無力な桃色
幸せってなんだろう。
どうせ一丁前に〝幸せ〟って言ったって、その価値観は僕だけので、僕が思った〝幸せ〟が〝幸せ〟なんだから、答えは人それぞれになってしまうんだろう。
でもそんなことを言ったって、訊かずにはいられない。
何不自由なく裕福に暮らせる生活?
一緒に笑っていられる都合のいい友達?
それとも―――・・なんだろう。
僕は、アホらしいくらい典型的な幸せしか浮かばない自分が、恥ずかしくてならなかった。
*
「なぁなぁ、新しく発売した『YUMA』のゲーム持ってる人いねぇ?」
海ヶ丘小学校、五年二組の教室。一見見れば普通の他愛無い会話だ。
だけど、同じクラスメートの子が聞けば、その言葉は恐ろしくて堪らない呪いの言葉だった。
しんと静まった教室で、一人の男子が手を上げた。
気弱そうな、小柄な男子。
「僕・・・持ってる・・・」
「んじゃ、明日〝貸して〟」
「え・・・」
「なッ?」
「・・・・うん・・・」
半ば強制的に頷かせたのは、このクラスの中心でリーダー気取りをするマサト。
そして、その脅迫紛いな言葉で頷かされたのは、このクラスで一番目立たず、今やイジメの標的となってしまったイサムだ。イサムは〝勇〟と書くのだが、名前とは全然似つかないぐらい弱虫なのだ。
五年二組は異常だった。
何が異常って、このクラスの基準をマサトが握っているというところが。
クラスメートの価値も、給食のデザートも、友達関係も。
皆、マサトが支配している。
そんなことは、多分クラスみんな承知の上だろう。でも、皆面倒事に巻き込まれまいと口を閉ざす。
マサトがイサムをはぶき始めた。おかげでイサムは更にクラスから孤立し、マサトは更にイサムを〝下僕〟として扱した。
明らかにこれは、イジメそのもの。ドラマや小説で言う〝悪者〟が行う行為だった。
だからと言って、僕は何をするわけでもなかった。
助けたりしない。
だって、面倒じゃないか。
クラス替えはない。これから卒業までこのクラスで過ごすのだ。
面倒事なんて起こしてたまるか。
「やったぁ」
ゲームを〝貸してもらう〟約束を交わし、無邪気な笑みを浮かべて喜ぶマサトに、「次貸してくれよ」と笑う取り巻きの男子。
そのやり取りを知りながら、何の口も出さない女子に、もう返ってこないだろう新発売のゲームのことを思って泣きべそをかくイサム。
ああ、異常だ。
今日もこのクラスは、馬鹿みたいに歪んでいる。
「――――なぁ、雅」
「え?」
ふと僕に愛想よく笑いかけるマサトに、僕は素っ頓狂な声を上げた。
マサトはケラケラと笑うと「なんだよ、聞こえてなかったのか?」と言った。僕が頷くと、マサトは僕の肩に手を置いて「お前、ホントおもしれぇよなぁ」と呟いた。
「どこが?」
「なんて言うか、現実離れしてる気ぃする」
だってお前らとは違うし、なんて言えるわけも無く、僕は適当に笑って流しておいた。
「お前とは、ずっといいダチでいそうだよ」
「そう?」
「それに比べて、イサムは弱虫だし、すぐ泣くし、男として気持ち悪いよな」
「へぇ」
「ま、いいパシリだからいいけどよ」
それを聞いてマサトの取り巻きの男子が声を上げて笑った。
なんか、ゴロツキ集団の下品な笑い声みたいだ。なんて思いながら僕も笑っておいた。
*
学校帰り、いつもとは違う道を通った。でもそれはただの思い付きであって、他意はなかった。偶然か、それとも必然か。僕は怖い怖いお兄さんたちに会った。
まだ明るい時間帯だって言うのに薄暗い、路地裏で誰かが殴り合っている。
多分高校生の、男五人。その中の一人が、後の四人と対峙しているようだった。罵声やドゴッという鈍い音が、路地裏に嫌というほど響いている。
勝ち目なんか無いだろう、なんてぼんやりと思いながらその様子を陰で見ていると、やがて男四人は気が済んだのか帰ってしまった。ボロボロになって地面に突っ伏す男一人を残して。
案の定、一人で闘った男が負けた。
クラスと同じ、イサムと同じように。
何にもできない。
―――・・殴り合いって殴ってる方も痛い筈なのに、なんで好んで喧嘩するのかな。
「大丈夫ですか?」
とりあえず、声をかけてみる。けど、返事が返ってこない。死んだのかと思って少し後ずさると「大丈夫ですかー?」と声の音量を上げて再び声をかける。
すると、ピクリと男子高校生の指が動いた。
「あ・・・?誰だよ」
「通りかかった者ですが」
「小学生か」
「ガキじゃないです、僕は周りとは違うし」
僕はあの歪んだ五年二組のクラスを思い浮かべた。
あんな奴らと違って、干渉もしなければ波風も立てない。
それが、大人の対応だから。
男はゆっくりと体を起こし、近くにあった壁に寄りかかった。
よく見たら、ピアスホール開けまくりだし、金髪だし、目つき悪いし。
声かけなきゃよかったかもしれない。まぁ、でも自己紹介だけはしとこうと思い「僕、雅っていいます」というと男は「旭・・・」と素っ気なく呟いた。どうやら名前のようだ。
「周りとは違うって、どう言うことだよ」
「そのまんまの意味ですよ」
僕は周りと違う。そう吐き捨てるように言うと、ストンと地面に腰を下ろした。旭が首を傾げるのを見て、話さないと暴力で吐かされそうな雰囲気だったから、仕方なく話した。目つきが悪いって怖い。
イサムとマサト、周りで噂をする女子、媚びへつらう男子、何も知らない大人たち、そしてその間を器用に避けながら生活する僕のこと。
「皆馬鹿だよ。マサトだって、友達とか言ってるけど、僕が逆らったら容赦なくはぶくんじゃないかな?だってそれくらい、イサムのときもあっさりだったもん。周りの男子も、それが怖くてヘラヘラしてるし、女子は女子で好き勝手裏で言ってるけど行動には移さないんだ。綺麗事ばっかり並べるだけ並べて、表では笑ってる」
そんな奴らと、一緒にはなりたくないよ。いつの間にか力説する僕に、旭は眉を潜めながら目を細めた。
その動作は、僕を睨んでいるように見えた。
睨んでる?
まるで、馬鹿な奴を見るような哀れみの―――・・そして、汚い奴を見るような蔑みの視線。
何故?と首を傾げていると、旭は言った。
「お前みたいな奴が、〝口先だけの弱虫〟って言うんだよな」
「・・・え?」
突然の言葉に、僕は驚いた。旭は壁に体重を預け、まるで嘲笑うかのように笑っていた。
僕は声を漏らした。その声は震えていて、旭の態度の急変に動揺しているようだった。
「お前、馬鹿だろ。馬鹿みてぇな現実逃避しやがってよ。気付いてねェようだから教えてやる。お前のその言葉、大人から聞いてればただの言い訳で、見てて滑稽なんだよ」
「なッ・・・」
「ま、俺もまだ高校生だ。大人でもなんでもねェ、微妙な歳だけどな。俺は、お前みたいに自分の馬鹿さ加減に目を向けず、周りを見下した気になっているガキが大嫌いなんだよ」
旭はそれだけ吐き捨てると、壁に手を添えながら立ち上がる。
傷が癒えてないのに、無理矢理歩こうとするなんて馬鹿だと思ったが、今の僕は旭に声をかけることさえ拒絶されているようで――――・・出かかった言葉は出てこなかった。
「一個、訊いとくがよ」
「・・・」
「お前、幸せか?」
「え・・・」
唐突な質問に、目を見開く。旭は僕に背を向け、こちらを見ずに続けた。
「卑屈的になって、何もかもを見下して、優越感に満たされて。お前は本当にそれで、幸せなのか?」
「・・・」
頷けなかった。マサトといても楽しくない、そんなことは前々から気付いていた。でも、そんなことは気のせいだと自分の考えに背を向けてきた。それを肯定したくなかった。
「イサムとやらは、学校に来ているんだろう?」
確かにイサムは学校に来ていた。こんな状況でよく学校に来るよな、とも思ったが、関係無いと目を逸らしていた。
でも、ゆっくり考えれば気付いた筈だ。
イサムは一度だって、学校を休んでいない――――・・マサトから逃げてなんていない。
「悲しい奴だよな、お前。自分の無力さに気付けないなんてよ。話を聞いてる限り、お前よりもイサムって奴の方が強いわ」
旭はそれだけ言うと、おぼつく足を前に出して去ってしまった。僕はその背中をぼんやりと見つめ、そのまま暫く座り込んでいた。
もやもやした変な感じと、貶された苛立ちを胸に。
*
「ああ、もう。なんなんだよ、この世界。見渡す限り色しか無いじゃん。まったく、もう六人もスカウトしたって言うのに、皆白には毒みたいにきついし・・・」
独りごとにしては大音量だけど、誰かに話しているにしては返事の余地を与えない。
誰だろう、なんて思いながら辺りを見回すと――――・・
「ああ、キミ。なんにも無い世界って興味ある?」
半ば投げやりになったような声のかけ方に、少しだけ眉を潜める。
誰?
薄暗い路地から差しこむ光を遮るその人物は、どうやら僕に話しかけているらしい。僕の方を向いている。逆光で、姿が見えない。
でも、声からして男だ。
「キミだよキミ。行き当たりばったりだから、名前調べてないや。ええと・・・」
「雅」
「こりゃまた随分と可愛らしいお名前で」
僕は逆光で見えない相手にも関わらず、足でその男を蹴り飛ばした。足は蹴飛ばした感触があり、耳はドゴッという鈍い音を拾った。
生憎今、虫の居所が悪かった。
僕は旭の言葉を思い浮かべると、思いっきり眉を潜めた。
なんだよ、僕が悲しい奴だって?
違う、悲しいのはイサムだ。僕は、それを見ている傍観者であって、周りとは違う特別な奴なんだ。お前に何が分かる。卒業まで気まずい生活を送るのは、面倒くさいんだ。
面倒くさい。
面倒?
「いったいなぁ、いきなり蹴るなんて横暴すぎ。だからガキは嫌なんだ」
「僕はガキじゃない」
少し、男の態度が変わった。蹴ったから、怒っているのだろうか。
大人げない、別に強く蹴ったわけじゃないんだから、いいだろ?
僕はイライラした感情を抑え、男を睨んだ。
「は?自分の姿、鏡で見てみろよ」
男は頭を掻くと、少しだけ声を低くする。
微かに乱暴になった言葉づかい。相手も気が立っているのか、苛々しているようだ。
「小さな細っこい体格で何言ってんだよ、ガキ」
吐き捨てるような言葉に、冷水を頭からかけられた気がした。
「大人をあんまナメんじゃねぇぞ。お前みたいなガキが、大人と喧嘩でもしてみな。捻り潰されて終わりだわ。そんな弱々しいお前が自称大人ってか。そりゃこっちから見れば笑える話だわな」
「うるさい・・・」
「ガキじゃないガキじゃないって言ってるお前は、ただ単に逃げてるだけじゃねぇの?腹立つんだよなぁ・・・そういう自分は特別だからっていう勘違いしてる奴見てるの。まぁ、体格が細くたって怪力っていう〝例外〟もいるみたいだけど。とりあえず、お前みたいなガキが一番嫌いだ」
「うるさいッ」
「黙らねぇよ?先に喧嘩吹っ掛けたのはお前だ。〝大人の世界〟じゃあ、辛くなったから逃げるっていうことは通じないんだよ」
「うるさいうるさいうるさいッッ!!」
「うるせぇのはこっちだ、糞餓鬼ッッ!!」
淡々と言葉を並べていた男が、初めて声を荒げる。
怒りで熱くなって顔を真っ赤にした僕の顔を、男は憎々しげにこちらを睨んだ。
そう言えば、太陽が雲に隠れたからか、逆光がなくなった。
男は白かった。
白髪とはまた別のような気がする、真っ白な雪のような髪に、睫毛や眉毛も白く染まり、瞳はグレー。肌も女の人並みに白い。顔だけかと思ったら、服まで真っ白だ。
どこぞの外人かと思った。
「おい、これ以上お前のその不快な口、閉じねぇとぶっ殺すよ」
一番最初の穏やかな口調が嘘のようだ。
真っ白な男は、それだけ吐き捨てると僕を一瞥した。そのときチラリと花びらが僕の目の前を過ぎった。僕はそれを目で追い、やがて地面に落ちた花びらを指で摘む。
「花びらの桃色、今のキミにピッタリだね」
男の口調は戻っていた。
「無力で馬鹿で、ガキすぎる。まさに、無力で他力本願な桃色さ。よく喚くクセに、そればっかりだ。キミは一度だって、その口から出たことを行動に移したことはあったかい?」
――――・・お前みたいな奴が、〝口先だけの弱虫〟って言うんだよな。
さっき旭が言った言葉。冷静さが欠けていて、その言葉の意味を理解していなかった。
考える。
考えてみる。
僕は、何もしていない。
ヘラヘラ笑ってる。
イサムを見下し、マサトを見下し。
周りを見下し。
自分は大人だと大腕振って。
自分は何をした?
利口だと決めつけて、波風を立てない。
それが本当に利口だった?
もしかして。
もしかして僕は―――・・
とんでもない勘違いを、していたのだろうか。
「あの・・・」
窺うように声をかけた。
「ん?」
男は先ほどよりも冷静になったようで、もう苛立ちは感じられなかった。僕はそのことに微かに安堵の息を零し、それから思いっきり頭を下げた。
「さっき、苛々してて蹴っちゃって・・・ごめんなさい」
「・・・」
男は黙り込んだ。
僕の真意を見定めているようだ。僕は頭を上げると、真っ直ぐグレーの瞳を見つめた。
不思議な人だけど、この男の人は一体何者なんだろうか。普通の人間ではないような気がする。真っ白なことを抜きにしても、纏っている雰囲気が普通と違うような・・・。
「指摘、されて」
「?」
勘ぐりながらも、口を開く。
「似たようなこと、さっきも旭っていう人に指摘されて」
「旭?」
「図星指されて、カッとなって」
「ちょっと待って、旭って」
金髪の?と尋ねる男の人は、少しだけ嫌そうな、拒絶するような顔を浮かべる。僕は旭の顔を浮かべて「そう、ですね」と頷くと、男は「・・・そう」と黙り込んでしまった。
僕はカッとなって握り締めてしまっていた桃色の花びらを、そっと地面に置く。
男は居た堪れないような表情を浮かべると、ワシャ、と真っ白な自分の髪を少し乱した。
「まぁ、今回僕も苛々してて。なんせ、旭くん含め六人誘ったのに、いずれも僕みたいな白い世界に毒の色ってどういう悲劇だよ・・・」
「どう言う意味ですか?」
「そうだ、キミ何にも無い世界って興味ある?」
「いえ」
ありませんよ、と僕は笑う。
「僕は、やっぱりここがいいです」
何を、本気で答えているのだろう。何にも無い世界なんて在る筈が無いのに、何故か僕は冗談として受け取らなかった。真剣に、そう言って笑うと、男は眉を下げて「また振られた」と落ち込んだ。
「ま、キミも立派な桃色だもんね。僕の白色が侵されちゃうから、いいか」
「?」
「ああ、こっちの話」
男は苦笑すると、ヒラリと手を振った。
「僕は朧。変な名前でしょ、親しみをこめて〝ロウ〟って呼んでくれればいいよ。まぁ、もう会うことも無いだろうけどね」
真っ白な男、朧の言葉は、冗談に聞こえなかった。それは、多分朧の姿が現実離れしていたからだと思う。だから、もう会えない、そう思うことも納得してしまったのだ。
「じゃあ、雅くん」
もう会うことも無いだろうけど、もし会ったら今度は大人になってるといいね。
意味深い言葉を残し、苦笑気味に少し目を逸らしたら―――・・もう朧はいなくなっていた。
なんか、不思議な気持ちだ。
*
「イサム、ゲーム貸せよ」
次の日、イサムは予想通りマサトたちに囲まれていた。一人対男子って言うのは、すごく怖いだろう。
それでも、イサムはずっと学校に来ていた。
気付かなかったのは、僕だ。
イサムは〝勇〟って書くけど、似合わないよな。そんなことをずっと思っていた。
泣き虫で、気が弱くて、マサトにずっとずっと言いなりで。
そして、そんな姿を傍観者として見ていた僕がいて。
ああ、みっともない。
みっともなかったな。
旭と朧に会って、気付いた。
ホントは、もっと昔に気付いていたのかもしれない。
でも、気付かない振りをしていたのかもしれない。
自覚した。
僕は弱かった。
「ねぇ、マサト」
今まで干渉しなかった僕。そんな僕が、イサムとマサトの間に捻じ込むように入り、初めてマサトと対峙した。真っ直ぐとマサトの瞳を見つめる僕に、マサトは少し後退して「なんだよ」と言う。初めてのことに、少し怖気づいているのだろう。
「もう、やめよ」
僕の言葉に「はぁ?」と声を上げる周り。「なんだよ」「どうしたんだよ、ミヤビ」と声を荒げる男子に、僕は目を細めた。
「外野は黙ってろよ」
凄みを利かせて周りを一瞥すると、周りは一瞬にして静まった。
朧の真似だ。
朧の迫力には勝てないけど、それなりに声を低くして睨んでみせた。
マサトは黙っている。
僕は続けた。
「マサト、このクラスはマサトのモノ?」
「え・・・」
「クラスメートは、マサトの人形?」
「・・・」
「僕たちは、都合のいい友達?」
「ちがッ・・・」
「じゃあ、なんでイサムをはぶいた?」
反論の余地を与えさせない。
これも朧の真似だ。
周りはしんと静まり、それから互いに顔を見合わせる。気まずい空気が張り巡らされる。が、僕は気にせずにマサトを見つめた。
「イサムだって、前は仲良かったよね」
「・・・」
「でも、ある日イサムがマサトを叱った。授業中うるさいって、そう言ったよね。マサトがふざけてて、先生が怒っても気にしなくて。そのとき僕も隣にいたから覚えてるよ」
「・・・」
「その日からだよね、何故か周りがみんなイサムに余所余所しくなって。イサムは孤立して、そのままマサトのパシリになり下がった。そりゃ怖いだろうね、クラス全体が敵となっちゃ、もう反論はできない。僕も反論したら、イサムと同じになっちゃうのかなぁ」
わざとらしく言ってみれば、マサトは必死に弁解するように「そんなことッ・・・」と続けようとする。その言葉に更に言葉を被せた。
「あるわけない?わかんないよ、だってイサムが現になってるじゃん」
これにはマサトも黙りこくった。
僕は、ああ、やっちゃったななんて思いながら、深く深くため息をつくと周りを見渡した。
「ま、僕も僕で、ずぅーっと知らんぷりしてたけどね」
吐き捨てるように言うと、マサトは力無く座り込みサァッと顔が青ざめさせる。
すると、周りからマサトの批判の声が聞こえた。
「酷いよ」「友達はぶくとか、友達じゃ無いじゃん」「パシリにするなんて」「皆言いなりだったもんね」「怖かったんだもん」「マサト偉そうだったよね」「私前から嫌いだった」「俺だって」「悪いとは思ってたんだよ」「でもマサトが命令って」「最悪だわ」
クラスの批判がマサトに追い打ちをかける。更には、取り巻きの男子でさえ「酷い」と言っていた。
虫唾が走る。
他人事か。
お前らみんな。
マサトのせいでこんな状況にしたって、言い訳をして。
見苦しい。
見苦しすぎる。
・・・もしかして、旭や朧から見たら、僕はこんなんだったのかな。
すごく。
すごく、恥ずかしい。
眉を潜めた僕は周りを見回し、それから足を上げる。
――――・・そして、一つの机を思い切り蹴っ飛ばした。
ガターンッッ!!
派手な破壊音に周りは静まった。
僕は思いっきり顔をしかめると「ウザい」と一言吐き捨てた。周りは、訳がわからないとでもいうような表情で僕を見つめる。
僕は息を吸って、吐いた。
「――――――・・お前らが言えた質かよッ!!」
いつも声を張らない僕だから、僕の叫び声には皆が驚いた。だが、僕は続けた。
「マサトを責める前に、自分を責めてくれないかな。気持ち悪いよ、マジで。イサムをはぶいたのは自分じゃない、関係無い。そんな無責任なこと図々しく思ってるのかね、このクラスは」
マサトやイサムがこっちを見た。
なんで、こんなに僕は一生懸命なんだろう。
面倒くさいんだよね。
面倒くさかったんでしょ?
だから、避けてたんだよね。
なのに、自分から波風を立てて。
馬鹿みたい。
馬鹿みたいだよ。
――――・・でも。
「ごめん、イサム」
僕は変わってしまったんだ。
二人の人間に会って、変わっちゃった。
災難だよ、だってこのままでいれば楽だったのに。
でもそれは言い訳だって気付いたから。
それがみっともないって気付いたから。
僕は、少し闘ってみようと思った。
次の日、気まずくなると思っていた教室は空気が軽かった。
僕は変わっていた。二人の人間によって。
馬鹿なことから逃げていた自分はもう終わり。
数日経ち、僕が怒鳴ったことはある変化を遂げていた。
「イサム、ゲーム一緒にやろう」
「・・・うん!ミヤビも一緒にやろう」
「あ、うん」
他愛のない会話。
イサムはマサトや僕のことを許し、尚友達でいてほしいと言った。
強い。
素直にそう思った。
イサムとマサトと僕。
三人で笑い合っているその日々は、もしかしたらすごく楽しいのかもしれない。
案外、面倒くさいことをやり遂げれば、楽しくなる。
そんなことを教訓に、僕は笑った。
今、幸せ?
幸せだよ。
本当の友達を、見つけたから。
無力な桃色。
無性にありがとう、って言いたくなった。
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