114話 命張りし者
林の中で行われる白渕と白騎士の戦闘は次第に激しく繰り広げられていた。
セツヤの超重圧を破ったことでセフェウスが優勢かのように見えたが、セツヤが切り札である白い門を開口し、究極の集中状態と達したセツヤはセフェウスを追い詰める。
「䋝田セツヤ、いや、レジル・ラグメニムル!大したものだ。この私をここまで追い詰めるとはな!」
行う動作に全て一瞬で反応し対処するセツヤを前に、セフェウスは次第に追い込まれていた。
セフェウスはセツヤへと走り出し、悪魔武器魔女の素手を身に付けている右手でセツヤに触れようとするが、セツヤはその右手に触れずにセフェウスを斬りつける移動ルートを一瞬で判断し、セフェウスの前から姿を消したかと思うと一瞬でセツヤはセフェウスの背後に立っていた。
そしてセフェウスの身体には無数の切り傷が刻まれていた。
「ぐふっ!おのれ……!」
「……」
セツヤは無言無表情でセフェウスへと斬りかかった。セフェウスは捨て身でセツヤに掴みかかるが、セツヤは右手を難なく避け、そのままセフェウスを斬りつけ、蹴り飛ばした。
ミズナ、フタイと戦闘を行っていたゴルガは蹴り飛ばされたセフェウスに声をかける。
「おい、セフェウス、相手が子どもだからといって、武器を取っておく必要ないだろ」
「まさか、この子がここまでやるとは思ってなくてね。だが流石に私も出し惜しみしないで戦ったほうが良さそうだ」
するとセフェウスは左手の中指に指輪をはめ込んだ。セフェウスはその指輪をセツヤに見せつけると、指輪は黒い光を放ち、指輪から大量の目玉が飛び出した。
その大量の目玉はセフェウスの半径50mを囲い込むように壁を築き上げ、ドームを形成した。
「幻眼の指輪。この指輪が作り出すドームの中にいれば、私の作り出す幻を体感することになる。䋝田セツヤ、お前は今、私の幻覚空間の中にいる!」
セフェウスは右手をセツヤに向けると、セフェウスの右腕が急速でセツヤへと向かって伸びていった。そしてその右腕は分裂し、1本から2本、8本から16本、64本から128本と数を増やしていき、無数の右手がセツヤへと襲いかかった。その右手全てに魔女の素手が装着されており、避けることは困難を極めた。
セツヤは襲いかかる右手を魔覇の神剣で斬り落とし、確実に回避していった。しかし、そのあまりの数にセツヤは追い込まれていき、ついにセツヤは左足を掴まれた。
続いて右肩、左腕、首を掴まれてしまい、その部分からセツヤの身体は石化していってしまった。
「セツヤが石化された!?」
キビルはそう声を上げたが、ミズナはしっかりと気づいていた。
セツヤは石化などされていない。幻によって石化したように見せられているのだ。自らの身体が石化してしまったと脳に信号を送れば、脳は‘‘身体が石化した”と判断し、動作を止めてしまう。いわゆる催眠状態。
だが、ミズナはさらにわかっていた。それは普通の状態の人間での話であること。
感情、緊張、欲、これらを切り離し集中力を極限まで高めたセツヤには、見せかけでは通用しない。
極限の集中状態、それは視覚から物事を捉えるのではなく、感覚の世界。感覚のみで動くセツヤには見せかけの石化など通用しなかった。
セツヤはそのままの状態で走り出し、セフェウスに斬りかかった。
セフェウスはセツヤの攻撃を回避し、セツヤから距離を取った。
「バカな!なぜ身体が動く!?私の幻覚を見破ったというのか!?」
セフェウスは憎しみのこもった顔をセツヤに向けると、セフェウスの隣にゴルガが移動してきた。
「セフェウス、一度引くぞ。お前とセツヤでは相性が悪い。このままではいずれ押される。殺しておくべきではあるが、セツヤは‘‘運命の鍵’’を持っている。運命には逆らえん、下手すれば危険なことになる」
「よかろう。首を洗って待っているがいい!お前たちは必ず我々白騎士が葬ってくれる!」
セフェウスはそう言い残すと、セツヤたちの前からまるで空に上昇する雷のように、一瞬で姿を消した。
白い門の効果が切れたセツヤはその場に膝をついた。そんなセツヤの近くにフタイとミズナが近づく。
「大丈夫かセツヤ。少し休息を取ったほうがいいな」
フタイはセツヤの体調を伺い、そう言うとセツヤは指示を出した。
「いや、白龍連合のことだ、また追っ手が来るだろう。もう一度悪魔界に飛び、悪魔界の人気がない場所に移動するぞ」
するとフタイは負傷しているキビルを背負い、セツヤたちは悪魔界へと姿を消した。
「パーティ朱瑩!!これより悪魔王ラースを死守しつつ、ここを脱出する!!」
一方、悪魔城では松田隼人が自らのパーティにそう指示を出すと、朱希羅は時間停止で一瞬にしてラースを松田隼人の近くに引き連れ、松田隼人のそばにメルと江川も寄ってきた。松田隼人はミニサイズの黒い箱をポケットから取り出し、箱を開けようとしたが、アルバトーラがそんな松田隼人たちに向かって走り出した。
「逃がしゃしないよ!!アタイから逃げられると思うのかい!!」
するとアルバトーラは襟から出現させた蛇の口から牙を抜き取り、その鋭い牙を松田隼人に向かって投げ付けた。
その投げたスピードはあまりにも速く、松田隼人の視界には捕らえることができなかった。重力変化しようにも牙のスケールが大きくなく、目で捕らえづらかったのだ。
「くそッ!!間に合えぇッ!!!」
黒い箱が開いたその瞬間、アルバトーラの投げ付けた牙が突き刺さり、辺りに血を撒き散らした。
「な、なんで……!?」
松田隼人は戸惑った。自分を守るために自らを盾にしたラースの姿を見て困惑したのだ。
ラースは松田隼人に向かって飛んだ蛇の牙を自らが盾となり松田隼人を守ったのだ。
ラースは吐血しながら、意識を失いながらも、松田隼人に最後の言葉を残そうとしていた。
「お前は、ゴフッ、ここで死んじゃいけない、ゲホッ、ゴホッ」
「喋るなラース!傷が!」
「良いんだ。猛毒が回り始めてる。もう長くない。ゲホッ、ハァハァ……、松田隼人……後は任せたぞ……」
するとラースの目からは光を失い、その身体はゆっくりと悪魔城の王室の地に横たわった。
「死んだ?えへへへへへへぇぇぇ!!!死んだねぇぇぇ!!!悪魔王!!!」
狂ったような笑い声を上げるアルバトーラに松田隼人は走り出した。
「あああああああああ!!!!」
「隼人!!」
そんな松田隼人を朱希羅は止めに入る。
「今はダメだ!!すぐにここから出るんだ!!」
「こいつらを、殺す!!!!」
松田隼人は朱希羅の言葉に耳を傾けようとしなかったが、朱希羅の表情を見たとき、松田隼人の動きは止まった。
朱希羅は泣いていた。朱希羅もこの場を退くことに悔しさを物凄く感じていたのだ。
松田隼人は朱希羅の顔つきを見た瞬間、我に帰った。皆を守らなければと。
松田隼人は撤退しようともう一度黒い箱を取り出した。が、アルバトーラはまたしても逃がそうとはしなかった。
「まだ逃げる気かい!!諦めて死んじまいな!!」
「失せろ!」
松田隼人は鬼のような目つきでアルバトーラを睨みつけた瞬間、アルバトーラを中心に半径10mが重力変化によって地面に押しつぶされた。
アルバトーラとシドウは動くこともできず、その場に倒れこんでしまった。
「なんだこれは!?身体が動かない!!」
「悪魔の邪眼の重力変化か。これでは身体は動かんな。だが、後何秒後には動けそうだ」
シドウはそう言うと、ゆっくりと起き上がる動作に移り、ヨロヨロだが少しずつ起き上がった。
松田隼人は朱瑩パーティに指示を出す。
「今のうちに逃げるぞ!俺の近くに!」
アルバトーラも逃がそうとはしなかったが、重力変化によって牙を投げようが蛇を出現させようが、全て地面に叩きつけられてしまうので攻撃することができなかった。
「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」
アルバトーラは何もできないことに怒り狂うことしかできなかった。
松田隼人たちは黒い箱を使い、その悪魔城から脱出した。
ただ一人、命を張って仲間を守った悪魔王、ラースを残して。
 




