ゆっくりと、ゆっくりと……
「い、インヴァート!!」
暗く閉じかけた瞬間に叫ぶと視点が一気に変わり、驚いた顔のウィルネさんが映った。大空の中に逃げ出しだのも束の間、重力によって引き戻される。本来であれば相手と一緒に空中に現れ、落下攻撃をする予定だった。けれど相手を刺すどころか一度も触れられずに、奥の手であったこの技を逃げの一手に使用した。痛みと悔しさに奥歯を噛み締める。
落下の衝撃を前と同じ様に対処するが、無数に開けられた小さな穴から血が噴き出し、重い悲鳴を上げる。
「――ック、ッツ!! ッウぅ……!」
感覚のおかしい右腕を庇いながら身体を起こすとすぐにツンとした血の匂いが鼻を刺激し、大きな鉄が固いものとぶつかる硬質な衝撃音が響く。どうやら私を逃がす気は無いようだ。
「面倒な能力ですね。これでは捕まえられません……四肢引きとかなら……?」
しょんぼりした顔でコンクリートに食い込んだ鉄の処女を引き抜く。鎖がじゃらじゃらと音を立て、その音に紛れて拘束具が脚に付けられ、下からゆっくりと尖った木馬が顔を出す。
だがこれは好機でもある。私の能力で位置を入れ替えれば彼女自身をこの拷問の餌食に変える事は可能。一瞬にして形成を逆転させる事が出来る。彼女が怯めばその隙に殺す。問題はタイミング。彼女は私より身長が高いため、私の脚が完全にぶら下がるまでは待たなければならない。
ステッキを彼女へ向け、入れ替える準備は出来た。段々と迫る木馬に目を落とすと、屈辱的な感情が芽生えて今更になって渋り始める。ゆっくりと尖った木の感触が股に広がり、自重で木の軋む音が聞こえ始めると脚が宙に浮く。同時に広がっていく張り裂けるような感覚が今までない痛みを私に与える。
食い込む感触を無防備で耐えられるはずが無く、身体を少し捻る。そのたびに呼吸さえも詰まる痛みが走り、汗が溢れ出る。耐え難い痛みが一秒も経たずに急激に増していく。
今すぐにでも入れ替えたいが、まだ重心を少し移動させれば脚の先が付く。流石に向け続けていたステッキを下ろし、手で身体を持ち上げる。だが、苦痛の表情が消えない。
余裕を取り繕う笑みも消え始め、身体を持ち上げる腕の体力も限界が近い。足元の鎖が音を立て始め脚が木馬に向かって引っ張られ始める。手の力抜け、股に自重が再度かかり、鈍い悲鳴が喉奥から漏れ出る。その痛みに腰が反り上がり、その動きで擦れる痛みが股に広がる。
「い、インヴァート!」
耐えられない痛みに思わず能力を使った。視点が替わり、振り向くと私と代わりに木馬にまたがる姿が見える。慣れているのか、痛がる様子はなく静かに目が合う。そして、私の視界が次第に暗く閉じていく。いつの間にか私は鉄の処女の内部に立っていた。
「インヴァッ――」
「――いらっしゃい」
ステッキを振り上げる間もなく視界は暗く閉じきった。一歩下がると鋭い痛みが背中に突き刺ささり血が滲む。光一つ見えず、少しでも動けば針が突き刺さる。微かに足音が聞こえ、目の前で立ち止まる。
「これから貴方をゆっくりと殺します。座ることも出来ない狭い闇の中でゆっくりと、ゆっくりと……勿論自ら針に突き刺さり死んでも構いま――」
「……人の話は最後まで聞いた方ボクは良いと思うよ。無反応だとバレちゃうかもしれないしね」
そんなウィルネさんのアドバイスを小言と捉えて聞き流しながら少し遠くの屋上にある鉄の処女眺めながら呪文を唱え、変身を解く。たちまち傷は消え、血の滴る感覚も同時に消える。
遠くに見える屋上に似つかわしくない鉄の処女を眺めながらキューブを一つ取り出す。
「本当に便利ですねコレ。置いておけば囚われようと出て来れるんですから」
「……それもボクの集めた力を使ってるんだ。あまり無駄に壊さないでくれないかい」
少しキレ気味なウィルネさんに可愛くおちゃらけて誤魔化す。そしてもう一度取り出したキューブをこの場に置いて大通を見渡す。




