私はカモじゃないんですけど
お昼ご飯を食べたあと、私は昨日と変わらず強運の魔法少女を探す旅に出ている。連日のように続く猛暑日は動くだけで私の体力を奪っていく。
「ウィルネさんは暑くないんですかー?」
「ボクは暑いとかそんなの無いからね」
私の後をついて来るウィルネさんに目を向けると、全体的に身体がだるっとしている。まるで溶けているような感じだ。本当に謎が多い生物だ。ウィルネさんの叶えようとしている願いも気になる。
「……すぐそこ。路地裏の所に一人いるよ」
屋上で立ち止まり、下の様子を窺う。確かにそこには独り言を呟く魔法少女がいた。相手はまだ私を見つけられていない。キョロキョロと辺りを見回している。彼女は目当ての魔法少女ではないだろう。きっとまだ魔法少女になったばかりの子だ。
私はそっとキューブを下に落とす。落ちて来たキューブに彼女は驚き、上を見上げる。だが彼女の視界には暗い路地裏の奥に広がる青空しか目に移らないだろう。私は既に、彼女の目の前にいるのだから。
そして、彼女はゆっくりと私を見る。そのままゆっくりと自分のクリスタルを確認する。クリスタルに痛覚は無い。ひび割れる甲高い音が聞こえてからやっと気づく事が多い。まだ、理解が追い付いていないようだ。自分の身体に広がる罅を理解していない。
「ありがとう。ごめんね」
ピシッと一気に罅が広がり、彼女の身体は崩れ、光となって消えていく。
「うーん……また違ったね。彼女は有名だけど滅多にメディアに出ないから、引きこもってるんだろうね」
また私は飛び上がり、屋上から街の風景を観察する。大きな鉄の処女が現れた、第二の太陽がビルに激突したりしていない平和な一日だ。だが、何事も無いのは困る。私の休みを全て当てているのだ。大きな収穫が欲しい。
「また一人反応があった。変身したばかりだろうね。そこのマンションからだ」
ガラス張りの巨大なビル。高い所に上がるのはいくら跳躍が出来ても一苦労だ。周りのビルからビルへと飛び移り、ようやく屋上にたどり着く。静かに当たりを見回すと中央に場違いな人物を発見する。
少し大きめなビニールプールに数匹のアヒルを浮かばせ、パラソルビーチの陰にその光景を眺め続けている。胸元にレースなどの派手な装飾を付けたピンク色のワンピース型をした水着を着用し、優雅に水を飲んでいる。ヘリポートの真ん中でやる事ではないのは明白だ。
「何してるんですか彼女は? 本当に魔法少女ですか!?」
「ま、間違いない。彼女の隣に同族の気配もある」
今までの魔法少女とは明らかに違う。ウィルネさんですら驚いている。全く危機感の無い魔法少女だ。はっきり言って簡単に勝てそうな気がして止まない。彼女のそばに置かれたグラスに私は静かにステッキを向けた。本当に気づいていないのか、それでも彼女は動かない。
「インヴァート……!」
小声で小さく唱え、彼女の真横のグラスと入れ替わる。隙しかない彼女に向けて私は既にステッキを振り下ろしている。次の瞬間には命を刈り取ろうというのに一切の動きを見せない。そのクリスタルに刃を突き刺さろうとしたその瞬間、視界が大きくグラつき、そのまま刃は空を切り、私は地面に倒れる。
何が起きたのか分からなかったが、足元を見るとテーブルの脚が折れてる。立派な四本足の机だったため私が乗っても大丈夫かと思っていたが、案外脆かった。
「あら、占い通りネギを背負ったカモがやってきましたわね。少しそこでじっとしていなさい?」
全く余裕を崩さない彼女こそ私の探していた『豪運の魔法少女』だろう。この展開も彼女の能力によって作り出されたものだとでも言うのだろうか。
だが、私はそんなただのラッキーに負けるつもりはない。すぐに飛び起き、再度彼女のクリスタルに手を伸ばす。だが、都合良く突風が吹きつけ、パラソルが彼女との間に割って入り込んで刃を止める。
パラソルに向こうから光が差し、水着から着替えた豪運の魔法少女が姿を現す。白を基調といたドレス調の服に金色の派手な装飾がジャラジャラと音を鳴らす。
「わたくし、今日の占いで大量のポイントをゲットすると出たんですわ。だからこうして久しぶりに変身してみたわけですのよ」
つまり、今日私が彼女と出会えたのは私の負けが確定しているから。妹を助けるために集めて来た力が全部彼女に奪われるという事。そしてこの言動から彼女はポイントを沢山奪える好機にしか顔を出さない。つまりは絶対であるという事。
私は無意識のうちに苦し紛れで笑っていた。まだ彼女は何もしていない。それだというのにこれ程未来が怖いのは初めてだ。汗が額を流れ、迷いが頭を過る。
「あなたの運が良くても、私は死にません。そんな予感がします」
「あら、わたくしの方がその予感は的中しますわよ?」
腰から豪華で品格の漂う銃を取り出し、銃口を私に向ける。だが、その見た目は私の知る銃とは違う。深みのある木製のグリップに金色に光る金具がいくつも付き、細かな彫りが見える。その銃に対抗するように私はステッキを彼女に向ける。おもちゃ屋にあってもおかしくはない見た目だが、このステッキにはいくつものクリスタルを破壊してきた実績がある。
「インヴァート!」
彼女が銃を取り出そうが私の能力の速さには及ばない。この世の摂理を捻じ曲げているこの能力に弾丸は追いつけない。さっきまで目の前にいた私が消え、彼女の視界にはアヒルが出現する。その光景に呆気に取られている間に彼女のがら空きの背中を捉える。
一歩。その一歩で彼女の背中には刃を突き刺せる。だが、その一歩を踏み出そうとした瞬間、また私の視界は大きくグラつき、水面が映る。
ビニールプールに浮かぶアヒルと位置を入れ替えたため、着地地点がその中だと理解もしていた。だから私はしっかりと地面を脚で掴んでから動いた。それでも私の脚は滑り、また刃が届くことは無かった。浅く張られた水から顔を出し、この理不尽な仕打ちに腹を立てる。銃口がこちらを覗いている事に気が付き、すぐに飛び退く。
「あら、外してしまいましたわ。フリントロックピストルは見た目こそかっこいいですが、装填が面倒ですわね。これでも電気点火式に変えたりしているのですが……」
彼女の撃った最初の大きな銃声はビニールプールの水を外へ流すだけで終わった。ゆっくりと独り言をぼやきながら一発を取り出し装填口に弾を詰める。
だが、私は勝機を見出していた。彼女は豪運の魔法少女だ。今のところその名に相応しいように私は転び続けている。だが、今の一発は私に命中しなかった。つまり彼女の豪運は彼女に害を与えようとすると発動する能力なのではないか。勝機のある一つの仮説が思い浮かぶ。




