朝は騒がしいでごわんす
「遅い!」
そう叫んだのは、佐川桐花だった。
桐花は先程からスマホの画面を見ては、苛立った様子で周りを睨みつける。
何をしているのか……そう、桃菜を待っているのだ。
桐花は桃菜の親友である。今日、桃菜の飼育係の仕事が終わったら、たまには一緒に買い物したり夕飯食べよう、ということで、桐花は待ち合わせ場所の駅前に来ていたのだが……。
「何やってんだ桃菜のヤツ。待ち合わせの時間から30分も過ぎてるし!」
桃菜が来ないのだ。
ケータイにメールしても返信がない。電話しても出ない。
さすがに桐花も怒っていた。
「桃菜……遅れるなら遅れるで連絡しろっつの!」
なんて言いながら、桃菜が来ないか周囲を見渡す。というか思いっ切り睨みつける。
そんな桐花を、周りは避けるばかり。当然だ。怖いからだ。
因みにその頃桃菜は、和也とお風呂に入るかどうか、決断している最中だった。
結局桐花は待ち合わせ時間を一時間過ぎたところで、乱暴な足取りで帰ってしまった。
そして、午後11時頃――。
「遅い!」
そう言ったのは、桃菜の母――由里子だった。
「全く何やってんのよあの子は……ケータイも繋がらないし、門限一時間半も過ぎてるし……」
ケータイ片手に、由里子はそう呟いた。
そんな由里子を尻目に、桃菜の妹――小桃は好物のトマトミルクサイダーという名の不味そうなジュースを飲んでいた。
「小桃、小桃も電話してみてくれない?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんならすぐ帰ってくるってば」
「何を悠長な事言ってるの」
「もう、分かったよ」
小桃が桃菜に電話をする。出ない。
「出ないよ」
「ええ……どうしましょう。明日までに帰ってこなかったら警察に連絡して探してもらいましょう」
由里子が心配そうに呟いているとき、桃菜は和也のベットの上で、ドキドキしながら和也に抱かれて眠っていたのだった――。
「うにゃあ!!」
翌朝、猫桃菜は目を覚まして、隣にいる人物に仰天した。
「にゃにゃ……? にゃあにゃにゃ(竹内くん……? あっそういえば昨日私猫になっちゃって……)」
猫桃菜は徐々に記憶を取り戻し、今の状況を把握した。
そして、和也の寝顔を見て、「カッコいい」と思い、自然と自分の顔を近付けて見とれていた。
ジリリリリリッ!!
ふいに鳴る、目覚ましの音。その音に猫桃菜は必要以上に驚いた。
「んん……」
和也は目を覚まし、目覚まし時計を止めた。そしてその体制のまま二度寝。
「にゃっ……(えっ……)」
桃菜は迷った。
起こすべきかどうか。
いや、ここは起こすべきなのだろう。しかしそれでは、まるで夫婦みたいだな。と桃菜は思った。
「にゃにゃ……(竹内くんと夫婦みたいな……)」
猫桃菜は、自然と手が動いていた。
「にゃあにゃあ!!(起きて起きて!!)」
猫桃菜が和也の体を大きく揺する。
「ん……? うおっ、やべぇ二度寝した。ありがとなミーナ」
「にゃっ……」
和也に寝起き笑顔という超レアな表情でお礼を言われ、猫桃菜は赤面した。
一方、伊吹家では――。
「ああもう! 桃菜はまだ帰って来ないの!?」
「落ち着け由里子! こうなったら警察だ!」
桃菜の両親がパニックになっていた。
「お姉ちゃん……どうしたのかなぁ」
さすがの小桃も、朝まで帰ってこない上に音信不通の姉が心配だった。
「ていうかお母さん、朝ご飯は?」
しかし、心配してるとはいえ、両親ほどでは無いようだ。小桃は由里子にのんびりと尋ねた。
「朝ご飯!? ああ、ごめんね忘れてた!」
と慌ててキッチンに駆ける由里子。のんびりと食卓につく小桃。警察に電話で半ば怒鳴るように通報している父。
伊吹家は何ともカオスな状況になっていた。
数時間後、桃菜が通う学校では――。
「あれ? 桃菜遅いなぁ」
教室で桃菜を待つ桐花がそう呟いた。
「桃菜ちゃん、今日は休みなんじゃない?」
と言ったのは、桃菜達の友達、香澄
「風邪かなぁ?」
そう言ったのは、また別の友達、瑠里香だった。
「桃菜のヤツ、昨日の約束すっぽかしたんだよね……」
と桐花が言った。
「そうなの?」
「じゃあ昨日なんかあったのかな……」
瑠里香が心配そうに言う。
教室のドアを桃菜が来ないか見ながら、話を続ける。
「それだったら連絡してくれればいいのに……」
「じゃあ、連絡出来ない程の窮地に陥ってた……とか」
「それヤバくない? ちょっと心配になってきた……」
その時、教室のドアがスライドされ、人が入ってきた。
「桃……じゃなかった」
桐花が不満そうに入ってきた人物を見る。
「……何だよ」
見られた人物――和也が桐花を軽く睨む。入ってきた瞬間不満そうな顔をされ、若干苛立った様子だ。
「別に。桃菜じゃなかったから……竹内は、桃菜見なかった?」
桐花に問われ、和也は少し記憶を辿った後
「見なかった」
と言った。
その返答を聞いて、桐花達はため息をついた。
「でも、昨日の放課後なら見たぜ」
「ホントに?」
和也の言葉に、桐花が顔を上げる。
「元気そうだった!?」
「何だよ急に……ああ。元気そうだった。俺突き飛ばされたしな……」
「じゃあ何で昨日来なかったのよ……」
そこで、和也が思い出したように言った。
「そういえば、伊吹ネコの仮装してたぜ」
「猫の仮装?」
桐花が訝しげに聞き返す。
「ああ。つってもネコミミと尻尾しかしてなかったけど」
「……?」
桐花は首を捻った。何故桃菜にそんな事する必要があったのか。香澄たちもそんな表情だった。
「不思議ね……」
「ああ。昨日は変な日だったな。そうそう、突き飛ばされた後、伊吹の事追ったら猫がいたんだよな。野良猫」
「野良猫? 何でまた……」
「知らねえ。妙に人間味のある猫だった」
「へえ……人間味のある……ってそんな事より! 桃菜の話よ!」
桐花が再び和也に聞く。
「昨日の桃菜の行動は、それだけ?」
「うーん……なんか『ボスニャアに引っかかれて猫化した訳じゃない』とかなんとか言ってたような……あと、後を追ったんだけど、伊吹の代わりに猫がいたとか……その時なぜか女子の制服が床に脱ぎ捨ててあったとか……そんくらいだな」
「そんくらいだなって……結構非日常的な出来事じゃん」
「確かに」
その時、和也が和也の友達に呼ばれてしまったので、残念ながらそれ以上は聞けなかった。
「にしても……昨日の桃菜はアホな事ばっかしてたんだね……精神病かな?」
「桐花……」
キツい事を言う桐花を、香澄が苦笑いで止める。
その時、教室に慌てた様子の担任教師が入ってきた。
「みんな! 落ち着いて聞いてくれ! 生徒が一人、行方不明になった! 伊吹桃菜だ! 昨日の動向を知ってるヤツはいないか!?」
教師の言葉に、教室中が騒然となった。教師に続いて、警察も入ってくる。
これは大事だ。
誰もがそう思う、騒がしい朝の幕開けだった。