二人の鞆子 (1)
晴海はに物見遊山の旅に出るという。その一行の中には、博多で見つけた芸妓も居る。
その旅を香月鞆子は断り、蘇我部充四郎と二人博多に残ることを主張した。
「なぜ来ぬ。」
晴海は鞆子を問い詰めた。
「女連れなら、私はいらないでしょう。」
「嫉妬しているのか。
それとも残って、その男と乳繰り合うつもりか。」
嫉妬なんかしないよ。
それに私はあんたの持ち物じゃなし、あんたは好きにしている、私も好きにさせてもらうよ。」
誰も鞆子の意志をに逆らえる者はいなかった。仕方なく晴海は二人を残して旅立った。
残った鞆子は好き放題に動いた。朝は薬草採取に、昼にはどこやら怪しげな所に出かけていた。その上、夜になると充四郎の身体を求めたりもした。だが充四郎はそれを断り続けていた。
しかし、その日課の中で以前に比べると少し動きが少なくなっているものもあった。
それは薬草採りの山歩きであった。
巨大な蟷螂に襲われたせいか。と充四郎はそれを見ていたが、鞆子は昼間でも町中に出ることが多くなっていた。
「お前、昼間一人で何をしているんだ。」
ある日、充四郎が尋ねた。
「面白いことだ。
出来上がったら見せてやるよ。」
「出来上がったら・・・」
充四郎は鞆子の言葉に違和感を覚えた。
鞆子の最近の日課と言えば、朝は充四郎を伴って薬草の採取に行き、昼頃には一人でぶらりと町中に出る。
その町中に出ることが問題だった。
護衛となる充四郎には何も告げず、一人でぶらりと出かける。それがどうしても気になって仕方がない。
不躾だとは思ったが、充四郎はある日、薬草の採取の帰りに鞆子の後をつけてみた。
鞆子は博多の東にある村に行っていた。
その村は見窄らしく、薄い茅の屋根を持った家が並んでいた。
充四郎は珍しそうに辺りを見廻した。
それが逆に村人の目にも留まった。
最初に目をつけた者が充四郎の後を遠巻きに付いてきた。そして、その数は徐々に増えていった。
その者達の目の色は猜疑に満ち、嫌悪に満ちている。
充四郎はそんな者達につけられるのに、易癖とした。
その上、それを気にする余り、鞆子の行方をも見逃し、充四郎は舌打ち一つを残して、その村を去った。
その日の夜。
「今日私が通っている村に誰か知らないけど。私を知っている奴が来たらしいね。」
鞆子はそう言って充四郎に笑いかけた。
その言葉に充四郎は要らぬ事をしたことへの後悔に、下を向いて苦笑いを浮かべた。
「その男、そんなに私のことが気になるのかねぇ。」
鞆子は好色そうな眼を充四郎に向けた。
そいいう風に見られる屈辱に、充四郎はギリッと歯噛みをした。
食事が終わるといつもなら酒を飲み、充四郎を床に誘う鞆子が、今日はそうしなかった。
「なかなか動かぬな。」
充四郎と鞆子がいる宿からは離れた宿で大童丸は末吉に話しかけた。
男女二人のことは鬼となった喜作から名を改めた鬼作に見張らせていた。
その中で解ったのは、二人の名前。男の名は蘇我部充四郎信親。女の名は香月鞆子と言うことだった。
男の素性は大体判ったが、女の素性はどうしても判らなかった。
「もう一方の・・・」
その話しとは関係なかったが、末吉は恐る恐る訊いたみた。
「ああ、あの男の事か。」
大童丸はその質問を少しいやがるように返事を返した。
「もしお嫌であれば・・・」
末吉は言葉を濁した。
「私の下僕とだけ言っておこう。」
それに、はい。とだけ言葉を返した。
「他にも訊きたいことが在るのではないか。
ここのところ、お前に見せてないことが多かったからな。」
その言葉に末吉は頷き、まず、三カ所の鬼蟷螂の件から尋ね始めた。
その答えは・・・
男の子の所と今追っている男と女の所は、以前の話しと変わらなかった。
続けて末吉は、三匹の鬼蟷螂を放った事の顛末を尋ねた。その事に関しては何も訊いていなかったからだった。
その結果、三匹の鬼蟷螂もまた斃されたと言うことだった。
一匹は影からの襲撃により、ここに居た男の子に傷を負わせたが、そこに駆けつけた女の処置によって一命は取り留めた。
そして、その傷を負わせた蟷螂は駆けつけた剣士にあっさりと斬り倒された。
残る二匹の鬼蟷螂はあの巨大な修験僧の金棒に、叩き潰されたという事だった。
「六人・・皆、強いのですか。」
末吉は思わず声を漏らした。
「強い。
普通、鬼を斃すには首を切り落とすか、頭を潰すしかないが、あの剣士、修験僧はその必要もなく、簡単に鬼蟷螂を斃した。」
「他の者達はどうだったのですか。」
薙刀の女の力は解らぬ。今回は戦いに参加していない。」
「他の所はいかがだったのでしょうか。」
「例の小僧も強かった。
長めの剣を使い苦もなく鬼蟷螂を屠った。」
「首を落とさずとも・・・」
「そうだ。
今回鬼蟷螂を襲わせた中で、首を斬る必要があったのは、槍を使う男だけだった。」
「それ程に・・・」
末吉は言葉に詰まった。
しかし、末吉の意に反し、大童丸は涼しい顔をしていた。
それに対して末吉は、大丈夫ですか。とは言えなかった。
「他にも知りたいことがあるのだろう。」
末吉は僅かに頷いた。
「私の下僕といる女と、ここに居る女のことであろう。」
「はい。」と末吉は素直に返事を返した。
「向こうに居る女は、あの下僕の慰み者だ。あいつも起きたばかりだからな。」
大童丸は唇を歪めて笑いを見せた。
「そしてこっちにいるのは・・・
人には言うなよ。」
末吉はそれにも、はい。と応えるしかなかった。
「あれは蟷螂だ。」
蟷螂・・・末吉は驚いた声を上げた。
「ああ、蟷螂・・・一匹だけ別にしておいた蟷螂だ。」
「あの全てに勝った蟷螂ですか。」
「そうだ、あれも牝だったから、人間の女と融合させて人の姿にさせた。」
「それは・・・」
「本格的な鬼だ。
名を蟷螂鬼と言う。
鬼蟷螂よりも遥かに強い。」
「私が呼ぶ時は、何と呼べばよろしいのでしょうか。」
「姫と呼んでおけ。」
「それで、人を襲うことは・・・」
「私が命じぬ限り、ない。」
大童丸はそう断じ、末吉はほっと胸を撫で下ろした。
「話しておくのはこれ位かな。」
そう言われると末吉は後の細かい質問は出来なくなった。
「あとはあの女の動きを待つのみ。」
「槍使いも付いてくるかと。」
「奴の動きは簡単に封じることが出来る。」
大童丸は軽く笑って見せた。




