超密着でごわんす
「も……桃菜が行方不明!?」
現在、桃菜のクラスは大パニックになっていた。
「みんな静かに!」
担任教師がなんとか場を沈めさせ、警察の取り調べが始まった。
「まず最初に、昨日の伊吹さんの様子でおかしかった事はありませんでしたか?」
警察の問いかけに、和也が答えた。
「ありました。なんか教室で一人で猫の仮装してました。そのネコミミを触ってたら、急に俺の事突き飛ばして、教室飛び出してったから後追ったんだけど、いなくなってた」
「ふむ……それは何時頃でしたか?」
「五時半……ちょい前くれぇかな」
「そうか。他には?」
今度は桐花が答えた。
「昨日、お出かけする約束してたんですけど、一時間経っても来ませんでした」
「それは何時頃ですか?」
「えーっと……六時です。六時に待ち合わせしてたんですけど、七時まで来ませんでした」
「なる程。では五時半から六時の間に伊吹さんは姿を消した可能性が高いな。それも何故か猫の仮装をして……」
その時、一人の男子生徒が遠慮がちに手を言った。
「あのー……僕昨日、委員会の仕事で校門前の花壇の世話してたんすけど、五時半から六時の間に伊吹さんを見ませんでしたよ?」
警察が驚いた様に言った。
「なに? しかし、別の門を通ったんじゃないか?」
「それはないです。私も委員会で、田中くんと別の門にいたんですが、伊吹さんは見ませんでしたよ」
女子生徒の言葉に、警察は首をひねった。
「じゃあ学校内で行方不明になったのか?」
ますます謎は深まるばかりだった。
一方桃菜は――。
「にゃあにゃ(お母さん達、心配してるよね)」
落ち着かない様子で、和也の部屋をうろついていた。
「にゃにゃ……(様子見に行こうかな……)」
とにかく心配でならない猫桃菜は、そう呟くと、思い切って和也の部屋を出た。
「にゃんにゃ(ちょっとだけなら大丈夫だよね)」
そう言って猫桃菜は、和也の母にバレないように家を出たのだった。
一気に道を駆け抜け、自分の家を目指す。程なくして、伊吹家についた猫桃菜。
「にゃにゃ(着いた)」
猫桃菜が家のドアの前にたち、どうしたもんかと悩んでいると、急にドアが開き、由里子が出てきた。
「探しに行ってくるわ! 貴方は桃菜がもし帰ってきた時のために中にいて!」
「う゛にゃっ」
急にドアが開いたため猫桃菜はドアに頭をぶつけてしまった。
「きゃっ、あら? 猫……?」
由里子は猫桃菜を見て、首を傾げた。
「ふにゃあ……? にゃあっ! にゃにゃ(この声は……? あっ! お母さん!)」
猫桃菜は目の前の自分の母親を見て、必死に今の自分の状況を伝えようと、由里子の足にしがみついた。
「きゃあっ! なっなに……ごめんなさい子猫ちゃん。今はアナタに構ってる暇はないの」
そう言って由里子は猫桃菜を振り払い、走り去ってしまう。
「にゃあ! にゃんにゃん!(ちょおい! 私を探す必要はないよ!)」
そう言って猫桃菜は由里子を追いかけた。
しかし急に目の前に黒い物体が現れ、それにぶつかって尻餅をついてしまう。
「ふにゃっ!?」
猫桃菜が前を確認すると、猫桃菜の顔は絶望に染まった。
「ガルルル……」
猫桃菜がぶつかったのは、黒い毛並みに鋭い牙を併せ持つビックな野良犬だった。
「うにゃああああ!? (なんで野良犬なんかいるのぉぉ!?)」
猫桃菜はそう叫びながら野良犬から逃げ回った。
一方和也がいる高校では、警察の聞き込みが終わり、教室には騒然とした空気になっていた。
「えっと……私たちは今から緊急会議をしてきますので、君たちは静かに自習していて下さい」
担任がそう告げて教室を出た瞬間、教室中で様々な憶測が飛び交う。
「さらわれたんじゃねぇの?」
「誰にどうやってだよ」
「だよなぁ……」
「怖いねぇ」
「何でこんな事に」
そんな中、桐花はただ一人、呆然と前を見ていた。
そんな桐花を、香澄達は心配そうに見ていた。
桐花は桐花で、思う事があったのだ。
昨日、自分が桃菜の委員会が終わるのを待っていれば、手伝っていればこんな事にはならなかった。
そんな責任感が生まれていた。
そんな事を考えた所でどうにもならないが、桐花はそうでもしなければ、心が持たなかったのだ。
やがて桐花は決意を固めた。
「桐花……?」
香澄達はその雰囲気を感じ取り、桐花を見る。
桐花は立ち上がって、
「探してくる」
とだけ告げて教室を飛び出した。
「ちょっ、桐花!?」
止めの声も意に介さず、桐花は学校を出た。
「佐川……!」
今まで黙っていた和也も、桐花の後を追って教室を飛び出した。
その一連の行動に、教室は更に騒然となったのだった。
一方桃菜は……。
「にゃあにゃあっ!(まだ来るんですけどっ!)」
などと叫びながら、野良犬から逃げ回っていた。
「ガウガウ! バルルゥ!(待てい小娘! おじちゃんと一緒にデートしろぉ!)」
「ふにゃあ!(キモイ!)
そんな会話をしながら、猫桃菜は道角を曲がった。
と、何かにぶつかった。今度は人の足のようだ。
「あれ? ミーナ?」
「にゃあっ!(竹内くんっ、助けて!)」
「バルルゥ!」
「え? なに……って野良犬!? 何でいんだよ!」
野良犬が混乱する和也に向かって牙をむいた。
「うわぁお!! あっぶねぇ! ミーナ逃げるぞ!」
そう言って和也は猫桃菜を抱えて走り出した。
当然追いかける野良犬。
カオスなのは伊吹家だけではなかった。
和也は全力疾走で逃げた。そして姿を眩ます為に、何回か角を曲がって、野良犬が姿を見つけられない様にし、物陰に隠れた。
「はぁ、はぁ、やべぇ野良犬超怖ぇ」
と言いながら、猫桃菜を抱く手の力を強め、身を縮めた。
「ふにゃっ!? にゃあにゃあ!(竹内くんっ!? 超密着してるんですけど!)」
桃菜としては好きな相手と密着するのは恥ずかしいもんで、つい暴れてしまう。
「バルル……」
その近くに、猫桃菜を探す野良犬が現れた。
「しっ! 静かにしろミーナ! バレる」
と小声でミーナに言い、静かにさせ、より一層ミーナを強く抱きしめた。
「……っ!」
ミーナは野良犬に見つかりたくないため、声は出さなかったが、お互いの息づかいまで聞こえる程静かで、お互いの心臓の音と体温がはっきり分かる程好きな人と密着してる中で、声を出せないという状況に、恥ずかしさでいっぱいになった。
――ドキンッ、ドキンッ……
時間が経つのが遅く感じる。
桃菜は早くこの状況を終わらせたいという思いと、ずっとこのままでいたいという両方の気持ちを抱えながら、和也に抱かれていた。
しかし早く野良犬いなくならないか。
もう心拍数が限界に近い。
野良犬が近くに来る度に、和也との密着度が増す。
―もう限界……!
桃菜が緊張のあまりぶっ倒れそうになった瞬間、野良犬が去り、和也との距離が離れた。
「ふう、やっといなくなった」
「にゃあ……(恥ずかしかったよぉ……)」
桃菜が色んな意味で命拾いした事に安堵していると
「良かったな」
「ふにゃっ……」
不意打ちの笑顔に、猫桃菜は完全にノックアウトされてしまったのだった。