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十人十色  作者:
4/8

嘘つきな黄色

私は、嘘つきだ。



(さち)ってさぁ、モデルとかやんないの?」

「え?」

また始まった。

「あ、そうそう!それあたしも思ったぁ!」

「だって幸かわいいし、背高いし、モデル体型だしぃ」

それって何、謙遜でもさせたいの?あなたも可愛いよ、って言って欲しいの?だって言わなかったら「調子乗ってる」って陰口を言うじゃない。だから、面倒なんだ。

「絶対売れそうだよね」

勝手に言って、話し盛り上げないでくれるかな。モデルなんてやりたくないし、やろうとも思わない。あんたたちには到底無理だからって、私を巻き込まないでよ。

心の中で舌打ちをする。

「そうかなぁ。でも、今は興味無いや」

私は首を傾げて微笑み、皆のこともきちんと褒めてから話に入る。


「幸って明るくて可愛いからさぁ、黄色とか似合いそうだよねー」

「そうそう、幸はヒマワリとか好きそう」

勝手に推測するな。私は黄色なんて、大嫌いだ。

明るくて素直で、向上心の象徴。でも私はそんな性格じゃない。私は明るくも、素直でもない。嘘つきで、天の邪鬼な偽りの象徴だから。

私の表に出す態度と、裏で思う言葉の辻褄が全然合わないのを知っているのは、私だけだ。

自分の意見に同意してもらいたいからか、関係無い私にも話を振ってくる。


ああもう、鬱陶しい。


でもそんなこと、口には出さない。口答えなんていらない。

私たちの関係なんて、浅はかなのは目に見えてるから。トモダチなんて、嘘ばっかり。

他の子に「幸が男子に媚売ってる」とか「ふわふわしてて可愛いけど、調子乗ってるよね」とか言っているのは、知っている。私の情報源なめるなよ。

男子に媚売っているように見えるのは、あんたらがただ単に羨ましいだけだろうが。そして、ふわふわしてて可愛いなんて、あんたらの勝手な判断だろ。

こればっかりは私のせいではない。

勝手すぎる。


でもそんなことは指摘しない。指摘したら、このトモダチたちは口を揃えて「酷い」と言うから。そんな噂信じるんだって。自分が被害者みたいな気になって。

噂じゃない。私も直接、あんたらの会話聞いたんだ。あんたらみたいな、曖昧な情報だけで判断するような馬鹿な人間じゃないんでね。

こんなこと言えば、破局だな。なんて思いながら苦笑する。目に見えているのだ。

悪者は私だけ?

毎日こんな嘘をついている、つかなくちゃいけない私が悪いの?

友達ごっこをしているのは、あんたたちなのに。

「ばっかみたい」

トモダチが去っていったその直後、私は笑顔を崩さず呟いた。


トモダチの前では、私は愛想がよくて、可愛くて、口答えをしなくて、優しくて、都合のいい友達でないといけないのだから。

自画自賛に聞こえるその言葉も、なんだか空しい。

要するに、私たちの友達関係はちょっと突けば崩れ去るような。

脆い、関係なのだ。


リズミカルに鳴るチャイムに、肩を落とした。

また、あの教室に戻らないといけないのか。

上辺だけのトモダチを演じなければいけない、あの教室に。

サボっちゃおう。

サボったって大丈夫。私は一応優等生で通ってるから、仮病使ったって怪しまれない。

そんなことを思って自分を納得させながら、屋上に向かった。


屋上はいい。

授業中なら誰もいないし、景色もいいし、冷たい風が通って気持ちがいいし、余計なことを考えなくても許される場所だから。もう、何も考えたくない。

足早に屋上に向かう。


ガチャッと屋上の扉を開け――――――・・・閉めた。

「え」

誰かがいた。

反射的に閉めてしまった扉を見つめ、顔を引きつらせる。

一瞬だったからよく見えなかったけど、男子生徒(リボンの色からして私と同じ高三)が大の字で大きくいびきをかきながら寝ていた。

完全に誰もいないと思ってたのに、なんでいるんだろう。授業をサボるなんて、不良だよ。自分のことを棚に上げて白々しくそんなことを考える。

どうしよう、帰る?

私はううんと唸り、手を顎に添えた。


いや、でもたかが男子生徒。

でももしサボったって先生に知れたら?折角通していた〝優等生〟が崩れてしまったら?

同学年だから、その可能性はある。

そう思うが、その考えを否定するように首を振った。


いやいや、でも口止めしたらいい。

私が頭に浮かべたのは、私に懐く女の子の顔。郁という名前の、中学三年生。家が隣同士だからという接点で、よく話すこともある。最近は(いく)が「サチ姉は可愛いから持っておいた方がいいよ!私の友達、(みのる)って言うんだけどね。稔も護身用で持ってて、役に立ってるって言うから大丈夫だよ」と言って無理矢理果実ナイフを持たされた。

稔というのは、郁の友達の女の子だ。郁に長い間親しい友達がいなかったのは知っていたから、友達ができたと知らせに来た時は素直に「よかったじゃん」と思ったことを言った。

郁に半ば強制的に持たされたナイフ。

何の意味があるのかと思っていたけど、ここで使えばいい。脅せば大抵の人間は怖気づいて私がサボったことなんて話す気もおきなくなるだろう。なんて、非人道的なことを悶々と考えて、結局〝脅そう〟という決断をし、今度は胸を張って扉を開けた。

ガチャッ

軽快な音と共に、屋上に足を踏み入れたが、相変わらず男子生徒は寝てるままだった。

この私に長い時間自問自答させやがって。お前のせいだぞ。と、理不尽な文句を心の中で唱え、それからその男子生徒の隣に座った。いびきがうるさい。


確か、この顔は知っている。


いつだったか、クラスの女子が騒いでいた。

最初にこいつの話を聞いたのは、高校に入った入学初日だ。入学して間もないにもかかわらず、噂が絶えず流れ込んだのだ。もちろん、私にも。


〝かっこいい男子がいる〟

ああ、そうですか。

当時はそれで終わった。別に容姿には興味が無いし、お前らの頭はそればっかりかよと突っ込みたくもなる。女子の黄色い歓声が遠くから聞こえ、イライラが募った。

けど、そんな噂も途絶えた。そして次に流れたのは、それから半年後。


〝かっこいいけど、性格がダメ。不良だし、目つき悪いし。昨日、三年の先輩に喧嘩売られて八人ぐらい瞬殺したんだって。怖いよねぇ〟

瞬殺って言ったら、警察行きじゃん。嘘言うなよ。

やっぱり興味が無かった。あえて突っ込むことを見つけるならば、お前らはその男子にキャーキャー歓声上げてたじゃんってとこだ。ま、関係無いけど。

先生やクラスメートの話によると、その男子生徒はとてつもない問題児らしい。出席日数が足りなくて留年した、歳が一個上の先輩だと聞いた。先輩と言っても、今となっては同学年になってしまったのだが。


そして、そんな問題児が今隣にいるのだ。

「・・・んぁ?」

「あ」

起きた。

寝癖がついた金髪の頭を掻くと、辺りを見回す。そして、視線が私の顔に止まった。

「え、誰・・・?」

目を丸くし、私を見つめる。私もその男子を見つめ、長い間沈黙が続いた。だが男子はその沈黙に耐えきれなかったようで、再び「誰?」と私に訊いた。私は首を傾げると「幸って言います。よろしくね」と笑った。

多くの人はこれで「よろしく」と笑う。少なくとも、私が生きた人生でこの笑顔に笑顔で返さない人間はいなかった――――・・今、この瞬間までは。

「・・・嘘くせェ」

「え?」

「嘘くせェ笑顔振りまくな。嘘で塗りたくったような顔、見てるだけで不快だから」

「・・・」

いきなりだった。

寝ぼけた顔が一瞬にして、言葉通り不快だと訴えるように歪んだ男子の顔。私は突然のことに呆気にとられ、その顔をただぼんやりと眺めた。

いつもなら、頭の中で冷静に物事を分析するであろう私の頭は、真っ白になっちゃって動かない。使い物にならなかった。私は必死に笑顔を作ろうとして、それから諦めた。

指摘されたのは、初めて。


――――・・いや、郁が初めてか。あいつは、人の心に聡いから。

郁の時も、こうやって動揺しちゃって何にも言えなかった。結局、思ってることを素直に吐かされて、それからいつの間にかいろいろな相談相手になってしまっている。郁はどこか抜けているように見えて、意外に策士だった。


弱音なんて吐かないし、弱いところは見せたくない。

私のプライドがそうさせている。だからこそ、私は嘘つきになった。

言いたいことも、吐きだしたい本音も、全部全部心の中に閉じ込めて。


――――・・なんで、気付いたんだろう。


嘘、だなんて。

皆気付かないのに。

トモダチだって気付かないのに。

「・・・」

私の顔を窺う男子は眠そうに一回欠伸をすると、再び寝転がる。

「アンタか。愛想良くて、可愛くて、モデル体型で、皆の憧れの的で、先生に気に入られまくりな完璧な優等生って」

「何それ。そんなの、私が言ったんじゃないし」

周りの自分勝手な妄想に付き合わされてるだけ。そんなこと、一度だって私が口に出したことはない。なのに、周りは口々に勝手なことを言う。

勝手に、噂されてるだけ。と、不貞腐れたようにそう呟けば、寝転がっていた男子はプッと噴出し、今にも笑いだしそうな程に顔を緩めた。

「アンタ、本当は性格悪そうだな」

なんだ、こいつ。もう何もかもをお見通しみたいに言っちゃって。

気に食わない。


「アンタじゃない・・・幸・・・」

せめてもの反抗に、軽く睨んだ。

「サチか・・・ああ、俺は(あさひ)。恥ずかしながら留年して、今じゃ同学年だよな」

「・・・」

私が元気をなくしたからか、それとも〝優等生〟が性格悪くてギャップを感じたからか、旭は拳を口に添えクククッと声を押し殺していたが、やがて我慢できなくなり「あはははッ」と声を上げて大笑いした。

「なんだ。普通に可愛いじゃん」

「は?」

そのまま聞いていれば、勘違いされそうな言葉。だけど、今の私にはその言葉だって嫌味に聞こえて、不機嫌丸出しに返事をすれば、何が楽しいのか旭は笑いながら「やっぱ、完璧な優等生じゃねェな」と言った。

見透かされる。

見透かされてしまう。

嘘で塗り固めた筈の〝私〟が。

嘘だと知られ、塗り固めた嘘を崩され。

やがて、〝私〟を知られる。

旭という奴は、実に厄介。


「俺さ、嘘ってあんま好きじゃないんだよね。昔、友達だと思ってた奴に騙されて大人五人に囲まれてボコられて、それから人の仕草とか言動とか、気にするようになってさ」

「・・・・」

大人五人って。

昔ってことは、中学生くらいか?そんな歳にボコられるなんて、どんな生活をしてたんだ。

「さっきサチが嘘くせェ笑顔貼り付けてた時は〝なんだ、コイツ。コイツもあの野郎と同類なのか〟って思って苛々しちまってたけど―――・・」

あの野郎とは、多分話に出てきた〝友達だと思ってた奴〟なのだろう。少し間を開けて、ニッと笑って私の顔を見つめた。

「―――・・お前、案外子供なのな」

明るくて、嘘が無くて、私とは正反対な綺麗な笑顔。

元々顔立ちが綺麗だからか、その笑顔が一層引き立って見える。

そんな笑顔にも目もくれず、旭の言葉に私は敏感に反応した。

「はぁッ?」

子供とは聞き捨てならないと声を上げる。

少なくとも、旭よりは成績いい自信がある。

子供なんて思われたくなくて、必死に主張をすると、旭は体を起こして首を横に振った。

「いやいや、成績とかそういう話じゃねェよ。そうじゃなくってな・・・なんて言うか、図星指されてヤケになったって言うか、嘘ついたのがバレて不貞腐れたって言うか・・・」

「何それ、不貞腐れてなんて無いし、ヤケにもなってないし」

「ブッ・・・強がりにしか聞こえねェ」

あははッと笑う旭は、そのまま私の頭に手を伸ばし、ポンッと置いた。驚いて硬直していると、続けてポンポンと頭を軽く叩く。まるで、子供をあやしているように。

「やっぱ、俺の方が上だな」

大人だな、と言う意味なのだろう。

元々歳は旭の方が上だけど、何故か敗北感が私に纏わりついた。

子供じゃない。子供じゃない。

馬鹿にすんな、私の〝本当〟を見た気になるな。

何も知らないくせに。

そうやって私の頭を撫でる手を払おうと手を伸ばすが、行動を実行する気は起きなかった。

嬉しいのだろうか。誰かに〝本当〟を知ってもらったことが。

知られたくないのに。

嫌だ、やめて。

知られたくない過去を、必死に抑え込む。

汚い私はいらない、綺麗でいたいんだ。

綺麗で、完璧で、非の打ちどころが無いぐらい、心地よい自分でいたかった。

いたかったのに。



両親は共働きで、小さい頃から一人でいることが多かった。

両親は私が一人じゃ寂しいだろうと家政婦を雇ってくれていた。本当に愛されていた。家政婦のお姉さんは私に絵本を読んでくれて、積み木で遊んでくれて、お絵かきもして、それなりに楽しかったんだと思う。

そのとき私は、嘘なんて知らなかった。綺麗なままだったんだ。

でも、小学校に入れば知恵がつく。

家政婦を雇ってくれた両親の気持ちを知ったかぶり、どうせ埋め合わせに雇ったんだと捻くれて、馬鹿みたいに両親を否定し続けてきた。

否定して、わかった気になっていた。

両親はいい人たちだったはず。

私の為だけにお金をかけて雇ってくれた家政婦も、毎日毎日心配してかけてくれた電話も、朝早いのにギリギリまで家で私の為に作ってくれた朝ごはんも、全部全部。


私は、否定した。


その頃から、私は汚れ始めたのだ。

「さっちゃん」

呼ばれた私は、くるりと振り返ってみる。家政婦のお姉さんが笑ってる。

だけど私は、眉を潜め、あからさまに嫌がる素振りを見せた。

素直に両親の気持ちを受け入れられず、私は家政婦のお姉さんを〝嫌い〟になった。

小さな嘘だった。

自分の気持ちについた嘘。

本当は多分、好きだったんだ。

お姉さんは優しくて、両親よりも好きだった。でも、〝嫌い〟だった。

そして、中学生になった。

「幸、気をつけて」

陸上部で朝早くに家を出ることになり、今度は両親が私を見送るようになった。

両親は欠かさず「気をつけて」と言う。でも私は答えたくなくて、答えなかった。


答えられなかった。





「ねぇ、知ってるぅ?」

女子トイレに入ろうと、扉に手をかけた。すると、扉の向こうから耳障りな引っかかる声が聞こえた。噂好きで有名な、クラスメートの女子の声だ。私は眉を潜め、他のトイレに行こうと踵を返そうとした。

「幸って、両親に捨てられたんだって」

出しかけた足をピタリと止める。

は?

なんで?

なんで、そんな話が。

いつ、誰がそんなことを言った。


「授業参観に幸の親、来ないでしょぉ?」


うるさい。

うるさいうるさい―――・・

それをお前らが言うのか。

関係無いことを勝手に推測し、勝手に断定し。


「それ、両親に捨てられたからなんだってぇ」


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れッ

傷を抉るように、刻まれる。

――――・・嘘の傷。


キャハハハと馬鹿みたいに甲高い声で大笑いする女子の声が、私の耳に入った。そして、その声が脳を刺激した瞬間―――――・・カッとなって扉を開け、驚いて固まった女子たちに殴りかかった。泣きべそをかいて許しを乞う女子たちを、拳で何度も何度も殴り続けた。女の子の顔だからとか、もう関係ない。

最悪だ、死ねばいい、ガセ流しやがって、ウザい、馬鹿女。

気付けば女子たちは皆気を失っていた。私は女子たちを殴ったときについた自身の拳の血を見つめ、それから息をついた。その時私は、怖いくらい冷静だった。


やがて、騒ぎを聞きつけた先生が女子トイレに来る。私はそのまま職員室に連れて行かれた。動機を聞かれた。何故こんなことをしたのか、殴られた方側に非はあるのか。

もし私が本当のことを言えば、許されたかもしれない。

でも私は、言えなかった。

「ちょっと気晴らしに」

ヘラリと笑って、できるだけ軽く吐き捨てるように言った。


嘘。


今の私にしてみれば、重く辛い嘘。

デマを流したのはあっちだ。両親は仕事をしているだけ、捨てられたわけじゃない。

勝手に噂を立てられて、それで迷惑して殴った。動機としてはそれで成り立つ。


でも、そんなことを言ったら両親はどうだろう。

両親の仕事が多すぎて、こんな事件が起きたって思っちゃう。そしたら、せっかく仕事でうまくいっているのに、自分のせいで辞めてしまう。

両親は優しいから。

私を愛してくれているから、辞めてしまうんだ。

ずっとずっと、私は否定し続けていた。でも、愛されていたんだ。

家政婦も、家族も愛してくれていた。

私は幸せ者だったはず。なのにやっぱり私は捻くれて、皆の気持ちを踏みにじって。

そのときは頭が動転していた。

だから、私がこんな嘘をついたって両親は悲しむなんてこと、考えられる余裕なんて欠片も無かった。

やがて両親は仕事を辞め、家政婦も必要無くなった。


その後、少しして私が殴った女子たちが白状する。彼女らは私の容姿が気に食わなく、男子ウケが非常に良い(自惚れじゃない)ことから妬んで嫌味を言っていたらしい。あいつらの白状もあって、教師たちのお咎めや周りの非難は免れた。


でも遅い。

両親は仕事を辞めてしまった。私は嘘つきになってしまった。もう遅かった。

私がやったことは全て、余計だったのだ。



「幸?」

首を傾げて顔を覗きこむ旭の顔が視界に入った。

入ったと思ったら段々と―――・・

段々と歪んでいった。

ぐにゃり、ぐにゃり。比較的近くにある旭の顔も見えないくらい、歪んだ。

「えッ・・・ちょ、なんで?なんで泣いてんのッ?」

焦ったように私の様子を窺う旭。

泣いてる。

泣いてる?

誰が?

私。

泣いてるわけ無いじゃん。

だって、私昔より器用になったから。

自分の気持ちに嘘だってつけるし、悲しいなんて知らんぷりできる。

だから、あり得ない。

あり得ない筈なのに。

旭の言うとおり、私の頬は濡れていた。

歪んでいた視界は、涙のせいか。生温かい滴が、頬を伝って地面に落ちる。

グイッと制服で涙を拭ってみても、溢れるばかりで止まらない。

嗚咽が屋上に響く。

どうしよう。馬鹿みたいに泣いて、これじゃあ本当に子供だ。

旭に馬鹿にされることを覚悟していると、旭は何も言わずポンポンと私の頭を撫で続けた。




暫くして泣きやむと、ドッと疲れが襲いかかる。目が痒い、腫れるのかな。

泣きじゃくりも収まりつつある。私は旭の視線に気づき、居たたまれなくなって目を逸らす。すると、旭は頭の上にあった手をスッと下ろす。

「大丈夫か?」

「・・・」

答えられない。恥ずかしすぎる。

私は照れ隠しに口を尖らせ、答えの代わりにボソリと呟いた。

「昔のこと思い出してた」

「ん?」

「なんで、馬鹿なことしたんだろうなって」

「したのか?」

「うん」

旭はジッと私の話を待っている。

なんでこうも、こいつの前だと弱くなるんだろう。

培ってきたバリアが崩れ去るように、我慢してきた口が開く。

もうどうでもよくなってきた。


恥ならもうかいた。


「私、親の好意を素直に受け取れなくて」

「うん?」

「馬鹿みたいに否定してたんだ」

私は泣き腫らした顔で空を見上げた。涼しい風が、顔を撫でる。

「でも、本当は大好きで」

「うん」

「愛されてることも知ってて」

「うん」

「でも傷つけちゃった」

家族を犠牲にするほど大切な仕事を、辞めさせてしまった。きっと二人の生きがいだった。そんな大きな仕事を、私のせいで辞めさせてしまった。手放させてしまった。

「もう、そんなこと繰り返したくなくて」

目を閉じた。

「それからずぅーっと、自分に嘘をついて生きてきた」

「幸」

「自分の気持ちが言えなくなった」

「幸」

「悲しくなるくらい、過去が怖いんだ」

「おいこら、幸」

強がって笑ってんなよ、と旭が顔をしかめる。

私は指でそっと自分の口元を撫でた。すると、口角は上がっていた。

嘘つき。

こんなに辛いのに、こんなに痛いのに。

笑っちゃあダメなんだよ。

辛い時は思いっきり泣かなくちゃ。

泣いて、スッキリしたらまた笑えばいいじゃない。

前にもそんなことを言われた気がした。これはきっと、この言葉はきっと。

優しい両親が雇ってくれた、あの家政婦のお姉さんが私にくれた言葉。

ああ、やばい。

また泣きたくなっちゃった。

次は泣こう。

泣いて、泣いて、気が済んだら――――・・今度は思いっきり笑ってみようか。

長らく本当に笑えない日が続いたけど、もしかしたらうまく笑えないかもしれないけど。

(こいつ)だったらなんでも受け止めてくれる気がして、私はたくさんたくさん泣いた。授業が終わってチャイムの音が響き渡り、私たちはすっかり授業をサボっていたことを忘れていた。



「やぁ、さっちゃん」

「・・・うわ、不審者」

大泣きして疲れたから、今日は気分が悪いと早退して、そそくさと家に帰ろうと足早になった矢先だった。

私の目の前に真っ白な人が立ちはだかった。

私は歩みを邪魔されてあからさまに顔をしかめ、真っ白な人間を見る。

真っ白と言うのは例えではない。本当に真っ白なのだ。

髪の毛も睫毛も眉毛も、肌も服も。まぁ、瞳はグレーっぽいけど、あきらかに日本人ではないだろう。いや、でもさっき「やぁ」とか話しかけられたような。日本語だ。

さっちゃんと呼ぶのはあの家政婦さんだけの筈、こんな胡散臭い奴に呼ばれる覚えはない。

暫く不審者を睨むと、薄れていた昨日の記憶がフッと頭によぎった。

そう言えば。

「郁が言ってた、セールスマンのような気持ち悪い笑顔浮かべる奴ってアンタか」

「え・・・」

不審者の真っ白な男が顔を引きつらせた。引きつらせながら「僕って気持ち悪い・・・?」と呟きながら頭を抱えて嘆いていた。とりあえず、ダメージは与えることができたようだ。こっちだって「さっちゃん」なんて呼ばれて、昔の傷抉られたんだから。

文句は無いハズ―――・・・いや、言わせねぇよ。

真っ白な男は私が目を光らせたことに怯み、苦笑しながら手をヒラリと揺らした。


「キミ、ちょっと正直になったんじゃない?」

「うっさい、もうどうでもいい。恥ならかいたし、今日は嘘つく気にもなれない」

「いや、嫌味じゃないんだ」

男は少し残念そうに眉を下げた。

「キミが嘘つきでいてくれたら―――・・〝嘘〟で自分を白く塗り固めてくれたなら、僕はキミを喜んでスカウトしたのにさぁ・・・」

「はは、郁に聞いたよ」

白に馴染む人間を探してるんだって?と、塗り固める必要が無くなった私は、まるで悪者が浮かべるような怪しい笑みを浮かべた。男は更に残念そうに暗い顔をしている。


「完璧な白い人間がいないんだよ。やっぱり僕ほどの理想主義者はそうそう見つからなくてね。一時凌ぎで上辺だけでも取り繕ってみたら、少しはいいかなって思ったんだよ。だからこそのキミみたいな逸材を見つけたってのに、どうしてこうもタイミング悪く・・・」

「残念でした」

「もう結構スカウトしたのに、皆皆どぎつい色してて・・・挫けそう」

男は今までのことを思い出したのか、顔を引きつらせて力無く笑う。そして、私の顔をジィッと見つめると、再び軽くため息をついて言った。

「ダメ元で聞くけどさ」

「嫌だよ」

「まだ何も言ってない・・・」

「はははッ」

我慢できずに笑った。腹が痛くて、息ができない。

大笑いしてしまった。楽しくて楽しくて、大口開けて笑って――――・・それから泣いた。



「残念でした・・・私は黄色だよッ」


生温かい雫を伝わせながら、私は笑った。

辛かったんだ。

嘘つくと、自分が死んでいくようで。

嘘つくと、自分を見てもらえなくなるようで。

辛かったんだ。

取り繕うのはもう嫌だ。

今まで塗り固めた嘘を、壊した。

今日のこの出来事で私は―――・・すごく救われたのだろう。


旭のおかげ。


ありがとう。なんて、言いたくない。

素直に感謝してたまるか。

でも。

でもね。

今日はもう疲れちゃったから。

嘘をつく気にもなれないから。

多分無意識に出た「ありがとう」は、金髪で今日出会ったあの不良に向けられた言葉なのだろう。


もう悲しいんだか嬉しいんだか、ワケわかんなかった。

心の中が嘘のつき過ぎでぐちゃぐちゃにかき混ざって、こんな状態でどうしろって訊きたいくらい今の私は状態を保つことで必死だった。

「黄色だッ・・・」

私は歯を食いしばりながら、最高の笑顔を浮かべて見せる。

満面の笑みを、浮かべて見せる。


真っ白な男はグレーの瞳を丸くし、私をじっと見つめていた。

そんな男に、私は精いっぱい主張した。


「素直で、可愛くて、愛想良くて、明るい――――・・ヒマワリみたいな黄色だよッ!!」


嘘をついて一生分の後悔をしたんだ。


ちょっとくらい自画自賛になっちゃったって、いいじゃない。

ちょっとくらい背伸びしちゃったって、いいじゃない。

嘘つきな私は〝素直〟を知った。



だから――――・・嘘つきな私に、少しばかり休息を。





嘘つきな黄色。



大切なモノは大切なんだって言いたいから。


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