なぜ私をすぐに殺さないのか
大きな収穫も無いまま私の土日は潰れた。そしてまた今日から学校が始まる。進展なく、ただ傷を負うだけでは私の気も滅入ってしまう。そんな憂鬱な月曜日は頭が重い。
注意しようにもウィルネさんは他人には見えない。『頭からどいてください』など言い始めれば異様な目で見られるのは確かだ。
昨日の話をしてからウィルネさんのペット感が強くなった。ウィルネさんの謎が全て解け、黒幕ムーブが出来なくなったせいか、態度がデカくなった。そのせいで朝から首が痛い。
目の前をゆらゆらする尻尾が視界を交互に黒く遮り続ける。小さく咳払いをしても止める気配は無い。前髪を直すふりをしながら尻尾の根元を掴み、頭から引きずり下ろす。変な悲鳴が少し聞こえた気もするが、既にウィルネさんは姿を消してしまった。
そのまま電車から降り、学校まで徒歩で向かう。今日もいつも通り暑い。ただ歩いているだけなのに汗が額を流れる。綺麗な青空を見上げ、額の汗を拭う。
そんな青空の中を過ぎ去る白い影が見える。屋根の上を飛び越えながら私の向かう学校と同じ方向へその影は小さくなっていく。
「あんな子がいるんですね。うちの学校ですよね?」
「……それは分からないが、前に話した子だよ。キミを殺さなかった子」
私の頭は混乱する。殺さなかった理由がそこにあるかもしれないからだ。同じ学校の生徒ならば当然私を知っていてもおかしくはない。そして、名前を知っているからこそあの時私を殺さなかった。名前を言えば殺せるから。
私は素早く路地裏に身を隠し、唱える。『反転の星に願いを。トランスフィグラーレ』と。彼女も同じ学校の生徒ならば目的地は分かる。屋根ではなく足場の小さい街灯を蹴って彼女とは違う近道で学校へ向かう。
「……この速さだと合えるよ」
右端にさっきの白い影が見える。当然向こうも私に気づいている。手にはさっきまで握っていなかった剣を持っている。お互いに立ち止まり見つめ合う。相手が敵なのか、味方なのか。いや、魔法少女に敵味方など存在しない。今、殺し合うのか、殺し合わないのか。
固唾を飲み込み、警戒をするが彼女はそっぽを向いて学校の方へ行ってしまった。構えていたステッキの力を緩め、路地に降り立つ。
「一体なんなんですかね。同じ学校なのは分かりましたけど、私の名前知ってるんですかね」
変身前と変身後では誰だか分からないようになっている。だが、名前を知る方法などいくらでもある。一目につかない場所で変身をしているが、どこで見られたかも分からない。
周囲を今まで以上に警戒して呪文を唱えて変身を解く。何食わぬ顔で路地から顔を出し、学校へ向かう。
「あれれ!? 今日は早いじゃーん!」
「おはようひより。今日はなんか起きれたから」
今日も元気そうなひよりの顔をじっと眺める。ひよりなら相談してみても良いかもしれない。そう思いながらも何かしらのリスクを考えて黙り込む。
「……どうしたの? ひよりの顔に何か付いてる!?」
「いいや、今日も可愛いなーって」
両手でひよりの柔らかな頬を握り、可愛い顔を揉みくちゃにする。モチモチ度はウィルネさんの方が高いが、スベスベ度と愛らしさはひよりの方が良い。
されるがままのひよりのおかしな顔に癒されながら考えをまとめる。
「ねぇ、ひより。今日二人でご飯食べない?」
「……あそこで? いいよー」
丁度約束をしたところでチャイムの音が響く。席に戻り、ホームルームを聞き流し、授業準備をする。
一時間目から四時間目までの内容を右から左へと流し、あの白い魔法少女は誰なのかを考える。時計の指針のような剣、服の模様からして時間を操るのは確かだろう。
巻き戻す、止める、早める。どれを取っても強い。能力のレアリティは上位。そして、ウィルネの予想では私を苦しめた『豪運の魔法少女』に勝った存在。今までもこの学校に魔法少女の気配はあると聞いていたが、そんな上位がいるとは思っていなかった。
勿論私よりも歴も殺した魔法の数も違うだろう。そして私は名前を知られているかもしれない。絶対的に不利だ。私が探りを入れている事がバレたら名前を呼ばれて終わるかもしれない。
だが、なぜ私をすぐに殺さないのか。私も『灰色の魔法少女』である『黒宮 楓』の名を知っているが殺していない。それは隣町であり、距離があるからだ。すぐに殺される心配はないから。だが、同じ学校ともなれば話は違うはず。
あれこれ考えていると机にノック音が聞こえる。授業中である事をハッと思い出し、周りの様子を見る。先生の呆れた表情とクスクスと笑うクラスメイト。黒板に空いた答えの部分。私は即座に当てられたのだと理解した。だが、何を答えればいいか分からない。段々と大きくなっていく笑い声が恥ずかしくなっていき、顔が熱い。
「もういい座れ」
「は、はい……」
いつの間にか進んでいた黒板の内容を急いでノートに映す。乱雑に書かれた字は今読んでも何を書いてあるのか分からない。だが、テンパっているこの状況ではそんなことも気にできない。
「全く、何をしているんだかキミは」
煽りながらスイーっと目の前をゆっくり流れて来るウィルネさんを虫を追い払うように叩く。




