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そして未来へ

 ずっと真っすぐに続いている通路をひたすら歩き、ひたすら過去のことを思い出していた。小学校で虐めにあったこと。転校していく友達との別れに泣きじゃくったこと。登校拒否に陥ったこと。うつ病であり自立神経失調症だと診断されたこと。高望みといえたあの娘への初心うぶな恋心。はじめて親友と思える友人達に出会えたこと。一途にプラトニックな片思いを貫き通したこと。思いもしない人から貰ったラブレター。夢中になって描いた何百枚という絵。全てはわたしが選びとってきたものであり、それを自由と思わずに、幾つかの事には不平不満を感じていたものだ。しかし、それは紛れもなくわたしが自由から選んだ結果だったのだ。誰かのせいにして納得できるものなど、何一つなかったのだ。

 歩きに歩いた、ただただ思い出してひたぶるにわたしは歩いた。女に注文する食事や入浴の間隔、必要な日用品も控え目になっていた。もう贅沢をしたいとは思えなくなっていたのだ。不快感が高まらない限り着替えすらすることなく歩き続けた。体力をつけるために、記憶力を維持するために、枕を持って歩いたりもした。そうして過ぎてゆく日々は早かった。入口をくぐってから一年十か月を過ぎたころ、時計の電池が切れて止まったことには参ったが、それでも挫けることはなかった。その頃のわたしは、抱えきれないほど勝ち取った過去の自由を運びながら、もう先のことを考えていたのだ。

 このツアーは決して甘くない。この通路に入ってからの一年は、現在を知るチャンスだったのだ。であれば、今歩んでいるのは過去を知るチャンスなのだ。ということは――。そして何よりもわたしは、二年目に歩いた通路のあちこちで眼にしたものから、あることに気づきはじめていたのだ。

 わたしがそうしたことを確信したとき、チェックポイントが見えてきた。

「やはりそうか。このノートパソコンは入口にあったものそのものってことか……間違いない」

 床に残っている足跡や汚れは、一年前にわたし自身が残したものであることを確認したとき、あらゆる恐れや不安が消え去っていくのがわかった。

 円形通路というわけだな。直線に見えた通路は、実は円弧だったということだ。しかしそれは人間の目では認識できないほど穏やかなカーブだったというわけか。

 絡まり合い霧に遮られていたものが、解け、晴れてゆくのがわかった。

 それからわたしは一週間ほどかけて、過去に勝ち取った自由をパソコンに入力し終えると、また歩き出した。

「さあ行こう。こんどは未来だ。どんな未来をお望みだ? これは楽しい旅になりそうだ。ここを出てからやりたいことを列挙しろと言うならば、それはた易いものだ。さあ行こう、行こうじゃないか!」

 こうしてわたしは、三年という年月を費やして、三十六万歩の旅を終えたのだ。後で知ったことだが、私が歩いた距離は八万キロを超えていたという。つまり、入口で見た宇宙から大地へ降り立ったと言えたし、はたまた岩漿が煮えたぎる地底から地上へと舞い戻ったとも言える。そしてそれはまた、地球の赤道を二周分歩き切ったとも言えるのだった。結局のところ、どこへ向かおうと、どれだけ歩こうと、わたしはわたしでしかなかったのだ。

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