猫化したでごわんす
「ぬぁにこれぇ!?」
そう叫んだのは、誰もいない放課後の教室、その窓に映る自分の姿を見た桃菜だった。
「ウソウソウソ……何でこんな事に……」
そう言いながら、桃菜は頭の上にはえた2つの突起に触れた。
「触った感触は感じる……これ私のだ……」
ほのかに感じる温かみ、リアルな毛並み、触ったと感じる事が出来る。どこを取っても作り物と思えない。
桃菜は、自分の頭にはえたネコミミに触れて、ため息をついた。
事の発端は30分前――。
「よーし、これでいっかな」
桃菜は放課後、飼育係として沢山の猫の世話をしていた。桃菜は無類の猫好きで、飼育係に決まった瞬間、もといた猫の他に五匹も飼って、計八匹になっているのだ。
その八匹の猫のリーダー、ボスニャアの水を取り替えて、桃菜は踵を返した。
因みにボスニャアの名付け親は桃菜だ。
「……っと、忘れてた」
基本ドジな桃菜は、ボスニャアの餌を変えるのを忘れてた事に気づき、ボスニャアのもとへ戻り、ゲージを開けて餌を取り替えた。
そして基本ドジな桃菜は、振り替えた瞬間小石につまずき、派手に転んでしまったのだ。その拍子に桃菜の片足がボスニャアのゲージに突っ込んでしまった。
「ニャア」
ボスニャアは若干うざそうにその足を猫パンチした。
「いった~……わわわ、ごめんねボスニャア」
そして桃菜は慌てて立ち上がったのだが、その時、ゲージに突っ込んでいた足でボスニャアの尻尾を踏んづけてしまったのだ。
「ヴニャアッ!!」
ボスニャアは今度こそ怒って桃菜の足を思いっきり引っ掻いた。
「う"痛ぁっ!」
桃菜再び転び、慌ててゲージから足を出した。
「痛たた……またしてもごめんボスニャア」
桃菜は引っかかれた足をさすりながら立ち上がった。そしてさすった手を見てビックリ。手の平には大量の血がついていた。とんだホラーだ。
「わっ!! なにこの血の量!」
「うにゃ」
ボスニャアは「ごめんやりすぎた」と猫語で謝った。
「うう……ボスニャア強いよぉ」
桃菜は引っかかれた足を引きずりながら保健室に向かった。そして手当てをしてもらった後、教室にカバンを取りに戻った時、その異変に気がついたのだ。
そして今に至る。
「ネコミミ……ボスニャアに引っかかれたからかなぁ?」
そんな事を呟きながら、自分の頬をつねる。痛い。夢じゃない。
「どうしよ……このまま猫になったりしたら……」
桃菜が一人で青ざめていると、そこに一人の男の声が響きわたった。
「伊吹? なにしてんだ?」
「ふえっ?」
桃菜が振り返ると、そこには教室の入り口で不思議そうな顔をした男子生徒――竹内和也が立っていた。
因みに竹内和也は、桃菜と同じクラスで、桃菜は和也が好きなのだ。
「たたた竹内くんっ! あっ……えーと……」
桃菜は慌ててネコミミを両手で覆った。そして一言。
「なにしてんの?」
和也は桃菜の言葉に「はぁ?」といった様子で返した。
「こっちのセリフじゃね? 俺は今日日直だったからいるんだよ。さっきまでトイレ行ってた」
「そそそそうなんだ……」
「で、伊吹はなにしてんの? ていうか何そのポーズ」
「えーっと……」
「あれ……?」
桃菜がたじろいでいると、和也が訝しげな顔をして桃菜に寄ってきた。
そして、桃菜のお尻からはえている物をガシッと掴んだ。
「うわひゃあ!」
桃菜は突然の出来事に、顔を一瞬で真っ赤にした。
そして慌てて自分のお尻を見て、驚愕した。
「あれぇ!? 尻尾……! なななんでぇ!?」
そう、桃菜のお尻には、尻尾が生えていたのだ。
「ふぅん、よく出来てんなぁこれ」
和也は桃菜が生えている尻尾を興味深そうに触りまくった。
「うひゃあ……ちょっ、竹内くんっ」
桃菜にとっては体の一部を好きな人にまさぐられてるのと同じ事なのだ。それはそれは恥ずかしかった。
「でも何でそんな格好してんだ? ていうかなに隠してんだよ」
和也が桃菜が隠してる手を見て、桃菜に尋ねた。
「えっと……これは……ひ、秘密っ! ってわひゃあ!」
桃菜がぐだぐだしている間に、和也は桃菜の手を頭から引っ剥がしていた。
「ネコミミ?」
和也は更に訝しげな顔をした。
「違うの! これは猫に引っかかれて猫化し始めてるワケじゃないの!」
桃菜は両手をぶんぶん振って否定した。
「はぁ? バカがお前。これ作り物だろ」
そう言って和也は桃菜のネコミミも触り始めた。
「ちょちょちょ……っ竹内くんっ! やめてぇ!」
桃菜は恥ずかしさの余り、和也を突き飛ばしてしまった。そして教室を飛び出し、あまり一目につかない階段の上に腰を下ろした。
「はあ……ドキドキしたぁ……竹内くんって大胆だったんだなぁ……」
桃菜がそんな事を呟いていると、遠くから和也の声が聞こえた。
「伊吹ーさっきは悪かったけど突き飛ばす事ねぇだろ。どこに隠れてんだよ」
「た……竹内くんだ」
桃菜は見つからないようにそっと影から和也の事を盗み見た。
「やっぱり……竹内くんカッコいいなぁ……」
桃菜はふとそんな事を呟いていた。
和也は精悍な顔つきで背も高い。充分イケメンの部類に入る程だし、それなりにモテている。桃菜がそんな彼に見とれていると、ふいに和也が桃菜の方を向いて、不思議そうに桃菜のもとへ歩いてきた。
「ニャッ、にゃにゃっ(わっ、やばいっ)」
桃菜は猫語でそう言って立ち去ろうとして、気がついた。
「にゃ……?」
目の前の階段がやけに大きい。段差一つ一つが桃菜の体程もあるのだ。
「にゃにゃ……?」
そして何か、下に布がしいてあった。よく見ると、それはさっきまで自分が着ていた制服だったのだ。
「うにゃっ!?」
その時、桃菜の体が宙に浮いた。そして、目の前に愛しの和也の顔が現れたのだ。
「猫……? なんでこんなとこにいんだ?」
桃菜はまさかと思い、自分の手を見てみた。
「にゃにゃ……(やっぱり……)」
それは、人間の手ではなく、肉球のついている猫の手だったのだ。
「にゃにゃ……にゃん(完全に猫になっちゃったんだ)」