やっぱりうれしい
段々と段々と意識が戻る。私の意識というものが徐々に蘇り、身体が動く。薄っすらと開いた視界はぼやけて灰色の景色が広がる。聞きなじみのある声が遠くに響き、全身の感覚が薄い。はっきりと分かっていく自分という感覚。雨に打たれ続けた身体は冷え切り、戻ったばかりの意識を寒さが襲う。
「やっと目が覚めたか。雨に打たれる感覚は鬱陶しいんだ。……動けるかい?」
灰色の空に真っ黒顔が映り込み、私を覗き込む。段々とピントが合い、黄色い瞳と焦点が合う。身体を起こそうとするも全身に激痛が走り、再び空を見上げる。
ビルから飛び降り、落ちていく最中私は必死で街を見下ろした。地面と接触していて、私と入れ替えられる固定されていない物体。尚且つ、人目に付かない場所。ふと目に入った小さなマンションの屋上にあった小物にステッキを向けて呪文を言い放った。だが、ズレたのか、私の錯覚だったのか、それは地面に接しておらず、落下の衝撃を受け、気を失った。
「ウィルネさん……アイツ……豪運の魔法少女は?」
「多分、死んだよ」
静かにウィルネさんは向かいのビルを指す。ゆっくりと腰をあげ、高いガラス張りのビルを眺める。雨が墜落して燃えていた炎を消火し、今ではサイレン音と回る赤い光が視界にチラつく。私を追いかけて墜ちて来た飛行機だ。だが、その奥のビルからも黒煙が立ち上っている。まだ完全に火が消えておらず、まだ新しい。
「あそこでも戦闘が起きていた。同族の気配は確かに二つあって、片方は消えた。その後、片方がここまで来たんだよ。そいつは豪運じゃなかった」
見た目を教わったが、魔法少女の素性は全く分からなくなっている為、見当はつかない。だが、その誰かは決して敵ではない。ただの気まぐれの可能性もあるが、その人はあまり願い事に執着していないと考えるのが妥当。豪運を倒すという事は相当の手練れだろう。何人もの魔法少女を殺して来た強者――
「白くて、時計の針を持った魔法少女……一体誰なんでしょうね」
「……さーね。それより、この街で大物を一人も倒していないんだが? キューブの分だけを稼いでも意味が無い」
いつもの表情の無い表情で私を見つめる。確かにその目からは思いが伝わってくる。大きな苛立ちが。
「うぅ……私今怪我してるんですよ!? 少しは労わってください!」
「変身し直せばいいじゃないか。まぁ、今日でなくても一人ぐらいは倒してくれ」
「そんな事より聞きたい事があるんです! 帰りますよウィルネさん!」
「……キミ、強情になったね」
家に帰って気を失っている間に見た事をウィルネさんに問い詰める。確かにあの世界では妹の存在が消えていた。もし、力を溜めれば願いが叶えられる仕組みに代償というものが存在しないわけが無い。そこで一つの仮説が立つ。もし、願いが叶わなかった場合、その願いは絶対に叶わなくなってしまうのではないか――というものだ。
「……で? どうなんですか? 魔法少女が死んだら本当に記憶が無くなるだけですか?」
私の両腕に抱えられたウィルネさんが逃げ出そうともがく。動くたびに力を強め、その柔らかい身体に私の腕がめり込む。遂に抗うのを止め、だらしなく全身の力を抜いて私にもたれかかってきた。
「まず、痛みが伴う。そして記憶を失う。キミの見た世界はキミが勝手に作り出したものに過ぎない。キミが死んでもキミの妹は今まで通り寝たきりだ。起きる可能背を全て奪うわけじゃない」
私が疑いの目を向けても何も言わない。だが、引っかかりを覚える。なぜ、『痛みを伴う』と言ったのか。きっとこれは死ぬときの戦闘の話ではない。もっと何か、その後の事だろう。
「……痛みが代償ですか?」
「ボクはなるべく痛みは抑えるつもりだったんだけどね。キミは長生きだから。仕方ない」
全てを諦めたようにウィルネさんは言葉を続ける。静かな部屋に響くウィルネさんの声は冷めきっているが、どこか悲しそうな気がする。私はその言葉を何も言わずに静かに聞く。
「痛みは魔法少女から人間に戻る時に起こる。ボクがキミに与えた力の量と魔法少女として生きた時間が掛け合わさった分の痛みを伴う。今までボクはその痛みを与えないように少ししか力を与えて来なかった。だから力も制限されて自分と何かでしか入れ替えが出来ない。キミももっと早く交代してもらうつもりだった」
ただ、私は変換効率が良いらしい。普段と同じ様に力を与えたが、それのせいで出来る幅が広かったようだ。ウィルネさんはなるべく毎回早々に退場してもらう算段らしい。小さな痛みで済むようにと。
「痛みは激しい。魔法少女としての記憶を無くしてしまう程の痛みだ。長く魔法少女として生きて死んだ時は弊害が残るかもしれない程負荷が大きいんだ」
そんな中でウィルネさんは少しずつ力を溜めていったそうだ。何人もの魔法少女が入れ替わり、能力を与えて、元が取れるかとれないかのギリギリで力を稼いでいたらしい。それもこれもウィルネさんの願いのために。
「見てわかる通り、ボク達は本来この世界にはいてはいけない存在だ。どう考えたってこの世界の住人ではない。この地球はボク達の豪華な餌場みたいなものさ。だからみんなこの時空に来た」
ウィルネさんに昔の自分を思い出してごらんと言われた。魔法少女になったばかりの頃の世界の異様さを初めて知った時の感覚。段々とその異様に染まっていく感覚。そして、いつの間にかそれを異様と捉えなくなった私がいた。
「まぁ、帰り道は消えちゃったけどね。まぁ、この星に取り残されても食事は大量にある僕もそれが必要だ。けど、……ボクは嫌いなんだよ。キミたちの世界を歪ませるのが。痛みに苦しむ姿を見るのが」
ウィルネさんのその言葉に偽りはなかった。そうでもしないと生きられないウィルネさんの種族への深い悲しみと自己嫌悪のようにも思えた。
「その割には私に殺せってよく言いましたけどね~」
「言っただろ? ボクもその種族だ。力が無いと死んでしまう。だが、五、六人殺してくれればもう死んで良かったのに、キミが死なないからこうなったんだ」
今思えばウィルネさんの言動の意図が分かる。頑なに私に力を与えたくなかった理由も、秘密が多い事も、時折見せた悲しそうな表情の理由も。ウィルネさんの願いは、きっと、自分たちのような『異物』がこの世界から消えて人間たちが穏やかに暮らせるようになる事。
「ここまで来たら痛みが無いように願うしかない。今死んだら相当の痛みを伴う。だから今も殺し合いを勧めるんだ」
ウィルネさんが腕から離れ、私と目線を合わせる。いつも通り何を考えているのか分からない顔。けど、私には分かる。ウィルネさんが何を考えてくれているのか、そしてウィルネさんの願いが一体どのようなものなのかが。だが、私には願いがある。決して変えられない、どれだけ私が傷つこうとも叶えたい願いがある。
「心配ありがとうございます。でも、私の願いは決まってます。たとえ痛みが伴う運命にあろうと私は諦めません。余った分はあげるので見せてくださいよ」
その言葉を分かっていたかのようにウィルネさんは笑う。だが、やはり思う事があるのだろう。いつもの悪役顔をきっちり演じられていない。そんなウィルネさんを眺めながら静かに笑う。
「可愛い所もありますね」
「……次にでも死ぬかい?」




