目を覚まして……
その言葉が耳に届いた瞬間、私は全ての苦痛から解放されたのを感じた。血液が一気に脳に駆け上がり、肺に酸素が入り込む。突然の解放に激しくむせる。酸素を欲する肺が胸の痛みなど気にせず、早く、浅く酸素を取り込む。肺に入る空気は熱く、焦げた匂いがした。とても息がしやすいとは言えない。
鮮明に見え始める辺りの景色は酷く荒れている。薄い黒煙が風に吹かれ、建物に亀裂が入る音が何もない空間に響く。見覚えのある景色、炎の魔法少女と彼女の戦っていた景色――なぜかそこに倒れている。
入れ替わった……? 生きてる……?
「……まったく、どれだけボクの貯めてきた力を消費させれば気が済むんだ」
大きくため息を付き、変わらずに無表情で私を見下ろすだけのウィルネさんがそこにはいた。
「ウィル……さん? なんで……ここに……?」
上手く出ない途切れ途切れの言葉をウィルネは理解したように答える。
「ただ効率が悪いだけさ。君に力を与えていなければそのまま殺した。勘違いはしない方が良い」
そっと胸の上で止まり、黒い光を取り出す。力を与える時と同じその光はやはりどこまでも暗く、深い黒。それをそっと胸へ押し当てられ、その力がスッと全身に広がる。苦しい呼吸も乱れた心臓も痛みが和らいだ。
素手でも雷でもクリスタルは破壊できない。だからまずは私の意識を無くそうとしたのだろう。そのお陰で今を繋いだ。
「今なら雷と炎どちらも殺せる。マイナスにはならない。さっさと殺してきてくれ」
そう言って空中に突然ステッキが現れる。ウィルネさんの能力は入れ替えのはず、だがウィルネさんは何も入れ替えていない。まだまだ奥の深いこの能力に疑問を持ちながらも差し出されたステッキを受け取る。
まだ私の願いは終わっていない。ウィルネさんが助けてくれた――まだ、妹を救える。
「ありがとうございます。期待に添えるよう、勝ってきますね」
いつもの言葉を唱え、施設内にあるキューブと位置を入れ替えて景色を変える。その瞬間耳に響くのは怒号と号泣。自身を叱責する怒りの中に私を指す恨みつらみが混ざった声が上から聞こえてくる。
屋上に上がり、そっと顔を出してその様子を覗くと、泣き叫ぶ彼女に抱き抱えられている炎の魔法少女の姿が見える。力なく全ての体重を預け、瞼が閉じている。まるで死んでいるかのようにも見える。
身体を大きく揺すり、胸に顔を近づけ耳元で大きく叫ぶ様子を見てハッキリ気づいた。ウィルネさんがやったのだと。
ウィルネさんは私と何かを入れ替えたため、私はあの状況から救われた。だが、私は一体何と入れ替わって助けられたのか疑問が残っていたが――私と替わったのは彼女だったという事だ。
雷で脳が破壊される瞬間に視点が切り替わった。私の代わりに同じ位置に移動した彼女が私の代わりに脳を破壊されたということ。
「お願い! 目を覚まして……莉子……!!」
大粒の涙が溢れ、目を覚まさない彼女へ落ちる。そっと流れていく涙を目にして握りしめていたステッキの手が緩む。
彼女たちはお友達なのだろう。名前を言われれば死ぬ。それを知っても尚、二人は共に正体を明かし合い、共に高め合って来たのだろう。親友にすら魔法少女になった事を伝えなかった私とは大違いだ。
あの二人はきっと名前も、能力も、願い事さえも。二人は共有してきた。そんな二人の関係を私が壊すの?
気が付けば躊躇いが足にまで伝わり、無意識に後ろへ下がっていた。分かっている。私は何度もなぜここに来たかを問い続ける。彼女達を殺すためだ。彼女達を殺して妹を助けるためだ。下がってはいけない。ウィルネさんがわざわざ助けてくれたのだ。殺さなければ、殺さなければならない。
だが、私の身体はいう事を聞かない。後退って空いた、たった一歩の距離も縮めることが出来ない。震える手に視線を向け、鋭い刃についた血を眺める。簡単だ。今までと同じ様に殺すだけ。
とっくに常識は捨てたとばかり思っていた。私は魔法少女なのだと区別できている気でいた。この迷いは私の奥底にある私の抵抗。
『おねーちゃん』
『おねーちゃん?』
『おねーちゃーん』
『おねーちゃん!』
『魔法少女を殺せば力が手に入るんだよ――』
頭に響く妹の声。今は聞けない妹の声。私は思い出した。妹を助けるため、解放されるため、私は約束した。魔法少女を殺すと。
私は大きく息を吸い、ステッキを再度握りしめた。己を洗脳するかのように頭の中で『殺す』と何度も唱え、脳内を埋め尽くす。傍らに一切の躊躇も同情も残さないように。そして、一歩を踏み出す。




