みんなで作ろうな」
「うんっ」
ルドルフはそれだけ言うと、アマリアの様子を見に行くと言って行ってしまった。
それから俺たちは、会えなかった間のことを沢山話した。ユーリは練習していた溶岩系の魔法を習得したと教えてくれた。魔法学院の中等部卒業レベルの難易度を習得できたことで、ローランドに本格的に弟子入りをすることになったらしい。ローランドってそんなにすごい人なのかと言うと、ひどく驚かれた。
「お前、知らずにあの人のもとで訓練を受けていたのか…」
「父様に聞いてもあまり詳しいことは教えてくれなくて」
「ローランド・ブランデル少将は父様と同じ年に魔法学校を卒業したが、その後史上最速で少将まで上り詰めた人だ。随分前に悪魔との応戦中に大怪我を負って軍を辞めたんだ。これは聞いた話だが、そのときに多数の死者を出してしまって、その責任を取る意味合いもあったんだと思う。若い上司ってのが気にいらないやつは大勢いるからな。まあ本当のところは本人にしかわからないが」
「そんなすごい人だったんだ…」
「師匠はその頃のことを話したがらないから、知ることはできないけどな」
「そうなんだ…マリウスは?マリウスも稽古つけてもらってるんだろ」
「はい、私も氷系の魔法は習得しまして、それをフィールド上に展開する魔法を開発しています」
今日はマリウスもイスに座っている。いつもより距離が近くて嬉しい。
「開発?術を錬成しているの?」
「はい、私はお二人に比べると魔力量も普通ですし、高度な術を連続して使えるような技術もありません。ですから、自分に合わせた術の開発や真法具の開発に力を入れています」
「す、すごいな…」
「開発については父が詳しいので、今習っているところです」
アルバートにそんな技術があったとは。知らなかった。
「すごいなマリウス、完成したらぜひ見せてくれ」
「はい!ウィリアム様の期待に添えるよう、全力で頑張ります!」
マリウスが魔法具作れるようになったら作って貰おう、魔法具って格好いいよな、あっちの世界じゃゲームの中でしかお目にかからなかったからぜひ俺も使ってみたい。
「るーはねえ、こないだおにわでおはなつんだのっ、そのおはなをまりうすにりぼんではなたばにしてもらって、とうさまにぷれぜんとしたの」
えへへ、と少し照れたように笑うルーが可愛くて、頭を撫でた。
「お仕事で会えない旦那様に、ルシアン様がプレゼントととして机の上に手書きのお手紙と花束を置いたんです。旦那様は大層お喜びでした。ルシアン様からの花束を魔法で保存してガラスケースにいれていましたから」
「それは…なんというか…」
親バカ、というやつだな。
そんな話をしていると、ティアがやってきた。
「初めまして、ティアです!よろしくね。ねえねえルー、僕とお庭で遊ぼう?」
「うん?いいよ!」
ティアはそういってルーの手を引いた。僕の横を通り過ぎる時、
「君のこと、ちゃんと話した方が良いと思うよ。君からの方が受け入れやすいだろうって、ノエルが」
「…わかった」
ティアとルーはそのまま庭に行ってしまった。そして、僕は二人に向き合った。
「そんな…まさかウィルが…」
「…」
予想通り、二人とも少なからず衝撃を受けたようだ。
「だからこれからは、前のようにユーリの庭に行ったりすることもできないし、マリウスにお茶を入れてもらうこともできそうに無いんだ…。僕が強くなるまで、待っていてほしい」
決意を込めて二人に頼んだ。二人は柔らかく答えてくれた。
「お前が強くなる前に、俺が強くなってやるよ。逆にお前が待ってろ。お前らを守れるくらい強くなってやるから」
「ユーリ…」
「私も、実力をつけます。大切な人達のために」
「マリウス…ありがとう…」
その後、ルーが遊び疲れて眠ってしまったとティアがおんぶして連れてきた。前日の夜からあまり眠れていなかったみたいだ。
「じゃあ俺たちもそろそろ帰るか」
「もうそんな時間か…また来てね」
「ああ、近いうちにまた来る」
そう言って、三人はドアの先に消えていった。
後日、あの後すぐに目を覚ましたルーが、俺の姿が見えないとぐずって屋敷中大慌てだったと聞かされた。