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十人十色  作者:
2/8

狂った赤色

人間は何の為に生き、何の為に考え、何の為に苦しみ――・・何の為に死ぬのだろうか。


地球上に生まれたことで、初めて“万物”として生を成す。

じゃあ、それらを創り出したのは誰だ?

同様に万物か?

神か?

それとも――・・この地球自体か?


ふと軽く考えても、問いの答えは当たり前のように返ってこない。

まあ、仮に神がいたとしても私は神に従わないだろうな。と言うか、従いたくない。でももしかしたら、こんな反抗的な想いさえも神の言いなりなのかもしれない。

それでも事実、地球が壮大な存在でも、私は地球を踏みつけて生きているじゃないか。

神に誤った判断があるとすれば、私を生んだということ。

私、という存在を創ったこと。

最近、性格が歪んできたなと思う。



(みのる)。最近ねぇ、ここら辺に切り裂き魔が出るらしいんだけど、稔じゃないよね」

「とりあえずね。唐突に自分の友達を切り裂き魔だと疑った人、初めて見たよ?(いく)

今、私たちは住宅街の小さな公園にいた。

私は、ジャングルジムの一番上で両手を大きく広げ、冷たい風を充分に受けている。

(はた)から見たらすごく恥ずかしいと言うことで、友達の郁は「隣にいたくない」とジャングルジムから降りて、隣の滑り台のてっぺんで座ってしまった。薄情者。


だが郁は一向に滑り台を滑ろうとしない。

折角、滑り台に登ったんだから滑れよ。お前、滑り台の使い方間違ってるよ。

なんて言いそうになったが、郁は生憎マイペース過ぎるところがある。

明らかに言ったところで無駄な行為だ。

私は両手を下ろし、大人しくジャングルジムに座った。


断じてタイタニックのような格好が恥ずかしくなったわけではない。


「怖いよね、切り裂き魔」

「まぁ、しかも狙われてるのは女子の中高生だって言うじゃん?明らかに変態だよね」

私の言葉に、郁はケタケタと笑った。

「私はないとして、郁は気をつけなよ?郁、弱いんだし」

「大丈夫だよ、だって稔が護ってくれるでしょ?」

いっそ清々しいほど素直な言葉。私は「やだよ」と言いながら苦笑した。

「いいじゃん、稔強いんだし」

「いやぁ、どうだろうね。切り裂き魔のほうが強いかもよ」

「無理無理、稔鬼だもん」

「おいこら、既に人間外じゃないか」


他愛無い会話をしていると、本当に時間が経つのは早い。明るい青だった空は夕焼けで赤く染まり、段々と周りが暗くなってきた。公園の電灯も点き始める。

「そろそろ帰る?」

「あーやだ、またあの家に帰ると思うと、死にたくなるわ」

郁が眉を潜めて言う。この言葉は郁なりの冗談だけど、本気に聞こえる。

私は郁に「気をつけて帰りな」と困ったように笑うと、郁は「バイバイ、また明日」と手を振って家に向かって歩き出した。

私も帰ろうと、ジャングルジムのてっぺんからヒョイッと飛び降りる。スタッと綺麗に着地すると、パンパンと服の汚れを払って帰ろうと踵を返した。



暗くなった帰路を一人で歩いていると、タッタッタッと足音が聞こえた。

私が曲がり角を曲がっても、後ろの足音はついてくる。明らかに私を追っている。

私は自然と足早になる。すると、後ろの足音も早くなる。

私は先程話した「切り裂き魔」を思い出す。

確か、襲われた女子中高生の襲われる時間帯も、こんな薄暗い時間だった気がするな。

なんて、ぼんやりと思っていると、足音がいつの間にか真後ろにいた。

私はギクリと肩を揺らし、反射的に振り向いた。


すると。


「いやぁ、稔」


郁だった。

「あのさ、もしよかったら家に泊めて」

「はぁ?」

「なんか、母さん妙にピリピリしてて、帰った瞬間に殴られた」

「何それ」

「多分、愛人に振られたんだと思う」


郁の父親は単身赴任中で、郁はほぼ母子家庭で育った。

母は郁のことが大嫌いで、郁がいるから浮気ができない、といつも郁の目の前で言っているそうだ。

だから郁は昔から家庭のことに関しては何かと冷めていた。


浮気とか、愛人とか、そんな言葉もサラッと言ってみせるし、私の家に泊めて、と言うのも初めてではない。

「ま、うちも両親いないしいいよ」


私の家も家庭が複雑だった。母は私が幼い頃に死んでしまって、父はそのショックで私に暴力を振るい(つまり虐待)警察につかまって服役中だ。だから、今私は一人暮らし。

表向きには親戚と一緒に住んでいることになっているが、親戚との関係も薄いためにあまり様子は見に来ない。だから、〝ほぼ〟一人暮らし。

「やった、ありがとう」

郁は長い栗色の髪を揺らし、嬉しそうに笑った。

隣で歩いていた私の顔に、郁のクセのついた髪が触れてくすぐったい。

柔らかい色の髪って羨ましい、私は黒髪だから。



郁と私は昔からの幼馴染と言うわけではなく、出会ったのは中学に入学した初日、つまり今から二年ほど前になる。

私は小学校では孤立した生徒で、しょっちゅう先生が個別に話を聞きに来た。でも捻くれていた私は、一向に口を開かない。先生は呆れて、遠ざかってしまった。


ほら、やっぱり。

やっぱり、ね。

面倒くさくなっちゃったんだ。


遠ざかるなら、始めから近づくな。


そんなことを小学五年から既に思っていた私もどうかと思うけど、多分寂しかったんだと思う。先生も周りも、親も相手にしてくれないから。意地張って壁作って、遠ざかった。

でも、中学に入学して郁に会った。

郁は体が弱くて、しょっちゅう入院していたらしい。肌が異様に白くて、体も華奢だ。

流行の話や、ファッションの話。中学の新しい友達と楽しく話す中、病院生活が長い郁だけが話についていけなかったようで、いつも屋上で本を読んでいた。


「ね、髪綺麗だね」

ナンパに近い口調で話しかけたのは私。郁の地毛である栗色の柔らかい髪に惹かれて、思い切って話しかけた。郁は目を丸くして驚くと、「地毛なんだ」と素っ気なく答えた。

それから二人でいることが多くなって、気がつけば私たちはお互いの〝秘密〟を知り得る、特別な存在になっていた。脆いようで堅い、そんな曖昧な絆。

それから二年に進学したころには、二人してクラスから浮いてしまって、〝変人ペア〟なんて呼ばれるようになったのはもう少し後の話。



コツコツコツ。

「・・・ねぇ、郁」

「うん、いるね」

規則的な足音、私たちの背後でリズミカルに響く。もうすっかり夜だ、辺りは家の明かりと街灯しかない。空気も冷えて、少し肌寒い。

コツコツコツ。

「・・・どうする?」

郁が私の顔を覗いた。

郁は童顔だった。中学三年生にもなって小学生に間違われてしまうほど、身長は伸びないし、小柄な体格だ。体つきが細いのは、郁の体が弱いから。学校も休みがちな郁は、定期的な運動をあまりしない。体育の授業もあまり出ないのだ。

「どうするって言ったって・・・」

私は「ううん」と唸る。

「助けを呼ぶ?」

「間違いだったらどうすんの?」


「じゃあ・・・」


そう言いかけた郁が、突然後ろに下がった―――・・否、下がったわけではなかった。

引っ張られたのだ、切り裂き魔に。


私が後ろを振り向くと、郁は誰かの腕の中にいた。

男なのか女なのかもわからない。体格はそこまで大きくなくて、太ってもいない。寧ろ細い方だ。フードにマスク、サングラスで顔や髪形を隠しているため、年齢も分からない。身長は百六十前後だろう。右腕で郁の首を押さえ、左手でナイフを向けている。

「ああ、変態だ」

先ほど公園でしていた会話が脳裏をよぎり、ポロッと言葉が出てしまった。

ハッと口を手で塞ぐ。だが、手遅れだった。切り裂き魔は肩を震わせ、ナイフを持つ手に力が入っている。

怒らせてしまったみたいだ。が、喋る気もないらしい。


郁は恐怖を感じてないらしく、寧ろ不快に思っているみたいだ。眉を潜めている。

「あの、離してよ」

ナイフに怖じず不貞腐れたように言う郁に、切り裂き魔は微かに首を傾げた。

確かに、ナイフ向けられて冷静でいられる人間なんて、いないもんね―――・・普通は。


「早く家に帰って寝たいんですけど」

「郁、我が物顔で家に帰るとか言ってるけど、ベッドでは寝かせないからね」

「なんでッ!?」

「いや、すごく心外そうな顔してるけど、こっちがなんで!?」

緊張感のかけらもない、そんな会話に切り裂き魔は腹が立ったのか、郁の首筋に刃先を向けた。

ギリギリ、あと数ミリと言うところだ。それでも郁は、呆れた様子で眉を潜める。

私も呆れた。


「すみません」


突然謝った私の真意なんて、切り裂き魔にはわからないだろう。

静かに言い放った私の言葉を聞いて、首を傾げた切り裂き魔。



――――・・私は咄嗟に駆け、ナイフを持つ手を蹴り上げた。


蹴り上げた衝撃で鈍い音がしてナイフが放り出される。そして、クルクルと宙で舞ったナイフは急降下し、道路にキィィンという音と共に落ちた。

私はそれを拾い上げると、笑った。

「すみません、計画ぶち壊しにして」

私が謝ったのは、切り裂き魔。

切り裂き魔は訳がわからないと言うように、オロオロし始める。私はその間に郁の手を引き、こちら側に引き寄せた。これで、切り裂き魔の計画は完全に壊れた。

私はタンッと地面を蹴ると、左足に重心を置いた。そのまま遠心力で右足を振り切り、切り裂き魔の腹に直撃させた。切り裂き魔は「グゥッ」と声を上げると、後ろに吹っ飛んだ。

「ああ、やっぱり男だった」

切り裂き魔の唸り声は、男そのものの低い声だった。

「女子中高生を狙う切り裂き魔なんて悪趣味な犯行、キモいおっさん」

郁が無表情のまま吐き捨てるように言ったが、切り裂き魔の男は私が吹っ飛ばしたダメージがまだ残っているのか、壁に寄りかかったまま動かない。

「とりあえず、110番だよね」

郁はポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきでボタンを押した。



強靭的な力は、生まれつきではなかった。

生まれた頃は、自分で言うのもなんだがただの可愛げのある少女で、それなりに幸せに両親と暮らしていた。

だが、まるで何かが崩壊するように、全てが変わってしまった原因は母の死。

そして父の虐待。

小学四年、父の虐待を受けて死ぬ寸前だった。

胸倉を掴まれ、小さい子供だった私が大人の男に勝てるわけはなく、為すがままに殴られていた。痛みももう感じない、苦しくもない。


でも、死ぬのは嫌だった。


死ぬのかな。

死ぬ?

死。

死ぬんだ。


死にたく――――・・ない。



死にたくない!!


そう思った瞬間、頭の中の何かが切れた。

気付けば滅茶苦茶に荒らされた部屋と、ボロボロになって横たわる父。

何が起きたのかと現状把握してみようとするが、その時の私には理解できない。

やがて誰かが騒ぎを聞きつけて通報し、父は捕まった。父は「娘に殴られた」と主張していたが、それを信じる者は誰もいない。

何故って、その時の私は小学校低学年で、父と身長を比べてしまえば弱々しいほどの体つきだったから。細い腕と、小さな体は大人の男を殴り倒すには不可能だった。


可能になってしまったのだが。


今の私が思うに、普通の人は制限(リミッター)というモノがある。脳で肉体にストッパーをかけ、肉体が壊れそうになったらこれ以上は無理ですよって信号を送る。そうして人間は生きている。

だけど、どうしたことか。私のリミッターは壊れてしまった。

父が私を殺そうとしたとき、あるいは生まれたときから既に壊れかけてたのかも。

そうした私は、〝普通〟ではなくなった。

そんな私の『秘密』は、郁しか知らない。周りに教えたりしたら、それこそ面倒なことになっちゃうし、人体実験とかされそうで怖い。

郁には隠し事はできなかった。なんでもお見通しみたいで、嘘はつけなかった。


でも郁は、そんな私を知って尚隣にいる。

まるで、何が普通じゃないのかを知らないとでも言っているように。


そんな郁に、私は救われた。



「あのね、郁」

「んー?」

切り裂き魔は警察に任せ、私たちは家に帰って寝る準備をしていた。

私は宣言通り郁をベッドに入れず、郁は床に敷布団を引いて寝転がっている。


「私ね、郁に救われたんだ」

「いきなりなにさ」

郁は枕を抱きながら、私の方を見ずに言った。

「人間はさ、独りじゃ生きていけないの」

「うん」

「私は郁がいるまで独りだったんだ。て言うか、独りになってたんだ。周りが全然信用できなくて、周りも私を気味悪がって。でも、郁と会って思った」

私はゴロリと寝返りを打つと、天井を見つめた。


「ああ、こいつ。私と同種だ・・・てね」


「何それ」

「簡潔に言うと、変人ってこと」

「まぁ、〝変人ペア〟だし?」

郁は乾いた笑いを零した。変人の自覚はあるんだ。

「ま、変人上等だけど?」

「だから、ありがとね」

「何がさ」


「―――・・一緒にいてくれて」


本音が零れてしまったのは、多分寝ぼけていたからだ。そうだと、思い込む。

今の私はおかしいんだ。

郁に感化されて、マイペースさが移ったんだ。

こんなんじゃ、郁に何が言いたかったのか自分でもわからない。


「おやすみ」

私はそのまま吸い込まれるように、意識を手放した。



「ようこそ」

瞼を開けると、私の視界には白が映っていた。

白、白、白。

天井はないし、壁もない、私がどこに立ってるのかもわからない程床も見えない。もしかしたら、立っていないのかもしれない。あやふやで曖昧で、自分の存在だってぼやける。

そんな世界に、一人の少年が立っていた。


「ようこそ、稔ちゃん」

「誰、あんた」

「僕の名前は(おぼろ)、変な名前でしょ。呼びにくいし、親しみをこめて〝ロウ〟って呼んで」

「ロウ・・・」

確かに変な名前と口から零すと、朧は苦笑した。

朧は真っ白だった。

髪が白髪のように白く染まっていたかと思うと、服も白、瞳だってグレーであまり目立たない。

まさに、この世界に溶け込んだ存在だった。

「これ、夢?」

「半分正解で、半分間違ってる。ここは夢であるけど、夢ではないんだ」

「どう言う意味?」

「そのまんまの意味さ」

朧はニコリと笑った。こいつ、ヘラヘラ笑ってるけど、感情が一切見えない。

一見幼さも見え隠れする朧の顔は、一切表情というモノで彩らない。

無表情ではない筈が、朧は無表情だった。

矛盾。

ここは矛盾だらけだった。


「元の世界に帰してくれない?」

「ふふ、帰りたいの?」

朧は目を細めた。

「もしかして、あの世界がいいとでも言うのかい?」

「だって郁がいるし」

「でも、美しくもない世界にいたところで、なにも見出せないと思うけど」

いちいち癇に障る喋り方をする。

ゆったりとしているようで、鋭く私を刺すような。

的確に、痛いところを突いている辺りが性格が悪いと確定できる。

得体の知れない場所に連れてこられて普通なら怯える筈だけど、私は生憎普通じゃない。

それに、現実味がしない。

「それじゃ、逆に聞くけど。ここは美しいの?」

「美しいよ」

即答だった。朧は両手を広げると、天を仰いだ。私のタイタニックのポーズと似ている。

まぁ、天を仰ぐと言っても、ここには天も何も無いのないが。


「無。無はいい。何も無い、何も見えない、何も感じない。世界で苦しむことも無ければ、泣くことだって無い。だって、存在が無いのだから」

「あんたは存在してるじゃん」

「僕はこの世界の一部だ、この世界が在るから僕はいる」


白い世界。


完璧な無。

理想的な現実。


「つまらない」

「え?」

「何も無い、だなんて。つまらないよ」

私は目を細めると、唖然としている朧を見据えた。

「だって私はこの世にいる、ここにいる、存在している。世界の一部であるあんたと違って、私は私で在るんだから」

私は笑った。多分、生きている中で一番の満面の笑み。

まぁ、夢の中で笑ったって意味無いけど。

「残念でした、私が大好きなのは赤」

手をズボンのポケットに忍ばせる。コツンと硬い物が指先に当たり、その硬い物をズボンから抜き出して見せる。木で出来た柄に、銀色に輝く刃。

「ナイフ、常備してたんだ」

朧は乾いた笑いを零し、私を見つめる。何をするのか窺っているようだ。

「ねぇ、私ね」

「うん?」

「ちょっとやそっとじゃ死ねないんだ」

「?」

「私は普通じゃないから。リミッターを超えた肉体って、一日一日でどんどん強くなっちゃうんだね。強化って言っても、筋肉で体中硬くなるわけじゃないよ。そうじゃないんだ」

「稔ちゃん?」

「治癒力がどんどん発達しちゃって、傷をつけてもつけてもつけてもつけても、治る」

朧は訝しげに眉を潜めた。

私の言葉に、少し何かを感じ取ったのかもしれない。


「あんたに誤りがあるとすれば、それは―――・・」

私は息をつき、笑った。


「ナイフを抜いておかなかったこと、私がどんな奴かを調べなかったこと、そして―――・・私をここに連れ込んだことだよ」




ナイフを左手の甲に突き付けた。

ズッと鈍い音が響き、私は痛みで眉を潜める。

朧も理解ができないとでも言っているように眉を潜め、私の様子を窺っていた。

手の甲から鮮明な赤い液体が、溢れ出る。生温く、ぬるりとした感触が痛みのある左手で感じる。


治癒力が発達しても、痛みはある。その痛みが、私はまだここにいるんだよって知らしめてくれる。この何もかもが曖昧なこの世界で、私は溶け込まないって主張するんだ。

「私は消えないよ」

左手の甲から、血が溢れ出る。

ポタッポタッと垂れる血。

最初から床は在ったらしく、私の足元で血が真っ白な床に染み込んでいる。


血の赤。

赤。


真っ白な背景に映えた、鮮明な赤。


「ああああ、僕の世界が!?」

赤く、染まる。

そう掠れた声で慌て始めた朧を見つめ、私は笑った。

狂気を纏った私は、多分バケモノ。

面白くないけど笑う。そんな私は、ロクな大人にならないだろう。


慌てふためく朧を横目に、私は意識を失った。

失い際に朧の「狂った赤なんて、この世界にはいらないよ」なんて言う声を聞きながら。

私は私の世界に戻った。



「おはよう」

瞼を持ち上げた私の目の前には、既に学校に行く準備をしていた郁の顔があった。

「おはよ・・・チッ、やっぱり夢か。曖昧なこと言いやがって」

「何々?稔、今日は不機嫌だね」

「別に・・・」

夢見てたの?と茶化す郁を横目に、寝癖のついた黒い髪を直そうと洗面台に向かう。



―――・・ねぇ、ロウ。

もし何も無かったとして、それは美しい?

美しいだろうね。在るがまま、無いがまま。世界はそれでも動いているんだ。

人間だって生まれない、人間が世界に手を加えることだってない。


だけど、私はあんたじゃないよ。

世界に私がいないなんて、許せない。

許さないんだ。

死ぬのは嫌だ、私はこの世界が必要で、この世界は私が必要なんだ。

エゴで結構。

どうせ人間なんてエゴだらけ。

自分の価値観で周りを決めて、主観を拭い去らない。

そんな人間がいるからこそ、この世界はある。


ロウ、あんたと違ってここには在るんだ。


神は誤った。

そんな馬鹿で狂気めいたことを思う私を生んだ、それが神の過ちなんだよ。

だから、私はそんな真っ白な世界なんていらない。


無は嫌いだ。





狂った赤色。



生きる執着こそが、私の誇り。

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