ビクトリ~!
黒煙の立ち上るガラス張りのビルと比べれば少し背の低いビルの屋上で立ち止まり、ネヴァが指をさす方向を覗き込む。確かに魔法少女の格好をしている人が誰かと話いているように独り言を呟いている。
「――それにしても、わたくし運が良いですわね。ポイントも思っていたよりも沢山手に入れましたし、ついでにもう一人倒して今日は日常に戻りましょうか」
ゆっくりと振り返った彼女と視線が合い、驚いている間にも銃口が私を狙っている。
「唱えろ」
「ディ、ディレイ!」
銃を見つめながら放った言葉は何も引き起こす事は無い。彼女は怯む事なく引き金を引く。だが、発射された弾は目に見える程ゆっくりと銃口から出て来る。まるで、その弾丸の周りだけがスローモーションになったような時間の歪んだ空間にあるようだ。私はその隙に物陰から駆け出し、彼女との距離を詰めに行く。ゆっくりと空中を進む弾に驚きながらも次弾を装填している。隙だらけだ。
弾の進む方向は避け、大きく迂回しながら低い姿勢で突撃する。時間を遅くするこの能力は最長でも十秒しか持たない。時間を過ぎると本来進むはずだった分だけの力が一気に解放され、速さはほぼ倍になる。先程まで見えていた銃弾が残痕を残し、金属にぶつかる音が後ろから響く。
気を取られ、よそ見をした瞬間に私は長針をクリスタルに目掛けて突き出す。勝った――そう思った瞬間、視界がガクッと下がる。脚を滑らせ、残り数センチが届かない。滑りこけている間に銃声が響く。だが、私に痛みが広がる事は無い。なぜか銃口は真上を向き、薄っすらと硝煙が舞っている。
「ディレイ!」
私はすかさず彼女に能力を行使し、ゆっくりと動く瞳を見て効果が発動している事を確かめる。身体を起こすと同時に走り出し、再度長針をクリスタルへ突き刺そうとする。だが、その瞬間に腕に痛みが走る。奇跡だろう。上に打った銃弾が私の腕に当たり、怯ませるなど信じられない。ただの運でしかない。故に強い。
「分かりましたわ! 勝てそうですわね!」
まだ十秒もたっていない。いや、五秒も経っていないにも関わらず、彼女は動き出した。意志ある者の抵抗は強いと忠告されていたが、ここまで差があるとは思っていなかった。だが、彼女のフリントロック式のピストルでは一発が限度。そう油断した矢先、銃声が私の耳に響き、腹部に激痛が走る。
左手に金色に光る小さなピストルが握られていた。初めて受けた銃弾は想像通りの痛みだ。今にも転げ回り、激痛で死んでしまいそうだ。せっかくの白い衣装に私の赤い滲みが広がっていく。
苦痛から来る汗も、血もこの豪雨によって流されていく。初めての戦いにしては少し難易度が高い。序盤で強大な敵に負けて成り上がるゲームではない。ここで死んだら終わり。逃げる選択肢が頭を過る。
「……仕方ない。お前は初めてだしな。オレ達が手を出すと力をだいぶ使うから基本的に放任主義なんだが、一戦目で死なれると困るからな」
ふと横を見ると戦闘開始から姿の見えなかったネヴァが面倒くさそうなムスッとした表情で浮いている。
「はぁ……」
そんな、ネヴァの溜息と共に雨が止まる。完全停止ではない。ゆっくりと雨は落ちて行っている。だが、目の前の雨粒が地面に落ちるには何時間も掛かるだろう。遠くの雨は相変わらず激しく降りしきり、地面を打ち付ける雨粒の音が響いている。
指先の雨粒を突っつくと指の形をなぞっておかしな形に変化した。幻想的。まさにその言葉がぴったりだ。魔法少女の力が無ければ体験できない世界。腹部の痛みが無ければこの空間を駆け回っていただろう。
「……早く殺せ。少しでも消費を抑えるためにお前の体力を使ってるんだ。過労死するぞ」
そんな言葉に晴れていた表情は一気に曇らされる。ゆっくりと近づき、瞬きの遅い彼女を見つめる。長針をクリスタルに差し、ネヴァの方を振り返る。
「本当に死なないんですよね?」
「あぁ。死なない」
気怠そうな表情で返された答えを信じて私は拳を固く握りしめる。そして、ゆっくりと長針を突き刺す。ゆっくりと罅が入り、破片がゆっくりと飛び散る。予想以上に固いクリスタルの奥まで差し切り、素早く抜く。
「……解除」
ネヴァの声が響いた刹那、雨音と雨粒が辺りを濁す。止められていた時間を取り戻していく雨粒が全身を打ちつける。その中に混じる彼女のけたたましい悲鳴とクリスタルの割れる甲高い音が響く。クリスタルと身体が完全に粉々に消え失せ、雨に濁されていた怒号の叫びも潰える。
私は今魔法少女を殺した。だが、どこにも罪悪感は無い。私は人を殺したわけでは無い。本来あり得るはずのない魔法少女になって願いを叶えるという道を潰しただけ。記憶にも残らない経験を壊しても問題は無い。元の願いの叶わない生活に戻るだけなのだから。
「ビクトリ~~!! あへ?」
両手を上げ、初戦勝ちの喜びを表していると。プロペラと共に機体事くるくると回る鉄の塊が赤い炎を噴き出しながら私の真上に墜ちて来る。不規則で変な音が次第に大きくなっていき、私は叫んだ。
「ディレイ!!」
あれは無機物。本来なら十秒だが、あの大きさとなるとそう上手く行かないだろう。そう思いながら一歩目を踏み出した瞬間、全身に何トンもの重りが圧し掛かったように身体が重くなる。全身の筋肉が悲鳴を上げ、立っている事も出来ない程の疲労感。刻一刻と消えていく逃げる時間。
「ネヴァ~! 助けてぇ~!」
「お前はバカなのか? いいから走れ」
脚を引きずりながら走った。いや、転がったと言うべきか。立ち上がらずに最小限で動く方法はこれしかなかった。飛び降りると同時に響いた爆発音と熱。吹き荒れる熱い爆風に吹き飛ばされ、私は宙を舞う。グルグルと回転する視界に三半規管は機能を失い、代わりに気持ち悪さが来る。
「ネヴァああぁ~~!」
「…………」
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