二人の鞆子 (2)
それから十日ほど後、香月鞆子の帰りは遅かった。
「出来たよ。」
鞆子は膳の前に座る蘇我部充四郎に背中を向けて立ち、その衣服を全て床に落とした。
充四郎がみる背中には一面に薄桃色に彩られた絵があった。
「絵を描いたのか。」
「絵じゃないよ。」
「それでは何だ。」
「刺青と言う奴だ。」
「刺青・・・」
充四郎は困惑の色を見せた。
「ああ、刺青だ。
肌に針を刺して顔料を埋め込み、文様を描く。あの村にしかこの技法を持つ者はいない。
どうにか、頼み込んでこれを彫って貰ったよ。」
鞆子は自慢げに言った。
「そんな事をして何になるんだ。」
「美しいだろう・・・理由はそれだけだ。」
「美しいと言えば、美しいが・・・それは消せるのか。」
「消せないよ。一生ものだ。」
鞆子は笑った。
「そんな事より、図柄はどうだ。」
「観音様か・・」
「そうだ。
だが下絵は私の女陰。
観音様の額にある三つ目の目が私の核。
それを基にして観音様の姿を描いている。」
充四郎はそう言われて初めて、その図柄の真意を理解し、ゴクッと唾を飲んだ。
「私の女陰の襞や何やは全て観音様の姿や衣服になっている。
どうだ解るか。」
そう言われれば、そうも見えるし、見方を変えれば女陰にも見える。
しかも、女陰としてみれば薄桃色の全体像は、あまりにも生々しすぎて淫猥にさえ見える。
「観音堂の扉は私の肉の割れ目。それを開いた奥には観音様があるというわけだ。」
充四郎は己の眼をその図柄から離すことが出来なかった
「どうだい。これが私だよ。
今晩、見比べてみるか。」
鞆子はそう言って妖艶に笑い、その夜、二人は初めて肌を合わせた。
それから十日ほどで晴海達は帰ってきた。
それに伴って鞆子は薬草採りの時間を長くした。
当然護衛役の充四郎はそれに同行する。
「また多くなったな。」
「何がだい。」
充四郎の声に鞆子は素っ気なく答えた。
「薬草採りに行く時間がだよ。」
「ああ、その事か・・・
刺青も出来上がったからね。昼間はやることもないから、これが一番だよ。」
「金にもなるってか。」
「そうだな。」
と応えて、鞆子は笑った。
「また山の深い所辺りまで、出かけるようになったようです。」
末吉は鬼作からの報告を大童丸に伝えた。
「あの二人、鬼蟷螂の襲撃のことを忘れたのでしょうか。」
「そうでは無かろう。
あの程度の相手であれば簡単に倒せると思っているのであろう・・特に女の方はな。
そこに付け入る隙がある、」
大童丸はニヤリと笑った。
「とにかく、常時鬼作に見張らせろ。
そして随時報告するように言え。」
「あの下僕という方には・・・」
「あいつは私の動きを感じ取り、何も告げずとも、自然と私の後を追ってくる。その件に関しては案じる必要はない。」
末吉は頷き、
「今回私は・・・」
と、付け加えた。
「私だけで行ってくる。」
そうですか・・・末吉はがっかりしたように俯いた。
自分の部屋に帰った末吉は気分が落ち込んでいた。
どこにも同行できない。自分はもう必要とされていないのではと考えた。
翌日、早くから大童丸は出かける仕度をしていた。
末吉はその姿を後ろから見ているだけだった。
「行ってくる。
但し今日何かが起きるかどうかは解らない。
ひょっとするともう一人連れて来るかも知れないのでその準備はしておいてくれ。」
そう言う大童丸を見ず知らずの男が一人迎えに来た。
それに末吉は嫉妬を覚えたが、それを表に現すことはなかった。
「行ってくる。
後は頼んだぞ。」
その言葉に末吉は喜色を表した。
だがその日は末吉の準備も空しく、何も成果はなかった。
「いかがでしたか。」
「場所が悪かった。
人目がありすぎた。」
「では・・・」
「明日も追ってみる。
お前はお前で例の古文書に目を通し、次の行く先を考えておいてくれ。」
「気付いたか。」
遅めに帰ってきた鞆子と充四郎。二人だけの禅を前に話し始めた。
「気付いたとは・・」
「以前に感じたあの気配だ。」
「俺には解らなんだ。」
「あんたに限らず、男って言うのは勘が悪いからね。
とにかくどこかで戦いになる。備えなくっちゃあいけないね。
その時には頼むよ。」
「それは構わぬが、今日はなぜ襲ってこなかったんだ。」
「多分、人目があったからだろうね。
そうじゃなければ襲ってきているはずさ。」
「ならば、いつも人目のある所に居れば良かろう。」
「そうもいかないよ。
いつかは決着を着けなければならないからね。」
「だが俺は、お前ほど勘は鋭くないぞ。」
「だからこちらから引き込んで、罠にかける。奴が現れたら、私が合図をするから見逃すなよ。」
充四郎は鞆子の言葉に決意を新たにした。




