予期せぬ敵(1)
野峠を越える前、荷車を牽く牛の歩みが鈍くなった。
「尻でも叩いておけば良かろう。」
紅蓮坊は小太郎に笑いかけた。
「こいつ、尻を叩いてもなかなか動かないんだ。」
「ならば、そこらから鞭代わりに若竹でも切ってきてやるよ。」
紅蓮坊は言葉を残して、竹藪の中に入っていった。
そんな彼の手には霊仙寺の門前町で買い求めた小振りの鉈が握られていた。
「兵衛、この鉈、異様に切れるぞ。」
細い竹を切ってきた紅蓮坊が差し出す鉈を兵衞は手に取り、確かめるように親指で刃先を触った。
「そこらの竹を切ってみろよ。」
兵衛は言われるままに太い真竹に切り付けてみた。
刃渡りはさほどないのにスコンと軽い音を立てて、その竹は他の竹に倒れかかった。
「鋭い・・・普通、鉈にはこれ程の斬れ味はないはずなのに。」
兵衛は驚いたように手にした鉈を見た。
「これは何という鍛冶がうったものなのでしょうか。」
「何でも、筑前秋月の鍛冶屋がうったものだそうだ。」
「一度、そこに行ってみてはどうですか。
小太郎の剣もいることですし・・・」
巴は促すようにそう言った。
大童丸とその用人末吉は晴海達よりも三日早く豊後に着いていた。
彼等は早々に佐賀関を後にし、国府、府内から山険しき道を日田に向かっていた。
その目に不思議な一行が見えた。
「前から来る者達、妙な取り合わせだな。」
その一行とは巨躯の修験僧が最も目立ち、その連れは剣士らしき男、薙刀を担いだ女、そして荷物を載せた荷車を牽く牛を引き連れた男の子・・・の四人。
大童丸は何を感じたのか、その一行に向け指をパチンと鳴らした。
「ここまで来れば大丈夫だろう。」
兵衛は朗らかに言った。
「兵衛様は随分明るく・・・」
「そうだな、いつもとは違う。」
「上手く身を隠せたと思っています。」
兵衛はにこっと笑い後ろの二人を振り向いた。
「博多の騒動の際、いいあんばいに橘千代殿が連れた女童がいました。
我等を探す者達は、それをかえでだと勘違いしてくれているでしょう。」
「随分歳が違うぞ。」
「ですが、戦い方は同じ。
我等はいつもかえでを守りながら戦った。
今回はあの女童が、かえでの代わりとなったはず。
しばらくは我等の行方も、ましてやかえでの行方は解らぬはずです。」
「それでお前は笑っているのか。」
紅蓮坊が大きな声を上げた。
「でも大丈夫かなぁ。」
牛を牽きながら先を歩く小太郎が不安げな声を上げた。
「俺達の行方はいずれ知れるのだろう。」
兵衛がその声に頷いた。
「ならば、俺達の中にかえでが居ないことも知れる。」
兵衛だけでなく他の二人もそれに頷いた。
「そうすると、かえでを狙う者達は他を探すだろう。」
「だから、手練れが揃うあそこにかえでを預けた。」
「でも、鬼達が襲ってきた時、そこの人達はかえでだけを護ってくれるものなのだろうか。
もし、自分に鬼が襲いかかれば、その人達は、自分を護るだけになるのじゃあないかなぁ。」
巴には小太郎の言葉が正論に聞こえた。
「大丈夫だ、遼河がいる。
あの子は徹底してかえでを守ろうとする。
それにあそこにいた上妻与一殿、あの方に師事すれば遼河の腕は今より遥かに上がる。」
「そんなもんかなあ。」
小太郎は小首を傾げた。
「そんな事より、あそこに茶屋がある。
休憩しないか。」
紅蓮坊が大きな声を上げ、四人はその茶屋の席に座った。
「我等も行くぞ。」
大童丸は末吉を促し、四人に軽く会釈をして近くの席に座った。
「あれから、鬼なんかにも出っくわしてないし、随分と楽な旅になりそうだな。」
紅蓮坊が大きな声を上げた。
「紅蓮、声が大きいよ。」
巴がそれを叱責した。
「おや、鬼ですか・・・」
大童丸は身体の後ろで指を鳴らし、素知らぬ顔で話しに入り込んできた。
ああ・・・と話しかけた紅蓮坊の肘を巴が突いた。
「備後の温羅とか言う大鬼の相手をした時には、俺は捕まっちまったが、博多の刻は戦えただろう。」
その横で小太郎は自慢げに言った。
温羅は先のことを考え、自分が起こした大鬼。それが斃されたことは知っていたが、この四人が・・・大童丸は聞き耳を立てた。
「美作ではかえでが・・・」
「もう止めなさい、小太郎。」
巴が鋭い口調で叱責し、小太郎は愕いて口を閉じた。
「もう、行きましょう。」
巴は皆を促し席を立った。
「どうしたんだ。」
急ぎ足で歩く巴に紅蓮坊が声を掛けた。
それにも係わらず巴は足を急がせた。
それら半刻も歩いた時・・・
「あんたは何も感じなかったのかい。」
巴は紅蓮坊に詰るように言った。
「何のことだ。」
紅蓮坊は小首を傾げた。
「兵衛様も妙に明るくなるし・・・」
巴は兵衛に対しては強くは言わなかった。
小太郎は仕方ないにしても、巴は二人の無用心さに腹を立てていた。
「何処に耳があるかも解りません。
話しは慎重にお願いします。」
巴は兵衛に対して軽く頭を下げた。
「巴殿は何かを感じていたのでしょうか。」
「あの男が事あるごとに指を鳴らしていたのに気付きましたか。」
その言葉に、兵衞は首を横に振り、紅蓮坊は何のことだ。と声を発した。
「茶屋に寄る前からみんな変でした。」
巴はまだ何かを警戒するように、辺りを見ながら話し始めた。
「歩きましょう・・とにかくあの男から離れたい。」
巴はまた口を閉じて、黙々と歩き始めた。




