4.同居人がいた
いつから食べていないのかわからない体にいきなり飯を与えて気持ち悪くなることになってはいけないと思い、ゆっくり様子を見ながら食べていたら、遠くのほうでカチャっと鍵が空いたような軽い音がした。
続いて廊下を歩く軽い足音。なんということだ、同居人でも居たのだろうか。
周囲を見回す。焼きしゃけは食べかけだし、コンロは洗ってないし、物が少なくて隠れられそうな場所はない。詰んだ。
「ただいま~ってどうせ起きてないだろうけど」
と言いながら扉を空けて入ってきた女性が、俺を見て目を見開いた。
「え!ミノが起きてる???」
そして俺の目の前にある焼きしゃけを見つけて手に持っていたビニール袋を取り落とし叫んだ。
「しゃけ食ってる!!!!」
____________________________________
どうしよう。こう言う転生ものには身体に付随する記憶があってなにかのきっかけで全てを思い出す!みたいなのがあるはずなのになにもないぞ。
目の前で俺が焼いたしゃけを旨そうに食う女を見つめててもなにも思い出してこない。同居してるのだとしたら、家族か、恋人か。それかルームシェアか。もしかしたら下宿先の女主人とか、幼馴染の女の子が遊びに来た、とか。いや、先ほどただいまと言いながら入ってきたから、遊びに来たわけではなさそうだ。
焦りで無駄に回る思考をなだめながら女を観察する。少し色素が薄く長い髪の毛をサイドで緩く束ね、黒っぽく光るベロアの様な生地の長袖のシャツを着ている。
なんにせよ、そろそろ食い終わってこちらに話しかけようとしてるので正直に言うしかないのかもしれない。
「どういう風の吹きまわし?いつも食事がめんどくさいって言って効率主義だったミノがしゃけを焼くなんて」
そう問いかけると彼女は口回りをティッシュで拭い、頬杖をついて見つめてきた。
「それは、その…」
なにも誤魔化しが浮かんでこないのが悔しい。
「腹が減ってて…」
「あーらいつもはお腹がいくら空いてたところで液体栄養剤とかしか飲まないくせに。切れてたの?」
「美味そうな鮭があったからつい。」
「ミノの口から美味そうなんて言葉が出る日が来るとは!!あなた本当にミノ?」
可笑しそうに笑う彼女の笑顔に目を奪われながら、俺は観念して説明を始めた。
「実は、俺、記憶を無くしたみたいで。自分の名前も正直覚えてないし、君の名前もわからないんだ」
半分ほんとで半分嘘だ。前世の名前は思い出せる。けど今の名前はわからないし彼女の名前も思い出せない。
「気づいたら部屋にいて。腹が減ってたから冷蔵庫見たら魚があったから」
「記憶がないのはほんとみたいね、効率厨なミノが完全食食べてないなんて」
そう言いながら冷蔵庫を確認した彼女が、不思議に思っていた銀色のタッパーをこちらに掲げて言った。
完全食か。俺が生きていた時にもそんなものが持て囃されていたときがあったが、正直俺は食べなくてもいいかなと思ってしまった程度の代物だった。味はやたらと濃いかほぼしないかの二択、素材の旨味というものは皆無で、色々添加しすぎて変な味になってるものも多かったな。
時間がないけど栄養は摂りたい、みたいな現代人のわがままの具現化だけど、味も求めてしまう俺には向かない食品であった。
「それ、完全食なんだ、わからなかった」
「そうだよ、これ全部ミノ用なんだよ?あたしは完全食ちょっと苦手だし、飽きちゃうからカスタム持ってないけど、ミノ拘ってたじゃん」
俺がまるで悪い冗談を言っているかのように信じてなさそうな疑いの目を向けてくる彼女に、俺は姿勢を正し、真正面から目を見つめて伝えた。
「あの本当にごめん、俺、本当に記憶皆無で、基本情報から確認させて貰っても?」




