104話 セツヤの過去episode6
トロールの洞窟の外でセツヤたちはフタイに与えた1時間が過ぎるのを待っていた。
するとキビルがセツヤに問いかけた。
「しかし、なんで急にあの男をスカウトしたのさ?あいつは君を襲ったんだぞ?」
「彼の服を見たか?服だけじゃないが身体もボロボロだった。恐らくトロールの巣のルールは‘‘強さこそ全て”だろう、大トロールが3mのトロールを蹴飛ばしたように強さで権利が決まるんだ。トロール族とはそういうものだ。もちろん生身の人間である彼に誰一人負けるトロールはいないだろう。つまり彼はこの巣で一番権利が無い。そんな彼が、トロールのボスにまで対抗して‘‘運命の鍵”を守ろうとしたんだ。余程の執着があるんだろう」
「それで、彼をその運命の鍵とかいう石と一緒にお持ち帰りするわけ?君も優しいね」
「いや、別に同情したつもりは無い。僕は彼の中に蕾が見えたから勧誘したんだ」
「つぼみ?」
「彼の蕾が開花するか、枯れ散るかは彼の選択次第だ」
セツヤはそう言うと、フタイに与えた時間がそろそろ終わろうとしていた。セツヤたちは再びトロールの巣へ足を運んだ。
「撤回しろ!トロール!」
洞窟の奥からあの男の怒鳴り声が入り口近くにいるセツヤたちの下まで聞こえてきた。
セツヤたちは慎重にその声の下へと近づいて行った。
「母さんは土下座までして助けてくれるように頼んだのに、お前たちは母さんを喰ったんだ!母さんの侮辱をするな!」
「お前の代わりにお前の母親を食ったんだ。まぁ、食欲が満たされるような食材ではなかったがな」
するとまた別のトロールの声が聞こえてきた。
「確かそいつの足とイノシシの肉を食べ比べてみたが、そいつの足は肉がほとんどなかったな。食べるならやはり肉がある奴のほうが良い、お前を今まで生かしておいたのは、お前をある程度育てておいて、肉が付いてきたら美味しく頂くためさ」
「この野郎ォ!」
どうやらその男は複数のトロールと会話をしていた。セツヤたちは岩陰からその光景を見た。
それはボロボロの状態の男が14体のトロールに囲まれているのだ。
男は一体のトロールに立ち向かうも、そのトロールはその男を蹴り飛ばし、飛ばされた男をまるで野球でピッチングするかのように、男を棍棒で叩きつけた。
「ぐあ!」
男は地面に横たわり起き上がろうとするが、一体のトロールが男を足で踏み潰した。
「ぎああああああああ!!」
「いいか?お前は所詮人間。トロールには勝てん。お前は俺たちに生かしてもらっていることを忘れるな」
トロールは男から足を浮かせると、男は少しずつ起き上がりながら答えた。
「うるせぇよ……俺は力は無くても……必ず母の仇を討つ。てめーらを皆殺しにしてやる!」
「往生際の悪いガキだ」
トロールは男の頭を片手で掴み上げると、男の顔を壁に何度も叩きつけた。
「ぐあッ!」
「お前は弱いんだよ!そんな奴が俺らを皆殺しにするだって!?」
「ああッ!」
「随分、俺たちも舐められたもんじゃねえか!」
「ゴハッ!」
「ならやってみろ!今ここでな!」
何度も男を壁に叩きつけたトロールは男を手から放し、また男を踏みつけた。
「ぎゃああああああッ!!!」
痛めつけられている男が血を吐き、悲鳴を上げる中、その場にセツヤが現れた。
「おい貴様、これは俺らトロールとこのガキの問題だ。部外者は黙っていろ」
「別に。僕は君たちに何も用は無い。用があるのはこの男だけだ」
「逃げ……ろ……!殺されるぞ……!」
男は踏み潰されながらもセツヤへ忠告した。セツヤはフタイに粒状の薬のような物を手渡した。
「やはり僕の目に狂いは無かった。君は一種の才能を秘めている。この薬はその才能を引き出すことができる」
「おい、邪魔すんならてめぇも殺すだけだ!」
男を踏みつけているトロールはセツヤへと棍棒を振り落としたが、その棍棒はセツヤには当たらず、セツヤの近くの地面を叩きつけた。
「よく聞いておけトロール。僕は君らが何体でかかってこようと、いつでも殺すことができる。死にたく無いなら、失せろ」
セツヤの脅しによってトロールは身動きが取れなくなってしまった。セツヤは踏みつけられている男に問いかける。
「君の名前は?」
「フタイ・ベルオス。トロールが名付けた名前だが、俺にはこの名前と母が残した石しか無い。この薬で強くなれるのなら、それは俺の力では……」
「いや、さっきも言ったね。その薬は潜在能力を引き出すものだと。君はまだ気づいていないが、絶滅危惧種の人種なんだよ」
「どういうことだ?」
「薬を飲めば全てわかるさ」
フタイは粒状の薬を飲み込んだ。するとフタイを激しい頭痛が襲った。
「うああああああああああああああ!!!」
フタイの脳には頭痛とともに記憶も流れ込んできた。フタイ自身の記憶ではなく、この世のあらゆる自然現象、森羅万象の記憶が彼の中に流れ込んだのである。その記憶の壮大さは人間や悪魔や天使ではわからない。神の領域なのである。
頭痛に襲われているフタイを見て、セツヤは数ヶ月前、白龍連合に入ったばかりの時のことを思い出していた。
セツヤはガルドにある薬を受け取っていた。
「この薬はお前のラグメニグル家の記憶を呼び起こすものだ。これを飲めばお前本来の力を発揮できる。ラグメニグル家独特の力をな」
「俺独特の力?副作用は?」
「全てを思い出す。良いことを思い出すし、吐き気を誘うような嫌なことも思い出すだろう。場合によっては頭痛を伴う」
セツヤはそれを聞き、薬を飲み込んだ。するとセツヤの脳にホワイト国の内乱、ラグメニグル家の状況、自分が日本に来るまでの全ての記憶が呼び起こされた。
「ああああああああああああああ!!!」
「……どうだ?体調悪いか?」
「……いや、寧ろ清々しい気分だ。これから僕がするべきことが明確に浮かび上がってきている!これが、僕の力!」
「その薬は念のためお前が持っておけ、お前のその記憶が万が一また薄れてきた場合にのみ服用しろ。その薬は失った記憶を呼び起こすものだ。ラグメニグル家の者のみではなく、前世の記憶、ある特別な人種、様々な種族に対応できている。だが、数は限られている。乱用はするな」
セツヤはガルドから薬を受け取ったことを思い出していた。
記憶を取り戻し、混乱するフタイにセツヤは言いかける。
「なんだ!?この記憶は!?」
「フタイ、君はただの人間ではない」
「そうか、この記憶は……!俺はーー」
「君はこの世において絶滅危惧種のーー」
「「ーー女神の血を引く者だ!」」
するとフタイは自らを踏みつけているトロールの足を片手でどかし、トロールの足を両手で持って洞窟の壁へと投げ飛ばした。
「うごぉ!!」
「な、なんだと!?」
トロールたちは覚醒したフタイを見て驚いた。フタイは自らの手のひらから天使武器を生み出した。
「女神の血を引く者は神器と肉体を同化させることができる。その天使武器は……」
セツヤがそうフタイに話しかけるとフタイはその武器を大事に持ち、答えた。
「母さんが俺に残してくれた武器だ、母さんが残したのは石だけじゃなかった……!」
フタイの手のひらには魔力の塊のような球体が宿っていた。その球体は変形し、何本かのトゲの形となって、一体のトロールの身体を貫いた。
その様子を見ていたセツヤは呟いた。
「大天使の変化球。肉体と同化できる彼だからこそ扱うことができる天使武器。そして彼の名はーー」
フタイは何体ものトロールの前に立ち、怯えるトロールにこう言い放った。
「母の仇、討たせてもらう!」
「ーー彼の名は、フタイ・ペルセポネ」




