灰色の魔法少女
私は視線を模倣の魔法少女に戻す。よく見れば血で染まった両袖から血液が流れ出ている。目を凝らしよく見ると彼女の腕がない。服で隠れているわけでもない。確実に消し飛んでいる。だが、その傷も薄れていき、袖に溜まった分の血液がたまに雫となって落ちるだけとなってしまった。
彼女はそっと首のない灰色の魔法少女に手を伸ばし、クリスタルに触れた。立っていた身体が小さく細切れになり、ボタボタと崩れ落ち、クリスタルだけが彼女の重力操作によりそこに留まり続ける。
「元は取れないけれど、中々の足しには……」
模倣の魔法少女が灰色の魔法少女のクリスタルを握った直後に鉄の処女が音を立てて飛んでいく。
「マリオネット・義手精製。身体強化」
彼女は灰色の魔法少女を真似るように同じ姿勢を取り、飛来する鉄の処女に向けて拳を振るった。その威力は灰色の魔法少女を超えずとも劣らずの威力と騒音を立て、それを粉々に砕いた。その威力には彼女自身も驚いている。『身体強化』というそれしか出来ないハズレ能力の域ではない。長年生きる彼女によってか、力を分散させずに左腕だけに力を込めたためか、真相は分からないが一つ確かな事はある。
「やっば……」
思わず出た感嘆の言葉は私だけではない。ひよりも口を大きく開け、可愛い顔を何とも言えないアホずらへと変貌させている。対極的に難しい表情を浮かべる拷問の魔法少女は早くも新たな鉄の処女を作り出して鎖につなぎ合わせている。
「……拷問。もう百倍の大きさで叩き潰してやって」
その言葉に拷問は静かに頷いた。それまで鎖の先端についていた普通サイズの鉄の処女に乗り上げ、鎖を鞭のように振るう。先端は消え、どこに繋がっているのか分からない。だが、その答えと私の頼みを聞いてくれたことは空の色で直ぐに分かった。私達の上空に暗く重い影が落ちる。見上げるまでも無く、それは巨大な鉄の処女だ。
まっ平らな土台が段々と差し迫り、雨が私の頬に当たった。だが、それは普通の雨よりも生暖かい感触と深紅の色をしていた。そんな雨は次第に糸になり、成長を続ける。
「ここも範囲内です。逃げましょうか。彼女は絶対的な自信があるのであの場から動かないでしょうけど」
その陰の中心で平ら裏面を見上げる姿が見える。やはり彼女は逃げる気も避ける気も無い。非情に傲慢なその性格が彼女を死に陥れるだろう。私たちは言われた通りに範囲外まで距離を取る。裏面と陰に遮られていた視界から抜け出すとそこにはまさに圧巻としか言いようがない光景が広がる。
太くなっていた血の糸は繋がり、やがて血のカーテンとなる。その血が漏れ出ているのは鉄の処女の内部。この範囲全てにヴェールを降ろせる量。あの巨大な拷問器具の中には何千、何万の人間が詰め込まれて身体に穴を開けながら息絶えているのか。私はその中の様子を想像すらできない。
乾いた鉄の残り香の様な、鼻腔には刺激の強い匂いが辺りに漂い、空気までもが血に染まっているような気さえする。血が血で染まり、固まり、血によって洗われ、熔かされる。そんなどこまでも苦しみの続くような感じが全身を巡る。体内を回る血が恐れる。外に出たくないと、痛いのは嫌だと血液が叫ぶ。
手首が、首筋が、心臓が、ゾクッと震えあがり、全身を今すぐにでも縮めたい。丸くなって自分を抱きしめて、逃げたい。
「痛みが伴えば、それは私の領域。貴方はここで一瞬にして無限の苦痛を味わうのです」
ゆっくりと鎖を持ち上げ、勢い良く振り下ろした。その波は鎖を渡り、先の消えた場所まで伝播するが何も起きない事に首を傾げようとした瞬間、視界の半分が一挙に動き、空気が震えだし、その重圧に叫声を上げるような重低音が響く。
「――宮……で!」
ついにそれが大地と衝突し、私の声すらも全てが搔き消され、立っている事も儘ならないような地響きが世界を揺らす。轟音に紛れる赤波が飛沫を上げながら私の足元を流れ過ぎ、全身を、この街全体を赤く浸す。
「ギリギリだったけど、名前は聞こえた。あと、殺しておいた」




