貴方の血では綺麗になれないの。
休日。誰にとっても大切な休日に私は朝から戦っている。人通りの多い歩道の上を飛び回りながら攻撃を避ける。
異例の暑さが各地を襲い、既に夏が到来したと言っても過言ではない。魔法少女になっても汗はダラダラと流れ続け、肌をよく締め付ける服がさらに張り付いてくる。
「インヴァート!」
視点が入れ替わると同時に脚が地に着く。未だに私が居た場所を見続ける隙だらけの背中。相手は空中で避けられる様な当たりの能力ではない。
思いっきり踏み込みその背中に向かって刃を突き立てる。深く刺さっていく感触を両手に味わいながら胸にあるクリスタルを狙う。
冷酷さと冷静さを完全に取り戻した。これくらいで私はもう迷う事はない。この魔法少女に勝つ事でしか証明されない正義を掴み取る。
「ペルヴェルス!」
私は後ろから刺しているのにも関わらず、彼女は何故か手を前にして抵抗し、自ら刺されに身体を寄せて来る。ちぐはぐな行動。自ら命を絶つ行動。彼女自身にも困惑の表情が浮かんでいる。
前から攻撃しなければいけないと思ったが、身を寄せてくれたお陰で背中から突き刺しても胸のクリスタルに刃先が届いた。
私は握っているステッキを拗らせ、クリスタルに突き刺さる感触と罅割れる音が伝わる。そしてそのまま二人で地面まで落ちる。その衝撃で完全にクリスタルは割れ、消える。
一息付いて立ち上がると私に視線が集まっているのに気づいた。この一連の人殺しをスマホのレンズがあらゆる方向から撮影し、私を晒し上げていた。だが、その中に私を罵る言葉は無かった。
「あんまり目立ち過ぎないほうが良いよ。ボクの能力とか尚更ね」
「分かってますよ。少し安心していただけです」
この視線に浸っていた。殺す事は悪じゃないと擁護してくれるこの視線を求めていた。この世界は歪だ。
「それで、どの辺にいるんですか? その、強運の魔法少女は」
人混みとカメラから逃げるようにその場から立ち去りながらウィルネさんに聞く。
「活動圏はもう少し行った辺だろうね」
ビルの屋上を足場に空を闊歩し、言われるがまま私は進み続ける。流れる汗は後ろへ飛んで行き、濡れた肌を吹き抜ける風が身体を冷ます。
「魔法少女の反応があった。そこの路地裏だよ」
風を受けたい一心で上げていたスピードに振り回され、屋根の上を滑る。ウィルネさんが差した方向では二人の魔法少女が既に戦っていた。勝敗はもう決しているようだが。
「なんですかあれ? 十字架?」
「……まぁいいや、頑張って来な」
ウィルネさんの少し苦い顔に違和感を覚えるが、私はその場へ向かった。暗い路地裏は人の通る大通りに比べて少し涼しい。だが、彼女達がいた場所へ近づくに連れ暑さからではない汗が背中に滲む。血の匂いが鼻をつんざき、籠った悲鳴が薄く聞こえる。今までの戦闘とは違う恐怖感を覚え脚が竦む。ステッキを握りしめ、恐る恐る声の聞こえる路地を覗く。
目に飛び込む光景は一人の魔法少女がスカートを翻しながら吊るされている姿。下着も全てが露わになっているというのに彼女自身に恥じらいの表情は無い。太く荒い縄を咥えさせられ、頭部はうっ血し、意識を失いかけながら鼻血と唾液を垂れ流している。恥ずかしいなど考えている場合ではない。彼女は今にも死ぬだろう。
そんな様子を目の前で眺める魔法少女が手を合わせる。女性の形をした鉄製の人形を横倒しにしながらそれの上に座り、そっと目を閉じるその姿はお淑やかそのものだが、全身から異様な匂いが漂う。
とても臭い。それもイヤな匂いだ。丁度彼女の服と一緒の色をした血の匂いとよく似ている。だが、今まで浴びた事のある血の匂いとは違う。ずっと深くて、ずっと鋭くて、まるで腐敗した花のような、甘く、それでいて吐き気を催すような匂い。
「貴方の血では綺麗になれないの。殺す事しか出来なくてごめんなさい」
彼女の謝罪もきっと届いては無いだろう。完全に充血し、中から血が滲んで模様を付けるように点々と赤黒い箇所が皮膚表面に浮かんでいる。顔の穴という穴から血が垂れ、大きな血溜まりを作る。それは殺しというにはあまりにも凄惨で魔法少女の欠片も無いただの異常者。殺しではなく拷問そのものだ。
その光景に息をするのも忘れ、詰まった空気が音を立てて吐き出されてようやく自分でも気付く。呼吸を思い出した私の息は荒く、汚い空気を吸ってはすぐに吐き出す。呼吸を忘れたようにこの場から逃げ出す方法も分からなくなり、ただ立ち尽くす。
「――この辺りの魔法少女で一番のハズレだね。キミは運が悪いね」
危機感のない聞きなれた声が横から聞こえ、釘付けられていた光景が黒くて黄色い笑顔に遮られる。心配される声に我を思い出し、身体を引く。今までにない恐怖に鼓動は早まり、荒れた息は治らない。考えれば考える程それは早くなり胸を焼く。肺が痛みに苦しんでも、胸が熱くて破裂しそうでもそれは止まない。
「スゥっ――っ、はぁ……ひゅっ――!」
おかしな息遣いを止めるように黒い腕が私の胸を押し当てる。乱れた呼吸が落着き、破裂しそうな胸が包まれる。
「ビビっている間に殺されたら困る。ゆっくり息をするんだ」
言われる通りにゆっくりと空気を吸い込む。相変わらずの酷い臭いは呼吸を躊躇わせるものだが、先程より楽だ。十分な空気に肺が満たされ、胸が自然に動く。それと同時に添えられた黒い腕も動きに添う。騒々しい胸の鼓動が治まると同時落ち着きを取り戻した。
「あぁ、大丈夫。高校生の胸なんてそんなものだし、人間に欲情したりは――」
全てを言い切られる前にウィルネさんをはたき飛ばし、添えられていた胸を守る、ようやく落ち着きを取り戻したのにも関わらずまた胸が騒めき始めてしまった。
「……せっかく助けてあげたのに叩かれるとは思っていなかったよ」
「そ、それは助かりました。一言余計でしたけど! ……ありがとうございます。っとだけ言っておきます!」
「素直じゃないね。礼はしっかりとしなくちゃならない」
私に叩かれた所を撫でながら空中に再度浮き始める。すっかりいつもの雰囲気に戻っていたが、すぐそこで魔法少女が殺されていた事を思い出し、気を引き締めてこっそりと覗く。まだ私には気づいていないようだ。
見れば見る程惨い。全身が赤く染まっているのにも関わらず生きている魔法少女に驚きと同情を覚える。私はぎゅっと固く拳を握りしめた。




