人を殺しちゃダメ!
「中学生は殺しちゃダメ! 人を殺しちゃダメ!」
「……へ?」
真剣な眼差しは変わらず、まっすぐな目でこちらを見つめる。どうやらひよりは本気のようだ。戦わなくて済む思いと、張り詰めた空気からの解放で足の力が抜けその場に座り込む。
「考えたんだ。どうやって中学生を殺すか。けど、やっぱり殺しちゃダメだと思うの。友達を犯罪者にしたくない――それでもって言うならひよりは今ここであなたを止めるよ」
隙だらけで急所も守れてなさそうな構えに思わず笑いが溢れ出た。静かで無機質な倉庫には似つかわしくない私の笑い声が響き続けた。
「な、なんでそんなに笑うの!? 最近すぐに帰っちゃうし、朝の時間はギリギリだし、なんか一人で呟き始めるし……本気で悩んだんだよ!?」
頬を少し膨らましながらいつまでも笑う私をジトっとした目で睨み続ける。それでもその膨らんだ表情は安心したようにも見える。
「何してるかは言えないけど、心配してくれてありがと。確かに普通、中学生は殺しちゃいけないね」
笑いすぎてなのか、それとも安堵からなのか、自分でも分からない。だが、私の目から涙が一滴だけ流れ落ち、涙腺をゆっくりと描きながら流れ落ちた。
その涙を見てか、ひよりがゆっくりと目の前にしゃがみ込み、視線を合わせる。その濁りのない瞳に映し出される普通の人間の自分に一息をつく。もし、彼女と戦う事になっていたら、殺す事を避けられなければ、私の心には穴が空いてしまうだろう。願いのために友達を捨てる――普通の人と呼べない存在、心ない魔法少女に。
そんな瞳に見惚れているとゆっくりと目元に手が伸び、溢れた涙を拭き止め、ゆっくりと身を寄せられる。ひよりの温かみに包まれ、それに応えるように手を回す。
「何してるかやっぱり想像も出来ないけど、あんまりやりすぎないようにね。一人じゃないし、ひよりが出来る事なら協力するよ」
「大丈夫だよ。報酬が凄いゲームみたいなものだから、安心して」
魔法少女と言う事は絶対に言ってはいけない。それでも彼女には思わず漏らしてしまいたくなる。人想いで、優しい彼女には口が滑ってしまいそうだ。
そう、一人じゃない。一人にならなければ良い――
「――で、どうする気なんだい? いちゃいちゃしてたようだけど策がひらめいたのかい?」
「み、見てたんですか!?」
あれからお昼を食べ、午後の授業中に策を練り上げた後、また二人の魔法少女が激突する街まで足を運んだ。前におすすめされたたい焼きをしっかりと買い、ウィルネさんはそれを勝手に頬張る。
前回と明らかに違う事があるとするならばそれは服装だ。既に変身し、相変わらず魔法少女に似合わない黒い衣装に身を包んでいる。ステッキをくるくると回しながら魔法少女が現れるのを待つ。
変身したから勝てるかもしれない。なんて甘い考えはない。ウィルネさん曰く入れ替えの能力の一割の力も使いこなせていないらしい。振り返ればウィルネさんは『インヴァート』と唱える事も、ステッキの向けている物だけなどの制限も自分だけという縛りも無い。
ステッキなどの物を使った感覚補助があればある程度の事は出来るようになったが、それでもまだまだだ。
紙袋の中からたい焼きを取り出し、一口頬張る。その美味しさに目を見開き、一口、二口とすぐに消えていく。
「……まさか、そのたい焼きで釣ろうって言うんじゃないよね?」
「違わないけど違います。たい焼きは使いません」
前回と同じ時間に警報音が響き渡る。一斉に避難を始める市民たちを眺めながらたい焼きを全て食べ終える。暗雲が立ち込み、周りの温度が上昇し始める。だが今回接触するのは彼女達ではない。
「居たよ。向こうだ」
案内される方向へ向かうと前回助けられた魔法少女の姿がそこにあった。あれから数日経つがその瞳の闘志は消えていない。私はゆっくりと能力を使わずに彼女の下へ向かい話しかける。
「お困りですか? 一人じゃ彼女達に勝てないんじゃないの」
「誰だよお前……あんたもあいつらを殺そうとしてんのか?」
その鋭い視線は明らかに私を警戒し、敵視している。拳を固く握り、今にも殴りかかって来そうな雰囲気だ。それを煽る様に雷鳴が響き、熱がこみ上げる。
「協力しません? 相手は二人ですから、私達も二人で彼女らに挑むのは反則でも、せこい事でもないですよ」
彼女は顔色一つ変えずに黙り込む。その沈黙が彼女がどうするべきか迷っているのを表しているようだった。一人で挑み報酬も無しに逃げ帰るのと二人で挑み、高嶺の花だった報酬の半分を得る。どちらが良いかは考えずとも分かるだろう。それでも私たちは個人の願いのために動く魔法少女。信用の文字は無い。
「アンタに片方任せて大丈夫なのか? 弱そうに見えるけどっ!」
言葉の途中に繰り出された彼女の拳は肉眼でギリギリ捉えられるレベル。予備動作も無しに破壊光線を放ってくる等の能力でない事に感謝しかない。だが、彼女の実力は本物。少し遠くから数日間観察していたが、炎と雷の二人と戦えていた。
彼女の攻撃は的確にクリスタルへ放たれた。たとえ見えたとしても避ける事が出来なければ意味はない。実際私の視界には彼女が動いたとしか認識できていなかった。そこからの反応では遅い――だが、反転の能力は彼女の身体能力を遥かに上回る速さで発動する。
彼女が殴り飛ばしたのは私ではなく捨てられたペットボトル。プラスチックの拉げる音と力に耐えきれずに砕け散る音が破片と共に辺りに広がる。
「良い能力してるなぁ~面倒くせぇやつか」
「それに比べて単純だね。殴る事しか出来ないの?」
余裕を装うが、あと数ミリで私のクリスタルに手が届き、ペットボトルの代わりに弾けるのは私のクリスタルと夢だっただろう。激し動悸が身体を震わせ、冷や汗が首筋を伝う。
「良いぜ、来いよ。仲間にするなら殺すなよ? 私は殺しに行くけどなっ!!」




